2017年09月19日

水素自動車の未来が明るくない件

最近、電気自動車に関するニュースを目にする機会が増えているような気がする。
トランプ大統領はあまり関心はないようだが、ヨーロッパでは大気汚染や温暖化対策として排ガス規制がますます強化されている。
その煽りを受けてこの間もかなり多機種にわたる国産オートバイの生産終了がアナウンスされたばかりだ。

そういうニュースを見ていて思い出したのだが、環境に優しい自動車はハイブリッドやEVばかりではなく、燃料電池車というのもあったんじゃないか。
そう、トヨタが2014年にMIRAIを、ホンダが2016年にクラリティフューエルセルを出している。
これらの燃料電池車は、あんまりバカ売れしているというニュースを聞かないけれど果たしてどれくらい売れているのか。

検索してみると、2017年5月のニュースに、MIRAIが2年で1500台弱売れたというのがあった。
ホンダの方は、台数のデータは見当たらない。
当初の目標では、トヨタは2020年に年産4万台にするという計画をぶち上げていたらしいが、現状では年数百台レベル。

燃料電池車は、燃料として水素ボンベに水素を充填して走る。
現在水素ステーションは全国に100箇所程度らしい。
ガソリンスタンドは、かなり数が減ったとはいえ3万箇所以上ある。
しかも24時間営業のところも多く、燃料補給に関する「水素自動車」の利便性はガソリン車に遠く及ばない。

それでも燃料電池車には、捨てがたいメリットがいくつかあるらしい。
まず燃料補給にかかる時間がトヨタのMIRAIで3分と短いこと。
航続距離もMIRAIはカタログスペックで650km以上ある。
ちなみにホンダは700km。

あと、少し前までマツダが既存のガソリンエンジンを小改造しただけの水素自動車の開発に熱心だったと記憶しているのだが、既存のガソリンエンジンは比較的簡単に水素駆動にスイッチできるらしい。
つまり水素インフラさえ整えば「水素自動車」の普及には潜在的な可能性がなくもないように思えるのである。

しかし現実には、燃料電池車はじめ水素自動車勢力が急拡大する気配はない。
水素ステーションは、一箇所整備するのに4〜5億円かかるらしい。
これだと千箇所造るのに4000〜5000億円、1万箇所だと4〜5兆円かかる。
このコストは数年間で整備するにはかなりキツい金額である。

ホンダがコスト10分の1の小型水素ステーションを開発したというニュースもあったが、その小型ステーションは大き目の自販機みたいな箱の中で「電気分解」で水素を製造するものらしい。

だがそれって、直接的にバッテリーに充電した方が話は簡単な気がする。

ということで、水素ステーションの普及がコスト的に難しいので水素自動車の未来は明るくない。
というのがわたしの結論である。
posted by ヤス at 10:33| Comment(3) | 徒然なるままに

2017年09月18日

中国の無人コンビニ

数日前のニュースに中国・上海の無人コンビニの話があった。
これは「ビンゴボックス」という名前のコンビニである。
24時間営業で、入り口にスマホで開錠する鍵がかかっている。
店内には死角無しに店内を撮影する防犯カメラが設置され、無事に鍵を開けて入店した顧客はスマホ決済のWeChatPayなどで買い物するらしい。
当然ながら現金では買えない。

このコンビニは大中の二つのサイズがあるらしく、中は4.8×2.6m、大は6×2.6mというから小ぶりの公衆トイレくらいのサイズだろうか。
坪数でいうと中が3.7坪、大が4.7坪。

商品にはRFIDのタグがついていて出口のスキャナーを通すと自動的に清算される仕組みだ。
また防犯カメラは顔認識機能付きで、もし万引きをする客がいた場合個人を特定できるようになっている。
(会員登録の際に自分の顔を「提出」するらしい)

中国では現在すでに相当なキャッシュレス化が浸透しているという。
同時に個人の信用スコアのシステムも出来上がっている。
各種の支払いの遅れや犯罪行為があると信用スコアが落ちてスマホ決済が使えなくなったりする恐れがある。
そこのところをうまく使ったシステムである、という解説記事もあった。

このビンゴボックスは現在上海周辺に10店程度で営業中だが、今後一年で中国全土に5000店を展開する予定だという。
店の規模と「店員が要らない」仕組みを考慮すると、十分に可能な計画のようにも思える。

