2017年09月02日

さらに老後問題について

ここ数日、人間の老後について考えている。
そこで発見したことは、老後というのはきわめて現代的な現象であるということだ。
つい百年か2百年くらい前までは、40歳50歳はジジイババアの年頃だった。
そして文明以前の人類の野生時代においては30歳くらいが一般的な寿命の尽きる年齢だった。

野生時代においては、肉体的な青春時代の終わりがすなわち人生の終わりとイコールだったらしい。
それがこの百年くらいの間に、少なくとも先進国においては医療技術が進歩し食糧事情も随分と良くなって平均寿命はかなり伸びた。
しかし寿命が延びたことによって人類は老後の心配をあれこれとしなければならなくなった。

「寝たきり老人」とか「痴呆症老人」とかの介護は現代日本ではかなり大きな問題である。
これらの老人は、ほとんど労働力の足しにもならなず、野生時代ならもちろんこと、経済的に逼迫していた中世以前の時代ならただ静かに息を引き取るのを傍観されるだけの存在であったに違いない。

それが現代では、他の人の面倒が見られるくらい社会が豊かになったことによって、そういう肉体的な活動性が極度に低下した人でもさらに長く生きることができる。

これは実は地球上の生き物の中でかなり人類特有の特徴だと思う。
(他にも年寄りの世話をする生き物は、探せばいるかもしれないが)

人類はここ百年くらいの間に急速にクローズアップされてきた「老後」の問題に、今たぶん少し戸惑っている。
しかし肉体的な老化については、寿命の延伸に伴って少し改善も見られる。

数十年前の40歳というのは、完全なおじさんおばさんだった。
なんなら初老と言って差し支えないような40代だっていた。
しかし今の40歳は、その年齢でまだアイドルをやっている人もいるし周りを見回しても若い人が多い。
これは栄養事情が良くなったということもある思うし、ただ単に観察者であるわたしが歳をとった相対的な問題と言えなくもないが。

さらにまた現代人は、精神的にも昔より相当若返っているのではないか、という気がする。
昔は脳みその中が50歳くらいですっかり老成していたのが、その老成年齢がどんどん後にズレて行っているのではないか。

ただ、そういう現代における肉体的精神的若返りの分を差し引いても、寿命延伸に伴い「老後」期間は増大している。
だから人類は引き続きさらなる若返りをがんばらないといけない。

結局のところ、人類が「健康な老後期間」の割合を増やしてその問題に終止符を打つには、土台となる肉体の若返りを図り、その後に精神的な(つまり脳みその)若返りに努力する必要がある。
特に精神の老化は自覚がしにくい。
そこのところの良い対策が何かないか、と思ったりする今日この頃なのである。
posted by ヤス at 10:26| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年09月01日

「老後」の現代性について

縄文時代の平均寿命は15歳に届かなかったという推計があるらしい。
このように短命だったのは乳幼児死亡率が恐ろしく高かったことが最大の原因である。
そして15歳までなんとか生き延びた時点における平均余命は16年あまり、つまり普通に成人した人間は31歳くらいで天寿を全うする感じだったようだ。

もちろんこれは推計であり事実だったかどうかは分からない。
一つの比較として、野生のチンパンジーの寿命は15〜20年くらい、ゴリラは30〜40年くらいだとあるサイトに出ていた。
そして動物園などでの飼育下ではチンパンジーもゴリラも寿命が50年くらいに伸びるという。

動物の場合、一般に陸上動物より水棲動物が長生きし、さらに体が大きい方が小さいより長生きする傾向がある。
だから大きいゴリラはチンパンジーより長く生きる。

その辺りから推測すると、ほぼ野生状態における人間が30過ぎてそろそろあの世に行く、というのは当たっているような気がする。
おそらく、野生の動物では肉体的に若いことが生存のための絶対条件なのである。
だからそろそろ「若くなくなった」頃が寿命の尽きる頃、という話になる。

人間の30歳といえば、文明未発達の原始時代においてもそこそこに若い感じに見える年恰好だと思う。
しかし野生では、少し老いていることが命取りになるのである。たぶん。

ということは、人類というのは文明発達前の10万年だか数万年だかの間、だいたい30歳くらいで死ぬようにプログラムされてやってきたことになる。
30歳で死ぬ人類には「四十肩」とかは発生しようがない。
また現在死亡率上位である癌とかの発症なんかも随分少なかったし、アルツハイマー症とかはほとんどなかったと想像する。
野生の人類は歯磨きもしなかったと思うけれど、30年しか生きないのであればその必要もないだろう。

