2018年06月09日

2回目の元寇がちょうど今頃の季節だった件について

このところ朝鮮戦争とかミリオタとか戦争関係の話が続いている。
それでちょっと思ったのだが、日本という国は長い歴史の上で外国からの攻撃がきわめて少ない。
ヨーロッパ諸国などは地続きでユーラシア大陸上のどこかで戦争が発生すると、その波が必ず伝播して伝染病が拡散するように関連戦争が起こる、という具合になっている。
その点、日本は大陸との間に海があって波の伝播を遮断している。

そういう日本も歴史上外国から「本土」攻撃を受けたことがある。
というか、ざっくり1500年くらいの日本の有史上、外国の攻撃は2回しかない、と言うのが正確かもしれない。
1回目は13世紀の元寇(1274、1281年の都合2回あったが)と、せんだっての米軍による沖縄戦である。
長い歴史記録が残っていて、千年以上の間に外国の攻撃が2回しか無い国は、大陸国家ではあり得ないと思う。

第二次大戦の沖縄戦のことはひとまず横に置いておくとして、最初の外国からの攻撃である元寇。
7年の間隔を開けたモンゴル軍の2度にわたる来襲が、神風が吹いたおかげで撃退できたというのはもちろんある種の「都市伝説」だろう。
これは当時の武士たちの、朝廷に対する遠慮だったんじゃないかというのがわたしの想像である。
京都の朝廷を構成する公家さんたちというのは、もちろん戦うことも出来なかったし、かといって外交文書をやりとりするような交渉ごとをする事務能力さえ持っていない。
出来ることはただひたすらお祈りするだけ。
だから公家さんたちの祈祷が通じて神風が吹いた、ということにして武士たちが朝廷に功を譲った側面があるのではないか。

元寇は1974年文永の役と1981年弘安の役の2回あった。
当時のモンゴル帝国は中国大陸になだれ込んで漢民族の国の宋を攻略している最中だった。
中華の国である宋は、源氏の仇敵であった平清盛の頃から日本と盛んに貿易をするようになって、源氏や北条氏の時代になっても交易関係はずっと続いている。
だからその当時の日本は、おそらくモンゴル軍の恐ろしさとか大陸の情勢について相当詳しく知っていたはずだ。
当初モンゴル皇帝のクビライ・ハーンが考えていたのは、日本を属国的同盟国にして宋との経済関係を断つことだった。
あるいはあわよくば日本から宋に向けて軍隊を出させることだった。

それでクビライは征服した高麗国をせきたてて軍船と兵隊を用意させ、日本をビビらせることを目的に派兵をしたのが1回目。
しかしその後に宋は降伏して、今度はモンゴル兵や高麗兵とは別に南宋からも10万の兵を挑発して、南宋から出発した船には農機具や家畜も積んで植民する気満々で2回目の遠征にやって来る。

その2回目の遠征があったのがちょうど今くらいの時期、旧暦の5月下旬、新暦で6月10日前後の頃である。
しかし南宋からの船団は何しろ大人数なので出航が遅れ、先行して博多で戦闘していたモンゴル高麗連合軍はせっかく台風の時期を避けて6月に上陸したのに、南宋船団の到着は新暦7月下旬になる。
それで暴風雨が来て粗製濫造の軍船多数が沈没し、モンゴル軍の幹部たちは残っていた大型船から高麗人を追い出して、さっさと帰って行ったらしい。

それでその当時のモンゴルの見立ての中に、大昔の白村江の戦い当時の倭の国の軍隊は弱かったので、今回も楽勝だろうと思った、とかいうのがあったらしい。
それに対し、日本側はモンゴルの恐さを最初からよく知っていた。

本当に、歴史というのは連綿とつながっている。
そして高麗や宋のように覇権国に従属した国の運命は、かなり悲惨なのである。
おしまい。
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2018年06月08日

ミリオタへの目覚め

わたしが戦闘機や戦車好きのミリタリーオタクになったのは、おそらく中学生の時である。
いちおうわたしも標準的男子として、幼少時から「のりもの」に対する興味は持っていて、家にある乗り物図鑑をページの端が擦り切れるくらいには、毎日眺めていた。
それで中学生のある時に「零式艦上戦闘機のすべて」みたいなタイトルの子供向けの本を手に入れて、これも穴が開くくらい読んでいるうちにだんだんとハマっていった。