日用消耗品の購入に関しては、日本にもこのような自動販売機的な小売システムがあって良いと思う。
ただし顔認証を使った防犯システムは、プライバシー保護にやかましい日本では難しい面があるかもしれない。
また、日本は先進各国の中でも突出した「現金主義社会」であり、世の中の電子マネー化がある程度進まないと難しい面もあるだろう。

その辺は電脳立国に向けた国際競争力強化の大いなる障壁であるように思われる。

だが遠からず日本でも、この手の無人店舗が現在のコンビニに取って代わる日が来るに違いない。
無人コンビニの大きなメリットはレジ打ちコストが不要で出店コストも安い点だ。
つまり全体としてより安く商品提供ができる。
これは流通の本質に関わるメリットなので、普及しない道理がないのである。

現状ではRFIDのコストまだちょっと高いが、これが安くなってスマホ決済がそれなりに普及した段階、それはおそらく5年以内の未来だと思うのだが、その頃からこういう仕組みが日本でも爆発的に普及するのではないかと思う。

逆にいうと、この程度の社会の効率化が進まないようだと日本の未来もかなり危ういのではないか、と思った。
posted by ヤス at 11:21| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年09月17日

自我と人間

人間の定義には色々なものがありうると思うのだが、「自我」の存在はその最右翼ではないかと最近考えている。
自我とは自他の区別であり、個性の元であろう。
これはたぶんそうだろうと思うのだが、犬や猫は「自分」という意識がない。
鏡に映った自分の姿に対して、ワンワン吠えたり猫パンチを繰り出したりするのは、それが夢にも自分だという想像がないからだ。

でもチンパンジーなどの類人猿とかはどうだろう。
彼らの中にはひょっとしたら自分があるのかもしれない。
映像とかで見る彼らの仕草を観ると、少し人間臭い感じがするような気がして、あるいはそれは自我の萌芽ではないかと思えたりするのである。

いずれにせよ進化の過程のどこかの段階で、それはたぶん100万年くらい昔からもしれないし30万年前くらいかもしれないが、ある猿の一派にちょっとづつ自我が芽生えてきてそれが「人間化」したのだと想像している。

その自我の形成というか、自我の強化の過程こそが人間の歴史なのではないかと思うのである。
それは最初は単純な自他の区別であったのだろう。
それがだんだんと自意識が深まっていいって自己主張とか色々な能力の違いによる優越感の意識とかが育っていった。

人類史においては、最初の頃の集団的狩猟採集生活から農耕が始まって、1万年くらい前に文明史がスタートしたわけであるが、その流れの中で自我とか自意識というものもだんだんと強化されていった流れがあるのだと思う。
文明社会の初期の頃は、特に支配階級において自我の意識が出来上がっていったのだろう。
支配階級は一般大衆に対して圧倒的な優越の地位にあり、「他の人間どもとは違う」意識が自己増殖的に強化されていったものと想像する。

その頃は大多数の一般大衆は、自己主張も自己実現もない単なる「田舎の田吾作」であって、強い自我を持つことはある種の社会的特権ではなかっただろうか。

それが歴史が進んで生活環境も豊かになり、数百年くら前の段階ではかなり多くの人がそれなりに強い個性を持つようになり、その流れは今日にまで続いている。
一般大衆が自我を強化するというのは、たぶん趣味を持つとか娯楽を楽しむとかいうことにつながっている。
「ファッション」と称してお洒落(と自分で思っている)な服を着てみたり、かっこいいSUVを乗り回したりするのも自我のなせる技であるが、それは近代「自我社会」の象徴的現象であるように思う。

自我社会はSNSの炎上とか、怨恨殺人事件とか、ややこしい問題やマイナス面の要素も多いけれど、それが行き着く未来は案外平穏な社会に向かうのではないか。
なんとなくではあるが希望的にそのように思っておきたいと、「わたしの自我」が言っているのである。
posted by ヤス at 12:46| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年09月16日

年内解散について

さて、最近は森友・加計問題の報道もめっきり減ったようである。
代わって北朝鮮の核・ミサイル関連のニュースが大きくなっている。
さらに、民進党はスキャンダルに離党者も相次いでいて自壊状態。
さらにさらに言えば、自民に対する「受け皿」への期待が大きい都民ファーストも、代表辞任からの新代表決定に係るプロセスが不透明であることから党内で不満が出ていたり、議員のSNSでの自由な発言を制限するなど何やら不穏なものを感じなくもない。

ここへ来て北朝鮮危機から急降下していた日経平均株価も少し回復して来ている。
株価が2万円の大台を超え、これからいくつか予定されている衆院補選を自民党がもし無事に乗り切ったら、これはたぶん年内の解散総選挙がかなり急浮上するのではないかと思われる。