逆にいうと、現代人は平均して80年くらい生きるので、野生時代にはあまり気を使わなかったところまで色々とケアしないといけない。
「中高年」とか「老後」と呼ばれる時代は、野生時代の人類の人生には存在しなかったのであり、この人生の「新しい後半」をより良く生きるには、縄文人のように毎日気の向くままにのんびりとしているわけにはいかないのである。

それは歯磨きを頑張るとか食べるものに気を使うとかの肉体的なケアも大事だし、また精神のケア、脳みその神経細胞のつながり具合、働き具合をなるべく健康に維持することも大事だと思う。

いずれにしても人生における「老後」というのは、たぶんせいぜい数百年の歴史しかない新しい出来事なのである。
そのことを時々思い出した方がいいんじゃないか、と思ったのである。
posted by ヤス at 09:34| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年08月31日

山本彩に学ぶ

昨日30日、NMB48の須藤凜々花の卒業公演が行われた。
しかし今回書きたいのはリリポンの話ではない。

その卒業公演でキャプテンの山本彩が以下のような意味の発言を行なったとされる。
いわく、歳をとるとどんどん保守的になる、大人になるにつれ自分の脳みそがすごいつまんねえなあと思うことがある。
山本彩によると、そういう自分を違う方向、新しい方向に導いてくれたのが須藤凜々花であり、その点を感謝しているという。

ちなみに須藤凜々花は20歳、山本彩は24歳である。

24歳といえばまだ全然年寄りではない。
にもかかわらず山本彩はこのような見方で自分を見ているというのが、少し驚きである。
山本彩は2010年の10月からNMBでのキャリアを始めている。
その前にも中学生時代に1〜2年の芸能活動経験があるらしい。
かれこれ活動歴10年。

これまでのアイドル業界や芸能界における活動において、山本彩は数々の試練を乗り越えて今がある。
初期の頃、かなり無理のある一発芸でスタジオの空気を凍らせたり、東京の番組では「借りてきた猫」状態に陥るなど、これまでに結構ギリギリの戦いを続けてきたように見える。
しかし今ではその芸風はすっかり安定したものになり、はたからも安心して見ていられる。(実は時たましか見ていないが)

彼女は懸命の努力によって、業界において一定の存在感を得るに至ったようである。
しかしまたその過程において業界的な約束事をいくつも身につけ、自分のスタイルやイメージもだんだんと固まっていく。

この世の中というのは、生き残っていくための術についてある程度のバリエーションが身につき、その精度が一定の水準に達すると途端に生き易くなるものなのだろう。
しかし一方で周辺環境が突如として変わったとき、そのことに気がつかずに今まで通りの術を繰り出していたのでは全く通用せず、たちまち死に至るという危険がある。

山本彩はおそらくそのことがよく分かっている。
だから、マーケットの嗜好に寄り添いつつもあまりそこに完全にフィットし過ぎないという意識が自然に湧いてくるのだろう。

このようにマーケットにフィットする努力をしつつもある程度の新しさ、少しの「はずし」を常に用意しておく、というのは芸能界におけるアイドルの生き残り術として非常に重要なのだと思う。
そしてこのことは芸能界のみならず、自然界における生物種においても、マーケットにおける企業経営においても重要であることはいうまでもない。
そして複雑高度な社会に生きる現代人のあり方一般としても欠かせない視点であるように思う。

問題は、保守的になり脳みそがつまんなくなる自分自身のことが、なかなか自分では見えないというメタ認知の件である。
わたしのようなオジサンは、山本彩の3万倍くらいの覚悟を持って自分を見つめないと自分のつまんなさが見えないのではないか。

と、そのようなことを少し思ったのである。
posted by ヤス at 10:35| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年08月30日

人工知能のつくる未来社会

さて、巷では2045年には人工知能が人類の知力を超えると言われている。
レイ・カーツワイルという人工知能の研究者がそのように予言しているらしい。
いわゆるシンギュラリティ=技術的特異点というやつである。

そしてその頃には人類の仕事の半分は人工知能に取って代われられるという。
さらに言えば、人間の脳みそにコンピューターが直接接続されることにより、脳の拡張が行われるという予想を多くの人が行っている。
2045年といえばあとたったの28年である。
順調に行けばわたしはまだ生きている。