わたしの興味は特に第二次大戦中のレシプロエンジンの軍用機に向かった。
第一次大戦のソッピースキャメルなどの複葉羽布張り時代の飛行機では古過ぎ、大戦後のジェット戦闘機では新し過ぎた。
なんというか1940年代の、20世紀工業社会がいよいよ勢いづいてきた頃に製造された軍用機のメカ感が、適当に複雑で適当に先進的で、ある意味手頃で良かったのである。

それで第二次大戦中のプロペラ戦闘機を中心にいくつか書籍を購入したりして毎日せっせと勉強していた。
大戦期としては「マイナー」に分類されるフランスのモランソルニエMS406やイタリアのマッキMC202などについても、そのスペックや戦歴について一生懸命に憶えた。

そうこうしているうちにミリタリーつながりで戦車についても興味をいだくようになった。
ミリタリーが好きでその一環でいろんな戦争映画を見ていると、どちらかというと映画では戦闘機より戦車が主役なのである。
これは、1970年代80年代の映画では、空を飛ぶ戦闘機よりは飛ばない戦車の方が撮影が簡単だったからだろう。
戦車ならポンコツのT34とかを適当に偽装してドイツのティーガー戦車っぽくすることも簡単だが、戦闘機の場合はそういうのよりはずっと予算もかかりそうだし撮影中の墜落リスクもある。
それに戦車の場合、土埃をあげながら主砲から火を吹く姿が非常に絵になる。

そういえば1973年作のテレビ映画で「戦闘機隊戦車」(邦題)というスーパーB級作品があったが、その映画では本物のカーチスP40戦闘機と、ドイツ軍のかぎ十字マークをペイントしただけでドイツ戦車に扮したアメリカ製M4シャーマンが出ていた。

それはともかく、軍用機に続いて戦車の勉強も開始したわけであるが、ある日、中学生だったわたしは平和主義に目覚める。
戦争はとってもいけないことである。
戦争を美化したり、映画などで戦争を娯楽として消費するのは、とても罪なことではないか。
そういう熱病のような症状に襲われた時期があった。

当時わたしは夜な夜な、1945年当時の日本のテクノロジーを駆使した新型軍用機を「開発」しており、大学ノートに定規で妄想新型機の三面図を引き、搭載エンジンや兵装、飛行スペックなどを記載していたものである。
しかし平和主義に目覚めたわたしは、ノートに書き溜めていた数々の軍用機に搭載していた機銃装備を消しゴムで消した。
そうするとノートには、軍用機ではなくてただ単に無駄に高性能な「飛行機」が並んでいるだけになった。
それで平和主義のわたしは少し胸をなでおろした。

しかし戦車の場合、そういうわけにはいかない。
考えて見ると戦車はつぶしが効かない。
武器を外してエアレーサーにするとかいう使い道もない。
そこは軍用機と違って戦車のつらいところだ。
せいぜい、スクラップにして炉で溶かして、東京タワーの第二展望台から上の鋼材に使うのが関の山である。

しかし歳をとった今では、そんなつぶしの効かない戦車が、なぜか少し愛おしく思える。
そういう今日この頃である。
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2018年06月07日

朝鮮戦争とM26と東京タワー

もうすぐ米朝首脳会談が開かれる。
この会談の基本的意義は、1950年に開戦された朝鮮戦争の終戦処理ということにあるのだと思う。
それで朝鮮戦争について少し調べてみた。

1948年の夏に李承晩(イスンマン)の大韓民国と金日成(キムイルソン)の朝鮮民主主義人民共和国が相次いで成立した。
日本は当然米軍の占領下にある。

そして南北両国の建国から1年10ヶ月ほど経った1950年6月25日、ソ連のスターリンと共産中国の毛沢東の了解を強引に取り付けた金日成がソ連製T34/85戦車を前面に押し立てて38度線を超えた。
この当時の戦力は、兵員数で北20万人南10万人だったらしいが、北はT34戦車を242輌とSU-76自走砲176輌装備して機甲戦力で圧倒しており、歩兵と砲兵しかいなくて戦車未装備の韓国軍は兵員数の差以上に脆かった。
それであっという間にソウルは陥落し、韓国軍は8月には半島の南端の釜山周辺の猫の額くらいのところを守っているだけになる。

