2017年07月12日

藤井四段31勝目と高校進学問題

昨日は将棋の加古川青流戦があって、藤井聡太四段が都成竜馬四段を下してベスト8に進出した。
都成四段とは3度目の対戦だったが今回も鮮やかな勝利であった。(ようである)

藤井四段は今回が14歳最後の対局だったらしい。
彼は名古屋大学附属中学というなにやら偏差値の高そうな学校の3年生である。
ネットニュースに藤井四段の高校進学問題が載っていた。
果たして彼は高校に行った方がいいのか。

これまでに誕生した中学生プロ棋士4人はいずれもタイトルを獲得して大活躍しており、藤井四段もこれまでの戦いぶりを見るにつけ、おそらくそれに続きそうな勢いである。
つまり高校に進学しようがしまいが、就職の心配はしなくても済みそうである。

一方でもし高校に進学すると、義務教育の中学と違って最低限必要な出席日数というのが出てきて、将棋の仕事に多少なりとも差し障りが生じることは間違いない。
ちなみに中学生棋士の先輩である谷川、羽生、渡辺は高校に行ったらしい。

ネットニュースでは藤井四段の母親が高校進学を熱望していると書いてあった。
本人の意向ははっきりとは書いてなかったが、本人が行かないと思っている可能性もあるのかもしれない。

こうなると学校に行く意味というのが問題になる。
高校っていうのは、一体何をしに行くところなのだろう。
高校に限らず学校では、英数国理社など基本科目と体育とか技術家庭科、美術などの授業がある。
あと、クラブ活動があって、その上に運動会とか学園祭とかのイベントもあったりする。
基本科目の授業を通じて将来の職業生活に必要な知識を習得し、課外活動などで集団生活とか人間関係とかを学ぶ、という感じになっている。

また直接的には、特に普通科高校は大学などに進学するための受験教育を行う場所という意味合いが強いと思う。
今の日本では高校生の半分が大学に行く。
大学を出ているのといないのでは就職後の生涯賃金もかなり違う。
藤井四段が通っている学校は中高一貫なのでエスカレーターで高校に行けるらしい。
しかし頭の良さそうな学校なので、周りはみんな大学を目指して勉強するのだろう。
その中に進学することは、「世の中もけっこう大変だなあ」というのを身を以て実感する社会勉強にはなるかもしれない。

ネットニュースには高校に行ったら友達ができるから行った方が良いと書いてあったけれど、将棋で成功すれば学校では出会わない人と友達になれることだろうからあんまり意味があるようにも思えない。
むしろ周りの「友達」の方が史上最年少プロ棋士と友達になったということで自慢できるかもしれない。

まあ最後は本人が決めるのだろうからとやかく言うのはこれくらいにしておこう。
posted by ヤス at 14:40| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年07月11日

サントリーCM炎上

なにやらサントリーのビールのCM動画が炎上しているらしい。
くだんの動画は7月6日にYouTubeのCMとして配信が始まったところ、クレームが相次いだので翌日には配信が停止された。
なんでもCMに出てくる女性の、「コックーン」という色っぽいセリフ回しが性的なメタファーを感じさせるというクレームらしい。

ネット上には今でも各所に問題の動画コピーが貼り付けられていて簡単に観ることができる。
観た感想は、それほどエロい感じでもないと思ったが、しかしやっぱり制作側の意図としては、かなり明確に性的なメタファーを意識しているように思った。

だいたいにおいて広告の世界では、ビジュアルや音声、コピーライティンの中に性的なメタファーをそっと忍ばせるというのはかなりベタな手法として昔から行われていることであろう。
その場合、そのメタファーはあくまでもそっと忍ばせる、視聴者が普通に見聞きした分にはすぐには気がつかない、というのが広告におけるセンスというものだと思う。

その点、このサントリーのCMはメタファー=暗喩というにはあまりにも開けっぴろげな感じであって、天下のサントリーのCMの割にはあんまりセンスを感じさせない仕上がりになっているような気がする。

ハフポストに今回の炎上の件についてサントリーの広報担当者に取材した記事が出ていて、それによるとサントリー側としては性的なメタファーを込める意図についてはかなりはっきり否定している。
しかし前述の通り、わたし的にはとてもその言を信じる感じにはならない。

あるいはサントリー広報担当として公式には「そういうこと」になっているのかもしれない。
しかし制作の現場では性的な感じの入れ込み方についてあれこれ議論が行われ、その方針に基づいて女優陣に対する演技指導なども行われたのだろうと、勝手に推測する。