はたして今から20年、30年後の未来はどうなっているのか。

気がかりなのは未来の仕事がどうなっているかだ。
あらかたの仕事は人工知能に奪われるとすると、みんな失業して貧乏になってしまうのか。

トラックの運転とか建設現場の作業員とか、肉体作業系の仕事は高度な電子頭脳を搭載したロボットに代替されるだろう。
またスーパーやコンビニのレジ打ちなども、非接触タグやら電子決済の進化で早晩消滅する。
(そもそも店に買い物に行く、という消費行動自体がなくなるだろう)

また弁護士や医師や会計士など知的に高度な仕事においても人工知能が活躍することはほぼ疑いない。
むしろ知的に高度であればあるほど人工知能に代替される可能性が高いような気もする。
あと、小説を書いたり映画を作ったり芸術絵画を制作したりという、創作的な仕事においてもかなりの程度人工知能が進出するのではないか。
創作的な仕事については人工知能の能力に懐疑的な研究者も多いようであるが、しかしこのような芸術分野の仕事は、言ってみれば人間の脳みそにある種の快感を与えるものである。
人間のどのスイッチを押すと気持ちよくなるか、その辺の分析は人工知能は得意だろう。
少なくとも「軽いノリ」の大衆娯楽の創作物というのは、ある意味人工知能の独壇場になるような気さえする。

つまり、人間の仕事のうち将来人工知能やロボットに代替されないものを探す方がむしろたいへんなのである。

そうなると未来社会は古代ギリシャのように、奴隷である人工知能と働かない自由市民によって構成されるようになるのだろうか。
古代ギリシャでは知的労働も含めてあらゆる仕事を人口の9割を占める奴隷が行い、残り1割の自由市民は飲んだり食ったり遊んだりするのが仕事だったそうである。

未来の社会が古代ギリシャと似たことになって、わたしも自由市民の仲間に入れてもらえればこれはたいへん楽チンで楽しそうである。
実際問題、未来の社会はある程度その方向に行く、つまり人間は遊ぶ時間が現代よりずっと増えるのではないかと思う。

しかし労働力を商品として販売し対価を得ている現在の所得メカニズムは、人類が働かなくなった時どのように変化するのだろうか。

例えば人格的に「いい人」はお金持ちになり、「悪い人」は貧乏になるとか、そういう新しい経済が出現するのだろうか。
また古代ギリシャ文明がやがて没落していったように、働かない人類は「ダメ人間」になってしまわないだろうか。

その辺の未来予想は、わたしの脳みそでは今のところ結論は出そうにない。
posted by ヤス at 12:49| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年08月29日

悪手を避ける

今朝早く、北朝鮮からまた弾道ミサイルが発射されたらしい。
ミサイルはかねてから予告のあったグアム方面ではなく、北海道をかすめて米国本土方面に向かい2700km飛翔した後に太平洋に落下したとのこと。

グアム方面を避けたのはアメリカをあまり刺激しないためのようにも思えるが、なぜこのコースを選んだのかは決定的なことはよく分からない。

北朝鮮としてはアメリカが報復をしないギリギリのところで挑発行為を続けるつもりなのかもしれない。
この「問題」が簡単に収束してしまわないように、できるだけギリギリの線で行動を続けるということなのであろう。

この状態は悲観的に捉えれば軍事衝突の発生半歩手前のものすごく危険な状態であるとも言えるし、やや呑気に考えるならこの辺が新しいバランス点であり、米朝両国は軍事衝突をギリギリ回避しつつ挑発や示威行動をずっと続けていく、という風に考えることも出来る気がする。

次にバランスが変化するのは、死亡やクーデターで金王朝が倒れる時か、弾道ミサイルの迎撃技術が成功率100%になった時だろうか。
ただミサイル迎撃が完璧になっても国境越しに韓国を砲撃などで攻撃されたりするとこれを防ぐことは不可能である。

ということでこの問題に関する限り、ものすごい手詰まり感というのを感じるわけであり、今出来ることは決定的な事態が発生しないようにうまくバランスをとりつつようすを見る、しか無いような気がする。