他方6月の開戦を受けて7月には国連軍が組織されて、その国連軍は米軍そのものだったわけであるが、マッカーサーが司令長官になって反撃に向けて作戦を練るわけだ。
それで実施されたのが仁川(インチョン)上陸作戦。
敵陣奥深い、ソウルの喉元に当たる仁川に直接、国連軍(というか米韓連合軍)を上陸させて、長く伸びた北の補給路を断ち一気に状況を挽回するという博打をマッカーサーは打った。
それで無事博打は成功して国連軍は戦線を回復して、アメリカ製のM26パーシング戦車も大量投入されて逆に平壌を落として北を中朝国境付近まで押し返したのが上陸作戦からひと月後、開戦から4ヶ月後の10月。

しかしここで毛沢東の中国が人民義勇軍を参戦させてもう一回国連軍を押し返して、「39度線」付近までいったのが年明け1951年1月。
この時ソウルは再び中朝連合軍に占領されている。
すかさず国連軍が反撃してソウルを再々奪還すると、中朝軍も「5月攻勢」をかけて飽きずに押し返す。

金日成が戦闘を開始してから一年後の1950年6月はそういう状況で、戦線は一進一退の攻防が続くこう着状態になった。
そこでソ連のスターリンが休戦を提案してきて、休戦会談が板門店で持たれて本格的な戦闘はここでとりあえず終息する。
ついでに言うと、板門店の休戦会談のすぐ後の1951年10月、サンフランシスコ講和条約が調印され日米安保条約も締結される。
条約発効して日本の主権回復、つまり占領からの回復はその半年後である。

朝鮮戦争の休戦協定が正式に調印されたのはさらに降って1953年7月になるが、本格的な戦闘はほぼ上記の一年間である。
この戦争をきっかけにして日本は警察予備隊(1950年8月)が創設される。
これはわたしの想像だが、アメリカは日本に再軍備をさせて帝国陸海軍の将兵を再雇用し、半島の戦線に投入したかったに違いないと思うのである。(これは吉田茂によって阻止された)

また400輛以上が投入されたM26パーシング戦車などのアメリカ製戦車は、修理拠点だった日本に大量に滞留して、中には砲銃弾を満載した新品状態のものもあったらしいが、1957年から建設が始まった東京タワーの第二展望台から上の鉄材は、このM26のスクラップが使われているらしい。
敗戦後餓死寸前だった日本が半島の戦乱をきっかけに景気回復したことの、象徴的出来事であるようだ。

ちなみに朝鮮戦争当時、敗戦国日本は情報統制されて多くの日本人は半島の戦争についてわけがわからないままに、送られてくる戦車の修理や戦争物資の製造に励んでいたという。

米朝会談での破天荒キャラな両首脳の言動が、今から気になるのである。
posted by ヤス at 10:59| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年06月06日

外国人労働者受け入れ拡大

5日の経済財政諮問会議で安倍首相が外国人労働者の受け入れ拡大を表明したらしい。
現在の日本では、年間に15〜64歳の就労労働人口が50万人超のペースで減少している。
ちまたの飲食店や建設業界や介護業界などではかなり前から労働力不足が深刻化していた。

日本に90日以上長期滞在する外国人はビザが必要になるわけだが、現在日本の就労ビザは大学教授や芸術芸能活動目的など、かなり限定された分野のものしか認められていない。
これを介護や建設などの比較的「単純」な労働分野にまで拡大して現状の「単純労働者」不足に対応しようということらしい。

この間も書いたが現在の日本には250万人を超える外国人が在留している。
このうち「労働者」として在留している外国人は2017年10月末で128万人くらいになる。
この数字は前年同期比18%増になり、つまり年間20万人ペースで増えていることになる。
そうすると、国内の労働者人口の減少分が年間50万人で外国人労働者の増加が20万人なので、ざっくり毎年30万人の「労働者不足」が発生し続けていることになる。
ただしこれは国内労働市場が一定の場合である。