そのわたしの勝手な推測に基づいて考えると、サントリー広報担当の木で鼻をくくったような回答はなかなか残念な感じがする。
まああくまでわたしの勝手な推測であるが。

この動画は多分ネット専用に制作したのだと思うが、そうなると実は最初から炎上狙いで分かりやすい性的メタファーを入れ込んだのでは、という疑念も湧く。
あと、動画を観た感じ無名の女優を使って普通の飲食店を借りてかなり安上がりに制作しているように見え、制作費に対する炎上マーケティングの「広告効果」はそこそこ効率的であるように思われる。

そうやって考えると、これはサントリーとしては炎上マーケティングの一つの実験であり、その実験は一応成功したのであろう、というのはあくまでもわたしの勝手な推測であることは念を押しておく。
posted by ヤス at 09:56| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年07月10日

パソコンエラーに思う

少し前からうちのパソコンが調子わるい。
まだ買って1年ほどしか経っていないというのに、やたらと細々したエラーが出るようになった。
Google ChromeやExcelを立ち上げても当分反応がなかったり、Windowsボタンが反応しなくなったりする。

しかし今までのところ再起動、もしくは強制再起動によって一応症状が治まるのでまあよしとする。

そもそもコンピューターというのは、中で恐ろしく複雑なプログラムが蠢いている。
そのプログラムの情報量が、新聞に換算して何百ページ分くらいになるのか知らないが、21世紀になってもパソコンのソフトウエアエラーが絶えないということは、なかなかに感慨深い。
ソフトのデバッグ技術も時代とともに進化しているのだろうが、それを上回るくらいにプログラムの方が複雑怪奇になっているのだろう。

パソコンというのは、いうまでもなくエラーが出ずに快適に動作することが理想である。
しかし技術が進化してもエラーは出続ける。
その状況を見るにつけ、何か人間の言いようのない業というか、サガのようなものを感じざるを得ない。
パソコンを製造する人間の立場に立つと、彼らは多分エラーの出ないマシン開発を目指しているに違いない。
しかしパソコンにインストールするプログラムは複雑であり、また継ぎ接ぎで新しいのが入ってきたりする。

だからエラーの出ないパソコンというのは見果てぬ夢である。

そう考えてみるとそもそもエラーの出ないパソコンを目指すこと自体に無理がある気がする。

大体において、人間自体がかなり不完全で忘れっぽい、ソフトウエアエラーの塊のような存在である。
不完全な創造主が完全なパソコン製造を目指すことに、かなりの矛盾を感じてしまうのである。

やや話は跳ぶが、生物進化というのは、DNAの複製コピーのミスが積み重なって生じていたのではなかったか。
そうなのだ。
生き物というのはその存在自体が行き当たりばったりで、出たとこ勝負の存在なのである。
その中で環境に適応したのだけが生き残る。
生き物というのは言うなれば、基本的にその行動はエラーまみれであって、偶然の正解手が稀に生じることがある、そういうものだろう。

その生き物の進化系統樹の端っこの方にいるのが人間という生き物である。

だから人間だって、その行動は基本デタラメで時々正しい手を打つ、その程度のものだと思う。
ただ人間の場合、記憶力や推論機能が発達して他の生き物に比べると正解手の確率がちょっとだけ高いのである。

そう思うとパソコンのエラーもフェイクニュースの世の中もあまり怖くない、と言えなくもない気がするのである。
posted by ヤス at 09:43| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年07月09日

藤井四段30勝目など

にわかファンでやや気恥ずかしいが、最近将棋が面白い。
2〜3年前、わたしがニコニコ動画のプレミアム会員だった頃にも将棋の番組はけっこう観ていて、その時も面白いと思っていたのだけれど、今回のハマリ方は少し違う。
昔はただ面白キャラの棋士のトークを楽しむくらいが関の山だったのだが、今回は手筋の読み方とか戦法の内容にもかなり興味を持つようになった。

しかもその辺は、普通のテレビのバラエティー番組などでもけっこう解説するようになっている。
そういう分かり易い番組を見ているうちに、わたしも藤井聡太四段の30万分の1くらいの「読みの能力」が備わってきているのではないかと思う。