こんな時に例えば今話題の人工知能を使ったら、どういう選択肢が出て来るのだろうか。
ひょっとしたらアメリカでは問題の分析を人工知能にやらせているのかもしれない。
ただし人工知能というのは、答えを出すための「学習」にあたって数百万規模のデータが無いといけないらしい。
数万くらいのデータでケーススタディをするのでは全然足らないらしいのである。
だから人工知能は周辺的な情報の分析とかには使えるけれど、アメリカが攻撃に最終ゴーサインを出すような決定的な判断というのはたぶん出せない。

そもそもこの世には、「絶対的な正解」というのは存在しない。
だから人工知能に出来るのは唯一の正解を探してくることではなく、どちらかというと「最悪の一手ではない手」を提示することである。
そういうことが最近読んだ人工知能の本にも書いてあった。

そういう意味ではこの事態は何か将棋の勝負にも似ている気がする。

将棋のコツは「悪手を指さない」ことである、とプロ棋士の誰かが言っていた。
将棋では、ここは自分の手番だけれど、出来れば何も指さずにパスした方がいい場面、というのが意外に多くあるという。
現実世界も今将棋の勝負と似たようなことになっていて、最悪の手を避ける視点が必要のような気がする。
そのために、どんな行動が手筋が悪いか、その辺を読むことが今必要なんじゃないかと思ったりする。
posted by ヤス at 11:06| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年08月28日

映画「アメリカン・スナイパー」

昨日、Amazonプライムで大枚999円を払ってアメリカ映画「アメリカン・スナイパー」をやっと観た。
この映画はアメリカで2015年初頭に公開された戦争映画である。

舞台は2003年頃(たぶん)のイラク戦争、最初の戦場シーンはファルージャの街が出て来る。
そこに30歳で海軍特殊部隊「ネイビーシーズルズ」の地獄の訓練を突破した主人公クリス・カイルが狙撃兵として味方の海兵隊の援護をしている。

それでクリス・カイルの初仕事が、アメリカ戦車に向ってなにげに接近するイラク人の母親と10歳くらいの男の子の親子を射殺するところである。

母親が丈の長い服の裾から「対戦車手榴弾」を取り出して男の子に渡し、男の子はそれを持って戦車に向って駆け出す。
まずそこにクリス・カイルの初弾が命中して男の子は絶命。
次に母親が地面に転がる手榴弾を拾って戦車に向かうが、手榴弾を投げる瞬間に2発目が母親を貫く。
それが最初のクライマックスである。


この映画を観た後に、Amazonのレビューをざっと読んだのだけれど、平均的に評価は高いが低評価の意見もかなりあった。
低評価意見の概要は、イラク兵のデティール描写がほとんど皆無でアメリカ万歳型の国威発揚映画だと知って落胆した、とかいうものである。

確かに、敵方のイラク兵はほぼ99%その他の雑兵として出演するばかりで、ほとんど顔のアップを写すような表情描写すら無い。
わずかに、敵のシリア人で元オリンピック射撃選手のムスタファがアップになるシーンがいくつかある。
申し訳程度に、ムスタファが嫁と一緒に赤ん坊をあやす場面がちらっと映るくらい。
本来なら敵方の主役として、もっと丁寧に扱って観客のムスタファに対する感情移入を喚起して物語を盛り上げるのが映画の定石であろう。

しかしそれをやらないところがクリント・イーストウッド監督の特徴でありいいところだと思う。
この映画はそういう背景描写や心理描写の雑さも含めて、ある意味徹底したB級映画なのである。

イーストウッドの映画は、初期の頃に比べると最近になるほど有名俳優の出演が減っているように思う。
有名どころを排して制作費を安く抑え、スポンサーの意見に左右されない「作りたい映画」を作る。
その結果が「アメリカン・スナイパー」なのであろう。

だからハリウッド式・マニュアル式のストーリー展開になっておらず、娯楽作品としては戦闘場面の分量も少なめで上映時間も長めの、非常に退屈な作品である。

そして個人的な解釈によると、この映画はおそらく戦争映画ではない。
たまたま戦場で160人をスコープではっきり視認しながら次々に射殺した人間が最終的にどうなるのかを描いた「殺人者」についての映画である。

そういういかにも流行りそうにない映画は、若かりし頃のイーストウッド出演の映画のように、低予算のB級映画であるほうが都合が良い。
とはいっても制作費は58百万ドル、ざっくり60億円だから日本映画とは比べるべくもない。