政府の目論見通り年間数%の経済成長を継続するには、さらに多くの労働者が必要になる。
あるいは、幸いなことに、経済が縮小して必要労働力が減れば労働者不足もマイルドなものになるのだろう。

わたしの個人的な考えとしては、外国人労働者の受け入れはやはり必要だと思う。
現在の状況は、その実は労働目的の日本滞在者が、名目上は留学生など「目的外」で入ってきていることで、このために外国人労働者受け入れのための制度整備がまったく不完全になっている。

今回の首相の表明はこのような社会実態に制度の方を寄せていかねばという意味合いもある気がする。

しかし他方でちょっとした思考実験をやってみると、例えば外国人労働者の受け入れをシャットアウトして、労働力が減るのに任せたらどうなるか。
人手不足で業務が回らず倒産する会社も出てくるかもしれない。
しかし各企業一層工夫して少ない人間で業務を回せるようになれば、懸案の「労働生産性」も少しは上がる気がする。
また、そうなれば安値安定している最低賃金水準も労働市場需給による自然増が期待できるかもしれない。

こういう状況は企業サイド、特に生産性向上のための原資が乏しい零細企業にとっては極めて厳しいものとなるだろう。
しかし労働者サイドから見ると、労働単価が上がるので悪い話ではない。

おそらく今回の外国人労働者拡大の考えは、経団連など産業界の要請に沿ったものである。
企業側としては将来にわたって安価な労働力を確保したいのは当然のことである。
しかし見方を変えて労働者サイドからはかなり厳しいものと言わざるを得ない。
特にコンビニや飲食店のバイトなど最低賃金相当で働いている人にとっては将来の収入アップの希望が絶たれることになりかねない。

ただ何度も言うようだけれど、この状況は日本経済の規模と単価がそれなりの高水準を維持していることが前提の話である。
10年20年後の日本で、労働市場がどうなっているかという長期的な展望こそが重要である気がする。
posted by ヤス at 10:24| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年06月05日

財務省の文書改ざん認定

先月末に、元財務省理財局長の佐川氏が文書改ざん問題に関わっていたのではないかという問題で、佐川氏の不起訴が決まったのは周知の通り。
この不起訴についても、政治の意向が働いているのではないかとか不信の目が向けられているわけだが、佐川氏は何か大きなご加護によって不起訴になったというよりは、日本の現在の法制度では立件有罪が困難のため不起訴になったというのも確かにあったようだ。

日本の法律では、これを公文書偽造の罪に問おうとしても、元々の文書作成者が自分の作った文書を「改変」するのでは偽造にあたらない可能性が高いらしい。
また文書の改ざんは主に「削除」によるものであり、虚偽の内容に変えたということでもないので虚偽公文書作成でもない。
だからこの改ざん問題における実行犯も指示をした人も刑事罰には問いにくいらしい。

しかしとりあえず財務省の調査により今回の改ざん事件は明確に存在したことが公式に認定され、佐川氏は停職3ヶ月の重い懲戒処分が課せられることになった。
停職処分は免職処分(つまりクビ)の次に重い処分だそうだ。
今回の改ざん事件が公認されたことにより、昨年佐川氏が国会で行なった答弁に大量の嘘が含まれていたことも公認されたことになる。

サイコパスでない普通の人間の場合、嘘をつくことには大きな精神的負担を伴う。
今回も財務省の職員で自殺してしまった人がいた。
そのように多大のストレスがあるにもかかわらず、ほとんどの人間は時々嘘をついてしまう。
ちょっと想像してみると、最初から悪意のある嘘というのは、案外その本人に与えるダメージは少ないのではないか。
人を騙して物やお金を盗んだりする場合につく嘘は、案外上手にできるような気がする。

一方で「通常業務」の目的のためにつく善意の嘘こそ、大きなストレスになる気がする。
それでも嘘をつくのは、業務命令とか業務上の使命感とか、義務的な大きな力が作用して嘘をつくのだろう。