この間の7月6日も、藤井四段初敗戦後の一戦が中田功七段との間で行われて、アベマTVでチラチラ観た。
夜に入ってほぼ互角の感じで進んでいって、20時半過ぎた辺りから後ひと押しで中田七段の勝ちというギリギリの状況になるのだが、たぶん藤井四段はそのギリギリ具合を読み切っていたのだろう、平然と攻撃を続けて最後勝ちきった。

将棋に詳しい人はよく知っているのだろうが、終盤に、金とか香車とか前に進める駒があれば中田七段の詰めが成立する場面が出来るのだが、中田七段の持ち駒には前に進めるのが歩しかない。
「打ち歩詰め」といって最後歩を打って詰めるのは禁じ手なので、この場面詰めきれなかったのである。

この場面、藤井四段の手元が少しでも狂って歩以外の前に進める駒を取られるとそこで中田七段が勝ちになる。(のだと思う)
そこを冷静に、ひとつも間違えずに打ち続けられる精神力が藤井四段の強さであるのだろう。

ところで、7月8日には藤井四段に初の黒星を付けたイケメン佐々木勇気五段が、竜王戦の勝ち上がりで強敵阿久津主税八段と戦って、それも最後の方ずっと観ていたのだが、今回の佐々木五段は優勢に棋譜を進めていたのにもかかわらず、夜中になって最後の方の場面で詰み筋を間違えて危うく逆転されかけるということがあった。

しかし阿久津八段はすでに持ち時間少なく、佐々木五段が再逆転してやっと勝った。
そのシーソーゲームが、将棋の定石があんまりよく分かっていないわたしにもなんだか面白かった。

将棋の対局を観ていて思うのは、人間は間違える生き物だなあということである。
いかに間違いを最小限に抑えるか、またいかに敵を揺さぶって間違いを誘発させるか、その辺りの駆け引きが本当に面白いと思った。
posted by ヤス at 15:15| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年07月08日

退屈の感覚について

毎度のことながら、どうでもいいことをまた考えている。
それは「退屈の感覚」についてである。
人間はふとした瞬間に退屈を感じる。
これはなぜであろうか。

以前に何かの本で人間の脳みそは日常的にある程度以上の負荷を与えていないと退屈を感じる、みたいなことを読んだような気がする。
それはマグロが泳ぎ続けていないと息が止まるとかいうのと同じことなのだろうか。
人間の脳みそは、何しろ眠っている時でも夢を見るくらいに四六時中活発に動いている。
あるいは自分で思っている以上に自分の脳みそは勤勉であるのかもしれない。

注意しておくべきなのは、ここでいう脳みそとは大脳皮質と呼ばれる高等哺乳類などで特に発達している部位のこと、ということである。
人間の大脳皮質は容量・機能とも全生物の中で突出して発達しているとされる。
その大脳皮質が退屈を感じるのである。
ということは、人間よりは幾分か大脳皮質が小さい犬や猫もそれなりに退屈しているということだろうか。

実際、犬や猫を眺めていると、生存活動とは全然関係のない「遊び」を行なっているような場面がしばしばある。
あれは彼らなりに退屈して暇つぶしをやっているのであろう、と勝手に推測する。

ところで、退屈を感じるということでひとつ思いついたことがある。
それは退屈は、時間の流れを体感するというところに通じるのではないかということである。
人間、何もすることがない暇な時は死ぬほど退屈である。
一方で、趣味に没頭している時とかゲームに熱中している時など、一時的に時間が止まる。
あるいは、締め切りに追われて寝食を惜しんで仕事に励んでいる時などは暇な時の30倍くらいの速度で時間が経過する。

退屈を感じている時というのは、やや哲学的に表現するなら無為のうちに己の寿命がすり減っているのを感じている状態と言える。
一方で忙しくて時間が足りない状況というのは、寿命がすり減っている間を有為の時間で埋めることができている状態である。
そのように考えると、退屈という感覚を軸にして人間は時間の経過を感じていると思わざるを得ないのである。

一方で趣味に没頭している時というのはその時間感覚が麻痺している状態と言える。
それは生物的機能の停止という意味で後ろ向きに捉えることもできるだろうが、前向きには寿命の感覚からしばし自由になれた、という風に考えることができるのかもしれない。

いずれにせよ長い進化過程で人間が退屈を感じるようになったというのには、生存競争的にそれなりの意味があるものと思われる。
言い換えると時間に敏感な生き物であることが、人間の生物としての繁栄を支えていると思ったわけであるが、それ以上の考察は、字数が尽きたのでまた今度にする。
posted by ヤス at 14:02| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年07月07日