とにかく個人的には非常に良い映画と思ったし、イーストウッド映画のナンバーワンかもしれないとも思った。
posted by ヤス at 12:26| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年08月27日

「らしさ」について

ふと「らしさ」とはなんだろうと思った。
男らしいとか女らしいとか、関西人らしさや日本人らしさとか、いろいろな場面で「らしさ」は使われる。
この「らしさ」のニュアンスの受け止め方については、良い意味に感じる場合とマイナスの意味に思える場合があるのである。

会社で新人がミスをして先輩がその新人をやんわりたしなめる時。
「◯◯さんらしくないね、今後は気をつけようよ」
みたいな使い方は、「らしさ」は良い意味で使われていると感じる。
この場合の「◯◯さんらしさ」というのは、本来のポテンシャルをフルに発揮している状態を指すのであろう。
阪神タイガースの藤浪晋太郎が、突然ストライクが入らなくなるのはある意味藤浪らしいと言えるし、しかし荒れ球なりに要所を締めるのが本来の藤浪らしいピッチングであるはずで、今の藤浪はある面藤浪らしいのに別の面では藤浪らしくない。

そういう、持てる能力を発揮しているか否かの「らしさ」がある一方で、その人の属性、階層、所属などに基づいた「らしさ」がある。
前述の男女別の「らしさ」とか、地域ごとのお国柄による「らしさ」とかである。

この場合は話が少々すんなりとはいかなくなる。
あなたが男性であるとか関西人であるとかいうことは、一定の事実であろう。
しかしだからと言って、あなたが男気に溢れていたりお笑いのセンスに秀でているとは限らない。
しかし、周辺の人々はついついあなたに「何からしさ」を期待してしまうことがあるようである。

多くの人間は心の奥底で、世界がある種の予定調和の下に流れていくことを期待しているのだと思う。
周りの人間の行動とか気候の変化や株式市況とかあらゆる事象が自分の予想の範囲内で変遷していくことによって、人間は心の平穏を保てる面があると思う。

人類の脳みそは、おそらく常に自動的に少し先の未来を予想する性癖があるようである。
その予測能力こそが、人類に生物界における現在の地位をもたらしたのであろう。
そして人類は、深層心理で自動的に予測している未来が次々に現実化すると安心し、反面予想が外れると精神不安定になる。(と思う)

そういう特性があるものだから、人類はいつの間にか周辺の人々に対しても未来の行動を知らないうちに予想しており、密かに予想通りに行動することを期待してしまっている。(と思う)
そういう人類の性癖が隣の人間に対する「らしさ」の期待を生んでいる。

隣の人間に様々な属性を当てはめ分類し、分類結果に基づいてその人の未来予測は行われる。
「この人は関西弁を喋る関西人だから次に面白いことを言うだろう」
という具合に。

しかしそういう属性分類に基づく未来予測は、いわゆる誤った一般化であり著しく論理性を欠く。

色々理屈をこねたわけであるが、「らしさ」を使うときは注意しないといけないなと思うのである。
posted by ヤス at 10:32| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年08月26日

ゼロ戦の強さについて2

昨日、帝国海軍の戦闘機・ゼロ戦の強さについて少し考えた。
ゼロ戦には、確かに機体強度や生産性などの問題があった。
しかし少なくとも対米戦争開戦当初においては十分すぎる強さを発揮して戦果を挙げた。
問題は戦争後半になって急速に陳腐化して行ったことである。

ゼロ戦の開発要求は、正式には1937年10月5日に提示されたらしい。
この時に設計主務者の堀越二郎も泣きを入れるほど、当時の技術では過酷な性能要求が並んでいた。
主には最大速度、上昇性能、航続距離、空戦性能そして当時他国でもほとんど採用例のなかった大口径20mm機銃の装備要求などである。

この過酷な要求に対し、設計チームは徹底した重量軽減策をもって臨み結果として要求の大半を満たすことに成功する。
それが大戦序盤の快進撃にもつながる。

しかしゼロ戦が強かったのが1942年までの開戦後1年間で、1944年に入るとアメリカ軍の反抗がいよいよ本格化して戦況がにわかに激化する。
その最中に行われたマリアナ沖海戦では、ゼロ戦隊を始めとする海軍航空隊はパイロットの技量不足や数的劣勢もあってほとんど壊滅状態に陥る。