昨年、理財局長だった佐川氏は決済文書を見て「このままでは外に出せない」と部下に言ったら、部下はそのことばを「文書を改ざんするように」という指示の意味に読み取って改ざん作業を行ったらしい。
また、課長は佐川氏から「担当者に任せるのではなく、しっかりと見るように」と言われて、「文書を直したうえで佐川氏の了解を得ることが必要」だと認識したらしい。

佐川氏も明示的に指示を出さず、あうんの呼吸で業務の指示をやりとりしていたというのは、責任者としてもあからさまに悪事を命令することで生じる罪の意識を減ずる効果があったのかもしれない。
まあそれによって実行犯である部下の方は、親分が減じた分の責任を背負うことになる。
これは部下にとっては耐え難いストレスだろう。
だからこういう組織では、下働きをしている多くの人々は、早く出世して自分もこのストレスから自由になりたいとがんばっているのかなあ、などといい加減なことを想像したりした。
posted by ヤス at 10:25| Comment(3) | 徒然なるままに

2018年06月04日

怒りは健康に悪い

世の中にはよく怒る人がいて、わたしが若かった頃の職場の上司もよく怒っていたなあとか思い出す。
しかしその一方で滅多に怒らない人もいて、「怒る」ことは相当に個人差のある現象のようである。
若い頃に自分が怒られている最中には、もう怒られるのに精一杯であれこれ考えるいとまもなかったわけだが、自分がおじさんになってみると、怒られていてもなんやかや頭の中で余計なことを考える余裕ができている。
最終的にこの人の怒りの引き金を引いたのはどの言葉だったのかなあとか、怒っている人の話していることがちょっと理屈が通ってないなあとか、いちおう顔だけは神妙な感じにして火に油を注がないように気をつけながらも、頭の中ではいろいろと要らないことを考えている。

これはわたしも歳をとって、性格的な歪みが増したのかなあとかも思うし、あるいはいい歳して怒られている自分を守るための自尊心のようなことなのかもしれない。
あるいはただ単に、今までさんざん怒られてきて、怒られ慣れして相当に気持ちの余裕ができちゃったのかもしれない。

一方でわたしは怒られるだけでなく、怒ることもたまにある。
というかわたしは元々、素質としてはかなり短気な方だと自覚している。
だが最近は、なるべく怒らないように気をつけているつもりだ。
というのも、「怒り」の感情がもたらすストレスはかなり大きくて、あまり怒ってばかりいると精神衛生とか身体的な健康にも悪影響があるらしいということを何かで見聞きしたからである。

「怒り」というのは、自分が怒ったり怒られたりと直接関わる以外にも、関係のない第三者が怒ったり怒られたりしているのを見るだけでも、見ている人に大きなストレスを与えるそうだ。
これを「受動ストレス」とかいうらしいが、だから怒ったり怒られたりするのは当時者だけでなく、タバコの副流煙のごとく周辺でそれを見ている人にもそれなりの健康被害をもたらすのである。

「怒り」の感情というのは、その起源は野生動物が危険にさらされた時の、それに対応するための緊急アラームのようなものだと想像される。
目の前に天敵が現れたりしたら、目を怒らせ全身の毛を逆立てて瞬間的に強い緊張状態に入る。
そうやって自動的に危険に対処するためのものだろう。

そこから類推すると、よく怒る人は危険に敏感な人ということが言えるのかもしれない。
悪く言えば臆病な人とも言えるかもしれないし、よく言えばデリケートなのかもしれない。

人間の場合は、大脳辺縁系がきわめて発達しており優れた類推能力を持っている。
だから目の前にある「危険のようなもの」が本当に危険なのかどうなのかは、少し大脳辺縁系を作動させれば分かりそうなものである。
そうすれば、それが真に怒る必要のあるものなのか分かって、おそらくかなりの割合で怒る必要がないことに気がつくことができるのは、人間ならではの能力だ。

それでもやっぱり人は怒る。
まあどうしても必要な怒りというのもあるのかもしれないが、しかし世の中の99%くらいの怒りは害ばかりで必要ないんじゃないかと思う。

そう思いながらもたまに腹を立てることがあったりするわけだが、それはわたしの中の「野生の名残り」が思わず飛び出てきたのだと、頭の悪いケモノのようなものが出てきたのだと、そのように理解してもらいたい。
posted by ヤス at 12:03| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年06月03日