もしそうなったら安倍首相は本当に運がいい。
この7月ころまでは森友・加計問題で支持率も下がり絶体絶命の空気が漂っていたのに、今振り返ってみると内閣改造の辺りから流れがかなり変わっている。

しかしこの流れの変化は自民党や現政権の自助努力によるものというよりは、民進党の自壊、そして今ひとつ方向が固まらないように見える都民ファースト(の国政版政党)の動きによるものだと思う。
あと、降って湧いて出た何度目かの北朝鮮危機の空気。

つまり敵失と外部環境の追い風によるものである。

こういう政治状況は、国民にとってはあまり良くない。
自民党に代わりうる政党が無い、というのは自民党自身にとっても良くない。

都民ファーストの国政版政党は、政策コンセプトが今ひとつ見えない。
たぶんここのコンセプトは自民に変わる「受け皿」である、というのがもっとも当たっている。
そういう意味では政策の中身は自民と変える必要もない。
自民党に比べて「なんとなく」信用出来そうという空気づくり、そういう「風」を起こすことが党勢拡大の主要テーマになる。
しかし現在の党運営のようすを眺めている感じ、そろそろ風が止みつつあるように見える。

やはり民進党はここで一度解体して政策ごとにカラーを明確に、出来れば自民の対立軸になりうる政策集団を、人数は少なくても作ってほしい。

わたしの個人的憶測で、年内総選挙の確率は8割以上と想像している。
野党のみなさんは準備するならもうほとんど時間が無いですよ、と言いたい。
posted by ヤス at 13:14| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年09月15日

またミサイル発射

朝っぱらから、北朝鮮からのミサイルが日本上空を通過していって東日本地域でJアラートが鳴ったらしい。
おかげでNHK朝ドラの「ひよっこ」も放送中止になったという。

今回の発射は11日に採択された北朝鮮に対する経済制裁の国連決議を受けてのものだろう。
この決議の後の13日に北朝鮮から決議に賛同している日本を核で海に沈めるぞというおどろおどろしい警告声明が出されていた。

今回のミサイルは3700km飛翔して北海道の2000km先に着水したという。
この距離をグーグルマップをぐっと引きにして確認してみると、朝鮮半島からアメリカ大陸までのおよそ3分の1くらいのところ。
太平洋戦争の激戦地、ミッドウェー諸島よりもかなり日本寄りに落ちている。
ハワイは着水点からはさらに向こうにあり、しかし距離的には十分にグアムを射程円に捉えている感じである。

今回のミサイルは最高高度が770kmだったと韓国当局が分析しているようである。
ミサイルの弾道曲線を頭の中でイメージしながら日本上空通過時の高度を目分量で推測すると、たぶん200kmかそこらではないかと思う。
少なくとも100kmは超えていただろう。

高度100kmは大気圏の境目とされている高さであり、それよりかなり高いところをミサイルは通過していったものと想像する。
おそらく、この辺は北朝鮮としてもかなり綿密にミサイル軌道の企画をしているのではないだろうか。

ちなみに、今回のミサイルはおそらく国際法的な意味での領空侵犯にはならない。
宇宙空間は宇宙法で国家による領有が禁止されているからだ。
今回のミサイルも宇宙空間を飛んでいったわけだが、これはたぶんかなり意図的に領空侵犯を回避したような気がする。
また発射の方角も韓国を通らないように、何もない日本海方面に飛ばして日本の上を宇宙空間を通して通過し、公海上に落としている。

おそらくJアラートで騒々しい日本の何倍も、北朝鮮の方が命がけなのであろう。
間違って韓国や日本に着弾したり破片を落としたりすると米韓の反撃を誘発しかねず、そうなるとキム王朝の滅亡が決定的になる。
かといって制裁措置に何も反応しないと体制が持たない。
だから慎重に方角と飛行高度を選んで、韓国や日本に万が一にも落ちないように命がけで発射している。

命令する首領様も命がけだが、現場で発射する担当技術者も相当命がけだろう。
というようなことを今朝の7時過ぎに想像したりした。
posted by ヤス at 10:42| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年09月14日

iPhoneXの表情認識

さて、9月12日は新型iPhoneの発表があった。
日本時間では13日未明に、iPhoneXと8、8Plusの3機種が発表された。
今年はiPhone発売から10年目ということがX(テン)のネーミングになったらしい。
しかしさすがに10年も経つと最初の頃の驚きや新鮮さはかなり薄くなっている。