この時に至ってゼロ戦の弱さが次々露呈する訳であるが、ではゼロ戦の当初の開発コンセプトは間違っていたのだろうか。

おそらく守勢に回ったゼロ戦の最大の弱点は脆弱な防弾防火対策だったろう。
それまでは「被弾しなければ良い」という考え方で、実際に相手の弾が当たることがあまりなかったのが、戦争後半になって周りは敵だらけで四方八方から敵弾が飛んでくる状況では、防弾対策の欠如はパイロットを激しく損耗し戦力低下に拍車がかかった。

また米軍機の半分のエンジン出力で速度差がかなり広がり、低い急降下速度制限と合わせて「追いつけない、逃げきれない」状況が増えてそもそも戦闘機としての基本能力を失っていたとも思われる。

だから後知恵で考えるとゼロ戦の能力向上策としては、エンジン換装により出力向上し重量増になる防弾対策と機体強化を実現して飛行速度も上げる、というのが結果的には正解だったろう。
だけれども海軍当局では堀越側から提案があったエンジン換装に対し最後まで決断ができなかった。

しかもそんなこんなで1945年初頭に紫電改が戦力化するまでの約1年間、海軍はほとんどまともに戦えなくなっていたゼロ戦で戦うしかなかった。

その紫電改も、元はと言えば開発会社の川西航空機の自主開発プロジェクトに海軍が乗った結果やっと出て来た機体である。

これは個人的推測だが、つまり大戦後半の帝国海軍はほとんど戦意を喪失していたということなのではないかと思う。
だから海軍上層部では戦争に勝つこと、または有利な講和条件を引き出す状況づくりとかを考える向きが皆無で、ゼロ戦の戦力低下はそのような海軍の心理状態をそのまま表していたのではないかと思うのである。

戦争というのはやるからには本気で勝ちにいかないといけないし、勝てそうにないなら始めてはいけない。
それが孫子の兵法以来の戦争の定石なのだろうが、しかし帝国陸海軍(というか政府)にはその辺の判断能力がなく、実はそれが日本古来の伝統なのではないか、と思ったりするのである。
posted by ヤス at 12:05| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年08月25日

ゼロ戦の強さについて

どうでもいいことだが、帝国海軍の零式艦上戦闘機の強さについて考えている。

零式艦上戦闘機、すなわちゼロ戦は1940年に対中国戦争に投入されてから1942年頃までは間違いなく世界最強の戦闘機であったようだ。
それが1943年頃を境に急速に勝てなくなって行く。
それまでは圧倒的なキルレシオでアメリカ軍機と戦っていたのが、急に逆転されるのである。

ゼロ戦の設計思想についてはこれまでにたくさんの議論がなされており、賞賛と批判と両面がある。
賞賛の声ついては、基礎工業力が未熟な1940年当時の日本においてとりあえず世界最強の戦闘機を開発し、空母に乗せて各地を転戦し、多くの戦果を挙げた事実に対してであろう。

一方の批判意見としては、機体強度が軍事用の「戦う道具」としてはあまりにギリギリの線で設計されている点。
また燃料タンクの防弾防火や操縦席周りの防弾装備が全くの未装備である点などであろう。
機体の強度不足は、何度かの空中分解事故にもつながっている。
さらに急降下速度制限が同時代の米軍機に比べて非常に低く、旋回で敵を追い詰めても急降下で逃げられるという問題点が、ゼロ戦関係の書籍を読むと度々出てくる。
あるいは重量軽減用に構造部材の至る所に肉抜きの「穴あけ」が行われており、これが生産性を著しく阻害していたこともよく問題として取り上げられる。

しかし急降下速度や防弾装備の欠如は、日本海軍が攻勢を保っているときはあまり問題にならなかった。
それが1943年以降に米軍が新型機を繰り出し、またゼロ戦対策として編み出したサッチウィーブ戦法と呼ばれる編隊戦法を徹底するようになるとかなり分が悪くなった。
やがて量的にも日本軍は常に圧倒されるようになり、歴戦のベテランパイロットもどんどん戦死してゼロ戦はただの鈍足の旧式機になってしまう。

そして、本来なら1944年初頭頃に後継の新型機が出てしかるべきだったのが、1942年10月に次期艦上戦闘機「烈風」の開発が始まったばかりで実用化の目処は全く立っていなかった。