毛利黒幕説

今日は6月3日であるが、昨日6月2日はいちおう400年ちょい前に「本能寺の変」があった日である。
ただこの6月2日は「旧暦」の太陰暦であり、「新暦」の西暦では1982年6月21日である。
とにもかくにも、旧暦の天正10年6月2日に明智光秀が京都の本能に宿営していた主人、織田信長を討ち滅ぼした。
そしてすぐ近くにいた信長の嫡男信忠も同時に討ち、この時点では下克上が成功して光秀が新たな天下びとになりおおせたようにも見えた。
しかし史実では、はるか200km離れた備中高松城で毛利軍と戦闘中だった羽柴秀吉が、あっという間に引き返してきて光秀の構想はあっけなく崩れる。

今さらであるが、6月2日はそういう日であった。
それで光秀が信長親子を討った実行犯であることは、あらゆる歴史資料が示していてほぼ明らかなことである。
しかしずっと議論されているのが、これが光秀の単独犯なのか、あるいは誰かの指示によるものなのかということである。
いちおう本能寺の変は、基本線としては光秀の怨恨による単独犯行というのが基本線にあって、まあいろいろと考えてみるとそんなに致命的な矛盾点があるわけでもなく、単独犯行のままでも十分に説得力のある話である。

にも関わらず黒幕説が根強いのは、智謀に優れ何ごとにも用意周到な光秀が、変からわずか11日後に秀吉に討たれていること。
優秀な戦略家の光秀があまりに簡単に討たれ過ぎじゃないかという点。
それと当時の信長は、周囲は敵だらけで「信長を殺したい」という動機を持つ人はたくさんいたことだ。
そういうことがあって、光秀の他に黒幕がいるんじゃないかというのは、普通に考えているとつい想像に浮かんでしまうということなのだろう。

世間で挙げられている主要な黒幕としては「朝廷」「イエズス会」「秀吉(黒田官兵衛)」「徳川家康」などがある。
それでわたし個人としては、秀吉黒幕、もしくは官兵衛黒幕説がいちばんしっくりくる。
実際は朝廷もイエズス会も、そして家康にだって「すきあらば」という気持ちはあったのだと思う。
あるいはそれぞれの動機が複合的に作用してこの時はたまたま光秀が実行犯になったということなのかもしれない。

あとネット記事に転がっていたが「毛利黒幕説」というのもあるらしい。
秀吉を介して織田軍と戦っていた中国地方の雄の毛利家が策謀を巡らして光秀を動かし、信長を討ったのだという。
確かに、毛利が黒幕だと秀吉が中国大返しを円滑にできた理由がすんなり説明できる。
ひょっとしたら毛利は秀吉ともつながって、彼が光秀の待つ山崎に向かうのを背後から襲うこともなくあえて黙認したのではないかと想像できる。

本能寺の変で思うのは、実行犯は証拠が残って分かりやすいけれど、黒幕がいた場合に後からその存在を証明するのはものすごく難しいのだなあ、ということである。
posted by ヤス at 13:13| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年06月02日

米朝会談やっぱり開催

先月の5月24日にアメリカによっていったん中止が宣言されていた12日の米朝首脳会談が、やっぱり開催するということになったらしい。

この間、5月26日に緊急の南北会談が板門店で再度持たれ、6月1日(つまり昨日)には北の朝鮮労働党副委員長のキム・ヨンチョルが金正恩からトランプ宛の書簡を携えてホワイトハウスを訪問した。
それでその書簡を読んだトランプが内容を評価して12日の会談開催を決定したという。(トランプは書簡を読んでないのに「いい手紙だ」と言ったとも噂されているらしい)
今回、あらためて会談開催が決まったということは、米朝それぞれが思惑を実現できそうだと思ったからなのだろう。
思惑というのは、北朝鮮は金正恩体制の維持、アメリカは北の核廃棄である。

このうち北の核廃棄は、「確かに廃棄をしました」ということのイメージが分かりやすい。
しかし「北の体制維持をアメリカが保証する」というのはどういうことになるのだろう。