人に迷惑をかけない

最近、「人に迷惑をかけない」というマインドセットに対する批判をたびたび聞くような気がする。
人に迷惑をかけないというのは、おおよそ日本における家庭教育の共通理念だと思う。

人に迷惑をかけないことは迷惑をかけるよりは望ましいことであり、わたし自身もたまに迷惑をかけられるとその程度によっては腹が立つこともある。

だから日本の各家庭で、人に迷惑をかけたらダメだよと子どもに教育していることは妥当性があることのように思われる。

しかし考えてみると我々の人間関係においては、人に迷惑をかけた、かけられた、という場面がしょっちゅう出現する。
別にみんな意図して迷惑をかけようとしているわけではない。

例えば営業マンが寝坊して遅刻して商談を失敗させて会社に損害を与えたりすることもあるかもしれない。
または病気になって長期入院して、その間収入が途絶えて全面的に家族や友人の世話になることもあるだろう。
前の例の営業マンの場合は明らかな過失であって、これは他人に迷惑をかけるなというマインドセットがそもそも想定しているケースに入るだろう。
一方で病気で周辺に迷惑をかける、というのは必ずしも本人の過失とは言い難い。
誰しも病気になる可能性はあり、その場合大なり小なり人に迷惑をかけてしまう。

あるいは、例えばプロ野球選手の場合。
プロ野球選手はシーズン中は遠征も多く生活時間も不規則、食生活も大変だ。
プロ野球選手の奥さんになったりすると、かなりの努力や我慢を強いられるだろう。
それを迷惑と言ってしまっていいものかどうかよく分からないが、何かを猛烈に頑張っている人の周辺の人々は、往々にしてそれを支える努力を強いられる。

しかしまたまた考えてみると、プロ野球選手並みに激しく頑張っているわけではない普通の人でも、影に日向に周辺の人々の支援を受けているものである。
そしてそういうお世話になっている人々に、時々は「過失」による迷惑をかけたりすることもあるけれど、そこは日常からの人間関係で許してもらえる。

そうやって考えてみると、人間が周辺の人間に迷惑をかけたりある種の努力を強いたりするケースはかなり普遍的に存在するようにも思われる。
さらに言えば、何かでっかいことをやろうとしている人というのはだいたい周辺に多大の迷惑を撒き散らしているものである。

そういう中で「人に迷惑をかけない」というマインドセットがあまりに独り歩きするのは、世の中の挑戦する気分を損ねる心配がある。

だから本当は、「人に迷惑をかけない」という教育を子どもたちにするよりも、「人に上手に迷惑をかけよう」というように教えたほうがいいんじゃないか。

そうすれば、人生でずっと迷惑を撒き散らし続けている人にも立つ瀬があるっていうものだろう、と思ったりした。
posted by ヤス at 11:00| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年07月06日

プロの給料

この間、公益社団法人日本将棋連盟の財務諸表を見たが、そういえば日本にはもう一つ伝統芸能的に継承されて現代においても活動盛んな日本相撲協会があるのを思い出した。

日本相撲協会の財務諸表は将棋連盟と比べてどうなのだろう。
相撲協会は正式名称「公益財団法人日本相撲協会」だそうである。

まず貸借を調べてみる。
将棋連盟は総資産22億円、現預金残高4億円だったけれど、相撲協会の方は総資産440億円、現預金残高55億円と一桁サイズが大きい。
損益にあたる財産増減計算書というのを見てみると、売上に該当する経常収益が相撲協会は120億円。
対する将棋連盟は27億円だった。
将棋連盟が地方の中堅企業とすると、相撲協会は東証2部上場の全国企業くらいの違いだろうか。

将棋のプロ棋士が160名いるというのは今回初めて知ったのだけれど、相撲取りは何人いるのか。
調べてみると2017年3月現在で692名いるらしい。
そのうち幕内が42名、十両が70名だそうである。

相撲協会の損益表では人件費関係が事業費と管理費に分かれている。
多分事業費に載っている給料や力士等奨励基金などが力士に支払われる給料に相当するのではないかと勝手に推測する。
それら事業費の人件費はおよそ59億円ほどなので単純に力士692名で割り算すると850万円くらいになる。

ちなみに別の情報源では横綱の年間給料は4500万円、大関3700万円、前頭2000万円で十両でも1600万円だそうである。
それ以下はスズメの涙で幕下が年額で90万円、序の口では42万円。
力士は基本部屋に住み込みで三食付きなのでこれでも生きていけるのだろう。