10年前には、あの片面が全部ディスプレイでキーが無くてタッチで操作する持ち歩ける電子機器への尊崇の念が確かにあった。
これ一つで電話からネット閲覧からメールチェック、カレンダー、ゲームに表計算、さらには音楽再生、ビデオ鑑賞などなんでもできてすごいと思った。

その後も、ディスプレイがRetinaになって画素の点々が見えないくらい綺麗になったり、指紋認証で煩わしいパスコード入力が無くなったり、画期的な進化ポイントがいくつかあった。

今回、Xの「売り」は指紋認証の代わりの顔認証であるようだ。
しかし顔認証は、すでに10年前わたしが使っていたシャープのガラケーに搭載されていて、当時それなりに使っていた。
それから考えるとXは顔認証ができますと言われてもそれほど驚かない。

で、ネット情報をチラチラ見た感じによると、Xの顔認証は指紋認証の代替機能というよりは、その先の展開をにらんだものであるような気がする。
Xの顔認証は個人の顔が認証できるだけでなく、表情まで読み取れるのが本当の売りらしい。
おそらくそのことをアピールするのが最大の使命であるツール、「Animoji(アニ文字)」を搭載している。

なるほど単純に静的な顔の形状認識でなく、その人の顔が表情ごとに変わるのまで追跡できるというのはかなり画期的かもしれない。
これはつまり、わたしの表情が仏頂面であるときも激しく眉を吊り上げて怒っているときも、変わらず「わたし」であると認証してくれるということであろう。

少し想像してみるとこの表情識別機能つきの顔認証というのは、今後の将来、いろいろな広がりがあるような気がするのである。
学校の教室で全生徒の表情を漏れなく監視し、誰それが真剣な表情を34分47秒継続していたとかこいつは終始眠そうだったとかデータが取れるかもしれない。
あるいは小売店で、「物欲にキャッチされた」表情のお客だけをピックアップして効率的なセールをかけるとかはどうか。

iPhoneXの表情認識がどの程度の精度のものかまだ分からないけれど、この機能がただのスマホの認証機能だけに留まるものでないことはまず間違いあるまい。
そういう意味でアップルが今後この機能をどのように展開していくのかにはかなり注目だと思っている。
posted by ヤス at 10:39| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年09月13日

オートバイの未来について

先日、オートバイの新しい排ガス規制に基づき、ヤマハSR400やセロー250などの定番モデルが生産終了になった。
ヤマハで15車種、カワサキでも5車種が終了になったらしい。

幸いなことにSR400もセローも販売ランキング上位の常連であるため、現在規制に対応した新モデルを鋭意開発中であるという。
わたしは1988年にセロー225を買って乗っていたのでこのバイクには若干の思い入れがあるのだ。

しかしオートバイを巡る環境はかなり厳しい。
特にヨーロッパでは二酸化炭素排出対策が年々厳しくなっており、今後もオートバイ業界は対応していかないといけない。

同じようにエンジンで動く乗り物ではあるが、四輪と二輪は置かれた立場が多少違うようである。
四輪の方は、すでに内燃機関エンジンから卒業して電動化またはハイブリッド化に向かう流れができつつある。
また自動運転が技術的に目処が立ちつつあり、電動化と並行して自動運転化が進むようである。

しかしオートバイの場合、おそらく電動化やハイブリッド化は簡単ではない。
まずオートバイの場合、1トン以上ある四輪に対し多くのモデルがせいぜい200kg前後の車重である。
重量のあるバッテリーやハイブリッド機構を搭載して50kg重くなりました、というのがなかなか出来ないのである。

最近のニュースによると今から20年後くらいには純ガソリン車、ディーゼル車の生産を終了しようという流れができつつあるようだ。
そうなると心配なのが、ガソリンスタンドがどんどん減るのではないかということである。
スタンドが減るとタンクが小さく航続距離の小さいオートバイにとってはますます居心地が悪くなる。

だから四輪の世界があらかた電動化する30年後くらいには、ガソリンエンジンのオートバイはおそらく絶滅するか、今のフィルムカメラやアナログレコードみたいに一部マニアの希少趣味になるのだろう。
まあその頃にはさすがにバッテリー技術が進化し、オートバイに搭載出来るくらい小型軽量高密度の高性能バッテリーが出来ているかもしれない。

ただオートバイが電動化すると、それはそれで便利なことも有る気がする。
ひとつは、「バックギア」が普通になること。
重いバイクを腕力や脚力でバックさせるのはかなり大変だ。
電気駆動になるとたぶん今より簡単にバック機構が実現できて便利になる。