ある報道で出ていたが、アメリカはもし今回北の体制維持に関し約束をしたら、条約化して議会承認まで得ることを約束したのではないか、というのがあった。

北の懸念としては、体制維持について約束してもイラン核合意のようにオバマからトランプに代わって合意破棄されるのでは信用ならん、というのがあったことは確かである。
イラン核合意は、2015年オバマ政権時に交わされた協定で、米英仏独中露の6ヶ国とEU、そしてイランとがイランの核兵器開発に一定の制限を設ける代わりに経済制裁を解除するというものであったらしい。

それがつい先頃の5月にトランプが一方的に離脱を宣言したものであるが、この場合、協定が各国首脳レベルの合意に基づくもので議会の承認を得る条約レベルまで踏み込んでいなかった。
だから首脳が変わって合意が覆されるということになった。

それで少し想像の翼を広げてみると、ひょっとしたらイラン核合意からの離脱宣言は今回の米朝交渉の前振りだったのかもしれない、とか思えなくもない。
イランの時は単なる口約束だったが、今回のアメリカが北に行う約束はきちんと条約化して政権交代しても維持できるよう法的拘束力を持たせますよ、というのを分かりやすくアピールしたのではないか。

金正恩としては最初に米朝会談が決まってホッとしたり突然中止を通告されて肝を冷やしたり、そういう心理戦のひとつとしてトランプがイランの核合意離脱を行ったのだとしたら、これはかなり見事すぎる。

ただ北が核兵器を「完全廃棄」しましたと言っても、5〜6発くらいはどこかに隠しているに違いないというのが「事情通」の見方としてある。
またアメリカが議会承認まで取って北の体制維持を約束した場合でも、難癖をつけてこれを覆すのはそんなに難しくもないように思える。

そういう分かりにくさはあるものの、とりあえず12日の会談結果は非常に興味深いものになりそうだ。

それと最後に懸念事項を書いておくと、もし今後米朝の「和解」がうまく進んだ場合、トランプの次の矛先がEU(の特にドイツ)と日本の貿易赤字問題に向くような気がして、最近のトランプの「関税騒動」を見ているとやや心配な気がしなくもない。
posted by ヤス at 10:30| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年06月01日

日本は移民大国なのか

一昨日のニュースで日本の移民人数が主要国の中で4番目に多いというのがあってちょっとだけびっくりした。
OECDによるデータで「有効なビザを保有し90日以上在留予定」の外国人の人数を調査したらしい。(年度は2015年)
それで1番目がおそらくシリア方面からの難民を大量に受け入れているドイツで201万6千人、2番目がもともとの移民大国のアメリカ105万1千人、3番がイギリス47万9千人で4番が日本の39万1千人。

法務省の調査で2017年末時点での「在留外国人数」は256万人という数字もあって、こっちはその時点で日本に居る外国人の総人数。
最初に挙げた39万人は一年間に流入するフローの数である。

ただ「移民」という言葉の響きと、現実に日本に在留する外国人の実態は、ちょっと感じが違う。
おそらく日本に居る外国人の多くは外国人研修生とか技能実習生と呼ばれる制度で来た人々なのではないか。
と思ってちょっとググってみると、外国人技能実習生の受け入れ人数は2015年で10万人くらい。
この数年、年間に1万5〜6千人ずつくらい増加基調にある。
そうなると残りの30万人くらいはどういう資格で来ているのかやや気になる。
単に観光ビザで来ているのか、就労ビザや大学留学して教育ビザで来ているのか、その辺の内訳が分かるとまた面白いかもしれない。

とにかく、最近の日本に長期滞在する外国人が急増しているのは、セブンイレブンやマクドナルで働いている外国人の多さを見ても明らかである。
ただこれは一時滞在であってやはり移民というのとは違うと思う。
ヨーロッパに大挙やって来ている戦争で故郷を追われたシリア難民とか、夢を求めてアメリカに移住する人々のように最初から永住目的の「在留」と、現在の日本に来ている外人の在留とではニュアンスはかなり違う。

ただ、一時的にせよ在留する外国人が増加すると、そのうちの何人かは日本人と結婚して居着くかもしれず、ほんとうの意味での日本への「移民」が増えることに確実につながるだろう。