一方で将棋連盟の棋士に渡るお金は、多分こちらも事業費に載っている対局料と賞金であろうと見当をつける。
合わせて12億円ほどである。
棋士160名で割ると750万円である。
ただこちらも一番稼いでいると思われる羽生三冠が約1億円くらい取っているらしい。
それ以外にもタイトル戦の本戦に進むと対局料が予選の1局5万円から50万円くらいに上がるし、決勝進出やタイトル獲得でかなりの賞金が出る。
一方一番下位の方の棋士は1局5万円の対局を年間30戦くらいして150万円とかいう人もいるのかもしれない。

それでも相撲の序の口よりはいいと考えられなくもない。
ただしこちらは原則三食付きではないが。

いずれにせよ、プロの世界は上位と下位で差があって厳しいのである。
posted by ヤス at 10:00| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年07月05日

アジアインフラ投資銀行について

AIIB=アジアインフラ投資銀行に関するニュースが最近もいくつか流れている。
中国が主導するこの枠組みは2014年10月に設立され、かつての「シルクロード」沿いの地域のインフラ開発を目的に作られた。
AIIBの構想について、これを主導する中国は「一帯一路」というのを出している。
800年前にマルコ・ポーロも通ったヨーロッパから中国に至る陸のシルクロードが「一帯」で、アラビア半島・アフリカ東岸からインド洋、東南アジア地域を経て中国に繋がる海のシルクロードが「一路」ということらしい。

設立時の資本金は1000億ドルというからおよそ11兆円、2017年時点で日本とアメリカは入っていないがヨーロッパ主要国は英仏独など含めてあらかた域外加盟している。
ついでに言うとカナダとブラジルも参加しているらしい。
オーストラリアなんかは域内主要メンバーの一つである。
さらに言うと、台湾と北朝鮮も参加申請したがこれは多分中国の意向で申請が拒絶されている。

このAIIBに関しては、日本における取り扱いはかなり微妙な感じである。
またちょっと前に宇宙人・鳩山由紀夫元総理が顧問に就任したことがかなり批判の的にされたこともあった。
また日本の場合、アメリカと共同で出資しているADB=アジア開発銀行というのがあって、AIIBに入るとこれの立ち位置が曖昧になるというのもあったのかもしれない。
それと一番大きいと思うのは、日本の同盟国のアメリカが入っていないこと。

おそらく日本が参加する場合は、アメリカと同時参加か後追い参加になるのだろうと勝手に思っている。

日本ではネトウヨの人々に限らず中国アレルギーの空気がかなり根強いので、これも参加の障害になっている。
しかし日本とアメリカが傍観しているうちにAIIBの活動は確実に前に進んでいるようで、特に今力が注がれているのが中国の新疆ウイグルからパキスタンに抜けるルートの開発だそうである。

この沿線は、国内にテロ組織の温床をたくさん抱えて国際的批判にさらされているパキスタンがありその隣にアフガニスタンがあり、イランを挟んだ先には対ISの激しい戦闘が続いているシリアやイラクがつながっている。
この地域に投資を行って経済的な発展が実現すれば、世界の大問題であるテロ問題の根本的解決になる可能性があるような気がする。

そしてこの地域に縁が深いイランやロシア、トルコにサウジアラビア、インドなども軒並みAIIBに参加しているのである。
これらの国々はそれぞれの関係は必ずしも友好的ということではないが、とりあえずAIIBを通じた協力関係は出来上がりつつあるようである。

さて、AIIBに関して日本は(というかアメリカは)今後どのような方向でいくのだろうか、とちょっとだけ考えてみた。
posted by ヤス at 09:24| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年07月04日

ネットの評価について

たまに東京とかに遊びに行くと、どこでメシを食ったらいいか迷う。
そんな時は食べログとかぐるなびとか、いわゆるランキングサイトを見て店を選ぶことになる。
なるべく口コミの書き込みが多くて、それもステマっぽくないやつはないか。
場合によっては厳しい書き込みがあっても、それを補うに十分な良い評判があればむしろそっちの方がリアルな評価の感じがして選択に値する可能性だってあるだろう。

何はともあれ単純に点数が高くて評価の高いのが「当たり」の店と断言出来ないところがランキングサイトの難しさであり、ある意味面白いところでもある。
しかし実際のところ、現代ニッポンでそんなに大ハズレの店を選ぶのは稀だと思う。
むしろハズレの店に当たった方がSNSのネタになってラッキーかもしれない。