あと低速走行時のジャイロスタビライザーやバイク用エアバッグが標準になって、今のところオートバイ最大の課題である安全性が飛躍的に改善するのではないだろうか。

そうなるとオートバイにとっていちばんの問題は四輪交通の自動運転化だろう。
オートバイは運転そのものを楽しむためのものなので、これを自動化すると存在意義がなくなる。
これは四輪のスポーツカーも同じだけれど、「自動運転交通」の中でいかに手動運転車両が調和していくか、そこのところが上手くいけば未来の電動バイクもあながち悪くないかもしれない、と思った。
posted by ヤス at 13:41| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年09月12日

人類の文明運が良かった説

今日は昨日に引き続き、えらく日経平均株価が上がっている。
このところ北朝鮮問題で下がっていた株価は、建国記念日前後に大きな事件もなく、とりあえず危機が一服したということなのかもしれない。

この問題に関して、少し前にある政治家は防空壕を造るべきと発言して物議をかもした。
また、8月29日の日本列島越しのミサイル発射に際しては「Jアラート」が一部地域で起動した。
このミサイル発射は早朝だったので、「朝っぱらからうるさい」とか批判の的になったりもした。

「Jアラートがうるさい」問題について考えると、アラートが聞こえた後に人々がどのような避難行動を取るべきか、その情報が全然国民に届いていないというところにそもそもこのシステムの決定的な欠陥がある。

そもそもミサイルの類が市街地に向けて飛んできた場合、自衛隊や米軍の迎撃システムが無事にこれを撃ち落としてくれるのを「祈る」他に、一般大衆レベルで出来ることはほとんどないと思う。
少し理屈をこねてみると、北のミサイルは限られた攻撃力のリソースを日本の普通の街に無差別に向けるほどには豊富でないはずで、照準の先は米軍基地や自衛隊基地に集中するだろう。
そうなると普通の市民に被害のあるケースというのは、照準が外れた流れ弾が飛んできた場合など、かなり確率的には限られると思う。


6年前には東日本大震災があって東北・北関東を中心に大きな被害があった。
その後もこの国では地震や水害などの自然災害が絶えない。
そのような自然災害に比べると、北の脅威はまだ外交努力や防衛技術への注力で対策可能な分、災害よりましという考え方も出来る。

一説によると、今日の人類の文明進化があるのは、この数万年の間比較的地球の気候が穏やかに安定していて、恐竜を絶滅させたような巨大隕石の衝突などもなかったことが大きな要因という話もある。
たまたま運良く文明は発達できたのである。

考えてみると人間の生き死には、かなりの程度「運」に左右される。

ただでも事故や病気のリスクもあるというのに、北のミサイルリスクでその悪運が少し増えるというのは、ものすごく損な気分がする。
人類はせっかく数万年間「お天気」にも恵まれて、自然災害や病気などに対しても技術を磨いてせっせと対策をしてここまで来たのに、である。

いずれにしてもミサイルに関する限り一般人に出来ることはごく限られているので、運悪くそれが落ちて来ないように祈っていよう。
posted by ヤス at 16:59| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年09月11日

核武装論議

さて、北朝鮮問題が一向に解決の糸口が見つからないなか、「無事」に9月9日の建国記念日が過ぎた。
この日に何かが起きる、という事前の報道がいくつかあったが結局大きな事件は何もなかったようである。(たぶん)

個人的には、この問題は現在の状況がある種の平衡点なのではないかと思うようになっている。
北は核兵器の実用化をアピールし、運搬手段のミサイルもおそらくアメリカ本土の一部を射程に収めるほどに進化している。
通常戦及び核攻撃の総合力でアメリカが北を圧倒していることに依然として変わりはないが、北がアメリカに対する直接攻撃の手段を獲得したことで(少なくとも北はそう主張している)、米朝は軍事的にある種の対等関係に立ったと言える。

ところで、この状況に対抗するために日本も核武装すべきという議論がある。
日本で核武装の議論は、ある意味「人殺しは良くない」の議論と似ているような気がする。
現在でも日本自体が核武装することについては、多くの国民が反対だと思う。
しかし実際に新聞社等がその手のアンケートを取ると、けっこう数字にバラツキが出て、場合によっては核武装肯定派が多数になることもあるようだ。