それで日本に移民が増えることの是非であるが、日本は若年労働者が急減しているから外国人労働者をもっと入れようとか、あんまり外人が増えると治安が悪くなったりスパイやテロリストの心配が増えるとか、いろいろと意見がある。

ちょっと思うのは、現状日本に来たいと思って実際に来ている外国人が増えているというその事実が、とりあえず良いことのような気がするという点である。

これが今後日本の経済力が落ちて「日本に来る外人の数が過去最低になりました」とかいうニュースが流れるような状況になったら、「外国人が増えると治安が悪くなるから移民反対」とかいう意見も迫力がなくなる。
とりあえず現時点では日本に長期在留する外国人が急増している。
その事実を今一度、よく噛み締めるのが良いような気がする。
posted by ヤス at 12:08| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年05月31日

イタリアの政治混迷を調べてみた

昨日、日経平均が300円くらい下がったが、その原因のひとつがイタリアの政情不安だとニュースで流れていた。
それで、わたしはイタリアの政治状況というのをほとんどまったく知らないなあ、というのに気がついて、試しにこの件を検索してみた。
ところがイタリアの政治状況を解説するような日本語のネット情報はなかなか見つからない。

おおよそは、
「選挙で勝った大衆迎合政党の「五つ星運動」が右派政党の「同盟」と連立政権樹立を目指して内閣案を提案したら経済財務相候補のパオロ・サボナ氏がマッタレッラ大統領に否認された」
というような内容のニュース情報がせいぜいであった。
今後のイタリア政情が不安視されて株価下落につながったというのだが、これだけの情報だと、なんでNYダウが下がって日経平均も下がるのが今ひとつ判然としないのである。

しかしここまでの情報でも、まずイタリアには大統領がいたのだ、ということをあらためて知ってちょっと勉強になった。
イタリアの大統領は国会議員と州代表合わせて約千人の代理人によって選出されるらしいが、その役割・権能としては首相指名や議会の解散権などがあるようだ。
ついでに軍隊指揮権も持っているらしく、平常の政治運営にはあまり入れない代わりに、「最後の砦」的な役割を担っているらしい。
そういうことがイタリアの大統領についてググると出てくる。

イタリアは今年の3月に総選挙があった。
ドイツも同時期に選挙があって、ドイツでは極右政党が躍進したというのがちょっと話題になったりした。
イタリアも同じような流れがあって、その流れの中で「五つ星運動」や「同盟」などのポピュリズム政党が票を多く取ったらしい。
ちなみにマッタレッラ大統領は中道左派連合の支持を受けていて、五つ星や同盟とは政治的には対立する立場にいるものと想像される。

で、今もう5月も終わろうとしているが、選挙から3ヶ月くらい経とうかというのに、いまだに内閣が組み上がっていないくらい混乱している、ということなのだろう。

五つ星などが掲げている政策は、EUが求めている緊縮財政拒絶、難民対策、減税、月780ユーロ(約10万円)の最低所得補償導入などらしい。
ギリシャ危機の時にギリシャ政府がとったのと同じような方向を向いているように見えるわけであるが、新しいのは780ユーロの最低所得補償、つまりベーシックインカムの導入だ。
緊縮財政を止めて減税してベーシックインカムを導入すると、当然今でも十分に悪い政府財政がますます悪化することが予想されてたいへん、というのが目下の懸念なのだと思う。

イタリアは今やドイツ、フランスに次ぐEU3番目の大国なので、これが財政破綻するとギリシャの比ではない。
その辺が大きな懸念材料になって各国の株価にも影響しているということになるのだろうか。

イタリアはEU発足当初はドイツ、フランスと一緒に積極的にEU立ち上げに協力した国らしいが、この10年くらいの間に移民・難民はどんどん押し寄せるわ、緊縮財政で一向に景気は上向かないわで、国民が疲弊してどんどん反EU、ユーロ離脱の方向に傾いているのだという。

とりあえず、昨日の株価下落で報道されたイタリアの状況を調べて分かったことは以上のような感じである。
が、一日経ってNYダウはすでに300ドルほど回復したらしい。
いや、いったい何がどうなっているのか、国際政治とか経済は分からないことだらけだなあ、と思ったりしたのだった。
posted by ヤス at 10:38| Comment(2) | 徒然なるままに