つまり、どこにどんな店があるかという基礎的情報を収集するにはこれらのランキグンサイトは非常に便利だと思うのだが、その店が自分にとって良いか悪いかは結局のところ入って試してみないと分からない。
目当ての店にたどり着いたら、まず外から店の佇まいをぐっと睨んでどういう料理が出てきそうかを想像するしかない。
その辺りの作法はネット社会以前とそんなに変わらないと思う。

ランキングサイトは、店選び初期段階の情報収集作業をかなり便利にしてくれたけれど、最終的にその店に入るかどうかの判断をするところは昔とそんなに変わらないのである。

このような考え方、つまりランキングサイトは店選びの決定打になり得ないというのは、店の側に立っても同じようなことが言えると思う。

口コミに思いがけず悪い評価を書かれると、店の人間としては当然気分は良くない。
少しメンタルの弱い人なら、そういうのを見たらひどく落ち込むこともあるだろう。
しかしそこそこ真面目に商売をやっている店であれば、そんなに気に病む必要はないのである。
まあ実際、お客によっては単純に悪い評価を気にしてその店をパスする、という人も多いかもしれない。
だがそういう客はそれなりの思慮の浅い客なんだから重視する必要もあるまい。

さらに別の客においては、虚実入り交じるネット評価の裏読みをして、その悪い評価をむしろ参考材料として選択側に心が傾くことだってあるに違いないのである。
例えば「量が少なくて腹一杯にならない」というような評価は、歳を食って胃袋のキャパが縮小したオジサンには好ましい情報かもしれない。

世の中のクレームとか悪い評判とかは、それが全顧客中の2〜3%の人の意見であっても、まるで過半数の意見であるかのように増幅して聞こえてくるものだと思う。
ということでネット情報はかなりの程度鷹揚な心構えで利用するのが適切であるなあ、と思う今日この頃であった。
posted by ヤス at 14:25| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年07月03日

7月2日

昨日はなかなか激動の一日であった。
まず、公式戦29連勝中の藤井聡太四段がとうとう初の一敗を喫し、また東京都議選で都民ファーストが大勝、自民党が歴史的惨敗に終わる結果が出た。

藤井聡太四段と佐々木勇気五段の一戦はAbemaTVで途切れ途切れに観たのであるが、中盤以降は佐々木五段が終始圧倒したようである。
おそらく今回はかなり時間を割いて藤井対策を練ってきたのだろう。
わたしの想像としてはプロ棋士の世界は一年目の新人でも十年、二十年のベテランでも実力は拮抗しており、勝敗の要因はどれだけ相手の戦法を研究し有効な対策を準備できるかという部分に追うところが大きいように思う。

佐々木五段はその辺りの対策の立て方がかなり徹底的であったことが今回の勝ちにつながったようである。


さて一方の都議選。
こちらは自民の苦戦がある程度予想されたわけであるが、ふたを開けるとその予想を超える惨敗だった。
選挙前に立て続けに起きた国政自民の醜聞報道が逆風になったことは間違いない。
しかしそれ以前に都政自民党のオリンピックや築地移転問題に絡む利権疑惑が根底にあったこともまた事実であろう。

今回の都議選で分かったことは、現在の自民党はその実、政治基盤が決して盤石ではないということで、特に今回の都民ファーストのように有力な対抗勢力が現れると途端に票を失う、そのような脆弱性が明らかになった。

そしてもう一つ、地味に議席を減らした民進党。
本来は逆風に苦しむ自民に対し、反対票の受け皿になるべき存在だったはずなのに全く見せ場なく終わった。
今後都民ファーストが国政に打って出るという噂も流れているけれど、せっかく旧維新とくっついて勢力を増強したはずだったのに、党勢が回復する兆しが全く見えない。

次の総選挙は一年半以内に確実にやってくるわけであるが、今のままの民進党では存在意義が感じられない。
この調子で行くと逆風に喘ぐ安倍政権の対抗馬は自民党内部から出てくるか、都民ファーストの国政版(その場合党名は何になるのだろう)とかになって決して民進党にはならないだろう。

民進党は一旦解党して数を減らしてもリベラル寄りで出直した方がいいような気がする。

何にせよ絶対得票率25%に過ぎない現政権のアキレス腱がことのほか露骨に明らかになった都議選だったと思った。
posted by ヤス at 08:46| Comment(0) | 徒然なるままに