日本が核武装することは良くない、というのは、日本は唯一の被爆国であり悲惨な核兵器の惨禍を繰り返すべきでない、という辺りに主な論拠があるのだと思う。
だから、外交手段としての核武装についてはあまり活発に議論されているとは言い難く、そちら方向からの核武装反対論というのはあまり決定的な話を聞いたことがない。

さて、「人殺しは良くない」の話である。
念のために言うと、わたしも人殺しは良くないと思っている。
ではなぜいけないのか。
そこのところを綺麗に筋道立てて説明するのはなかなか難しい。

また日本では死刑がまだ存続していて、国家による犯罪者に対する殺人は合法である。
あるいは正当防衛による殺人も合法とされる。
正当防衛というところでは、世界各国において戦争中の戦闘での殺人もいちおう合法。

人殺しが良くないことの理由については、倫理面とか人間心理の面からなどいろいろと議論立てがあるのだろうが、今わたしがおもいつくのは、人殺しは法律で違法と決めているからダメなのだ、というものである。
法律というのは文明社会を維持するためのものと考えると、つまり無秩序の殺人は文明社会を維持することの障害になるからダメということになる。

さて、日本の核武装について。
核武装はNPTの国際的な枠組みの中で、いちおう部分的に合法である。
しかしその枠組外で、北朝鮮やイランやその他の国々でもなし崩し的に「違法」に核開発が続いている。

核兵器が世界に与えた実害は今のところ日本の2都市の数十万人だけであるが、潜在的な核兵器の脅威は今厳然としてあるのは間違いない。
核兵器は過去にはそれなりの違法・合法のラインが決まっていたわけだが、今はそれがすっかり曖昧、いい加減になっている。
そこのところがいい加減というのはかなり文明的でないと思う。

不倫の話もそうだけれど、文明の力によって人間の中に眠る野生をコントロールするのは相当に難しいということのようだ。
少なくとも日本国には、文明の側に立って各国に働きかける立場を維持してもらいたいと思う。
posted by ヤス at 11:16| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年09月10日

初の9秒台

昨日、陸上の桐生祥秀選手が、日本人初の100m走9秒台となる9秒98の日本記録を出した。
伊東浩司が長らく保持していた10秒00から19年、人類初のジム・ハインズからは49年目にしての9秒台とのこと。

ただジム・ハインズの記録は高地のメキシコシティーで出した記録であり、次に更新されたのは1983年のカルビン・スミスでこの間15年かかっている。
わたしの記憶では、その次のカール・ルイスくらいから100mの記録はぐんぐん伸びてきたような印象がある。

日本の100mはこの数年10秒0台に多くの選手がひしめく状況になっていて、いつどこで出てもおかしくない感じだった。
特に今期になってからのサニブラウン・ハキームの快進撃があって、他の人が破れなくてもサニブラウンの体調が戻ればすぐにも出しそうな感じに思えた。
その中での桐生の9秒台。

桐生は今まで肝心なところで硬さが出るとか、プレッシャーのかからない時は速いとか、メンタル面での弱さを指摘されることも多かったけれど、そんな桐生が「当初の予定通り」に一番最初に9秒台に突入したことは、本人的に非常によかったと思う。
おそらくこれで重荷が取れて、以降より無心で走ることができるようになるのではないか。

100m走は競技時間がたったの10秒しかないから、スタートから中盤のスピードアップ、そして終盤のまとめまで、少しのミスが命取りになる。
集中力が要求される、かなりメンタルな競技だと思う。

だから実は、日本で誰が一番最初に9秒台を出すかはものすごく大事だったと思う。
今期世界陸上で個人代表資格を逃して悔しい思いをした桐生としては、ここで悔しい思いをしたからこそ、初の9秒台は何としても自分が出さないともう後がない、そんな気持ちがあったのではないかと勝手に想像する。

水泳の100mも2005年に佐藤久佳が初の49秒台(世界から29年遅れ)で泳いだ後、他の選手も続々と49秒台を出し、かなり差があった競泳短距離が世界に接近する転機になった。

「日本初の9秒台」という大きな壁が無くなって、他の選手も続いていけば400mリレーで金メダルの期待もますます高まる。
短足胴長の日本人が陸上短距離で活躍できれば、陸上競技以外にもいろいろな場面で心理的バリアの解消に役立つんじゃないか。

ところで桐生選手の下の名前は祥秀と書いて「よしひで」と読む。
今まではなんとなく読み方をスルーしていたがこれからはしっかり「きりゅうよしひで」とフルネームで呼ばなければ、と思った。
posted by ヤス at 07:42| Comment(0) | 徒然なるままに