一方の陸軍は、開戦当初の主力機「隼」はゼロ戦に対しやや性能不足だったが、二式戦「鍾馗」、三式戦「飛燕」、四式戦「疾風」と異なるコンセプトの新型機をコンスタントに投入している。

この陸海軍の開発ペースの違いがどこから来たかということである。
わたしの憶測では、海軍は対米戦争として1年程度の短期決戦しか想定していなかったというのが大きく影響したのではないかと思う。
山本五十六あたりは、戦争が長引けばそれはすなわち日本側の負けを意味すると思っていたのではないか。

だから当時の技術水準でギリギリ到達可能な極限性能の兵器を用意して、開戦したら一気呵成に勝つ。
そういう思想の元にゼロ戦の開発は行われたのではないか。

また、帝国陸軍は兵器性能が劣るのを兵士の「敢闘精神」でカバーし、その一方で海軍の方はマニアックに高性能化した兵器性能に頼る傾向、というのも影響したのではないかと想像したりしている。
posted by ヤス at 15:01| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年08月24日

ホンダジェット、カテゴリー首位に

自動車会社のホンダが(というか関連会社が)開発製造し、現在絶賛販売中のホンダジェットが2017年上半期に小型ジェット機の販売シェアで、約4割を占めてトップに躍り出たらしい。
ライバルは2000年代初期にデリバリーが開始されたセスナの「サイテーション・マスタング」やエンブラエルの「フェノム100」だという。

ホンダジェットも含めてこれらの機体は、パイロット2名プラス乗客5〜6名でジェットエンジン2発、全長・全幅12m余りの機体サイズの超軽量ジェット機という分類になる。

ウィキペディアで調べると、サイテーションやフェノム100以外にも主要な超軽量ジェット機の一覧が出ている。
この表には巡航速度や航続距離、機体価格なども載っているのだが、これを見るとホンダジェットの特徴は最大巡航速度が他より際立って速いこと、そして値段が一番高いことである。
航続距離は大体どれも2000km程度で大差ない。

値段は、ウィキペディアには「$3.65m」と出ている。
365万ドル、今のレートでちょうど4億円。
他は、セスナのサイテーションが$2.65m、エンブラエル・フェノム100が$3.6mである。
値段的にはベストセラー機のセスナが安く、エンブラエルはややエンジン出力が大きくその分速度性能が上で、値段も高い。

ホンダジェットのエンジンはさらに高出力で最大巡航速度は778km/hと、セスナ630km/h、エンブラエル704km/hよりだいぶん速い。
セスナで1000km飛ぶと単純計算で1時間35分かかるところがホンダジェットでは1時間17分で着く。
しかもホンダジェットのエンジンHF120はホンダが自主開発したものをジェットエンジンのトップメーカーGEとの技術提携で実用化した新型エンジンで、燃費は従来機より40%向上しているという。

さらにホンダジェットの最大の特徴はそのエンジンの搭載方法で、通常双発の小型ジェット機では2発のエンジンを胴体後部、尾翼の少し前に横向きの支持ブームに固定する方法をとる。
それがホンダジェットでは主要付け根の後端に縦向きの支持ブームを介して装着している。
こうすると空気抵抗的に有利なのと胴体を貫通する構造物がなくなって内部容積を有効に使えるらしい。

ということであるが、ホンダジェットは数々の新技術を導入された新型機なので性能的に従来機を上回るのはある意味当たり前なのである。
また、サイテーション・マスタングもフェノム100もデビューから3年後くらいがデリバリーのピークで年間約100機に到達している。
その後徐々に機数が落ちていってデビュー10年くらいで年間10機くらいのペースになるようだ。

そういう「デリバリー曲線」がこのマーケットの一般的な特性なのであろう。
するとホンダジェットが2015年12月24日の初デリバリーから2年程度経って、年間製造数が100機ペースになったとして、それは理想的な成功のパターンではあるが想定を大幅に超える事態である、とまでは言えないのだろう。

ホンダジェットの成功は、ピークの製造ペースをどれくらい長く維持できるか、そして派生型の開発でより幅広く市場を押さえて行くことができるかどうかを見るまでは決して油断はできないのである。

まあしかし、ホンダジェットが成功への第一歩を歩み始めたこともまた確かだろう。
三菱のMRJもぜひホンダの後に続いて欲しいが、こっちはちょっと「不成功」への道を確実に歩んでいるようでかなり心配である。
posted by ヤス at 08:37| Comment(2) | 徒然なるままに