2018年06月14日

オジサン的

一般に、オジサン的であることは世の人々から嫌われることが多いのではないかと思う。
これは決しておじさん一般が嫌われるということではなく、あくまでも「オジサン的要素」が嫌われるということである。
まあオジサンではなかったとしても、オバサンでもオジイサンでもオバアサンでもニイチャンでもネエチャンでも、嫌われる人は嫌われるものではあろうが。

しかし中でも特にオジサン的要素はいろいろとあぶない要素をはらんでいるのではないかと想像される。
今わたしの脳裏にぱっと思い浮かぶオジサン的要素は、自慢と言い訳であったりする。

オジサンに自慢が多かったりするのは、これはひとつには必要に迫られて、という面があることは否めない。
今ではかなり時代が変わったのかもしれないが、基本この世はオトコ社会である。
あるいはオジサン社会であるといってもよい。
男性主体の社会構造に年功序列システムがあわさって、オジサン社会はできあがる。
だからたまに仕事の会議に行っても、座っているのはほぼ99%オジサンばかりである。

それで世の中の偉い人のかなりの部分をオジサンが占めることになるわけだが、その人のポジションとその人の中身に大きく乖離があったりすると、少し具合が悪い。
それで少なくないオジサンが必要以上にマウンティング的行動に走って、必要以上におのれの権威づけのための自慢行動に走りがちだ。
あるいは、おのれの実力不足を塗糊するために言い訳がましくなったりする。

この間ハリウッドの戦争映画を観ていて思ったのであるが、映画の中でそのオジサン的要素が散見されてちょっと面白かった。
軍隊というのは、現場指揮官でも中尉や少尉の将校は「学校出」のエリートで、この人たちがたたき上げの軍曹や伍長や兵卒たちを統率する。
そうすると多くの場合現場指揮官の将校の方が若かったり現場経験が少なかったりする。
そうするとその将校は、出来の悪い将校であればあるほど言い訳がましく、自慢げになる。
軍隊における小隊長や分隊長はまだオジサンというには早い20代の若者だろうが、しかし映画の中では見事にオジサン的に見えた。

それで思ったのであるが、オジサン的であるには必ずしも現実におじさんである必要はない。
おじさんだからオジサン的になるのではなく、オジサン的であるからオジサンになるのである。
あとわたし自身が、ややオジサン的である場合が万が一にもあるかもしれないが、それはわたしがおじさんなのでしょうがないということにしておく。
いやしかし、できることならオジサン的でない何かで居続けたいものである。
posted by ヤス at 14:27| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年06月13日

鍵は中国が握る

さて、昨日歴史的な米朝首脳会談が行われ、合意文書に署名がされた。
また会談は予定通り1日限りで終わった。
合意の内容は主に以下の四つ。

1 米朝が互いの平和と繁栄に向けた新しい関係構築に取り組む
2 半島の平和維持に向けた努力
3 北朝鮮は「朝鮮半島の完全非核化」に向けて努力
4 戦争捕虜や行方不明者の帰還に取り組む

残念ながら4は朝鮮戦争のことで「拉致事件」の話ではない。

それで会談直後の報道では、完全非核化には「検証可能」や「不可逆」を担保する詳細が入っておらず、その部分が骨抜きにされているのではという論調もある。
また朝鮮戦争終結に向けた内容は含まれなかった。
さらに拉致問題に関する項目も合意文書には入らなかった。
さらにさらに、会談後の会見でトランプは北への制裁は当面継続すると断言した。

結局のところこの会談合意だけでは具体的な話は前に進まないのだと思う。

ポイントはこの後の中国の意向だ。

金正恩はすぐに中国と今後の動きについて相談するものと思われる。
北の経済制裁は、対北貿易の大半を握る中国のさじ加減ひとつである。
そういう意味で中国の対北朝鮮政策(経済制裁のさじ加減)は、大きな対米外交カードになっている。

だから北が核兵器を完全廃棄するかどうか、そこのところは中国次第という側面が大きい。
おそらく金正恩としては、次のステップとしてはケ小平式の改革開放路線で経済を成長に導き、国内政治を安定軌道に乗せたいのだろうと想像する。
北朝鮮は、そのためには中国が行なっている制裁を解除してもらわないといけない。
中国は北の制裁解除を外交カードにしてアメリカと交渉し、トランプが火をつけた貿易問題の火消しにつかうのだろうか。

いずれにせよ今回の米朝合意は、上記のような米朝中の外交的連鎖が全部うまくいって初めて現実のものになる。
ただ非核化が不可逆的でも検証可能でもないとはいえ、方向として世界各国にとって悪い話ではない。
だから事態はそっちの方(非核化・制裁解除・北の改革開放)になんとなくでも進むのだろう。

ただそうなるとひとつだけ取り残される国があって、それはいうまでもなく日本である。
日本には拉致問題があって、米朝が勢いで作った合意の流れにひと思いに乗ることが難しい。

ただし日本にとって今の流れは、もちろん悪い話ではない。
とりあえず列島越しにミサイルが飛んでくることは今後はない。
ただ北のミサイル飛来は、現政権にとっては危機感醸成による支持率引き上げの材料にもなっていたので、そこは複雑なところかもしれない。

いずれにせよ、日本が拉致問題を解決するには北との直接対話ももちろん必要だが、それ以上に中国への働きかけが重要になる気がする。

そういうことで今回の米朝合意が実のあるものになるか、一時の話題づくりに終わるか、その鍵は中国が握っていると想像するのである。
posted by ヤス at 09:34| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年06月12日

米朝会談まもなくスタート

間も無く、シンガポールのカペラホテルで米朝首脳会談が始まる。
二転三転の後開催にこぎつけたこの会談の結果は非常に気になる。

今回の会談が実現した直接的要因は、直接的には対北朝鮮の経済制裁の「効果」があがって、金正恩がもうこれ以上もたないと思ったからだろう。
経済制裁が効き始めたのは、昨年来トランプが習近平をせっついてやっと中国が制裁に向けて重い腰を上げたからだと思われる。
そういうことではトランプの外交手腕が賞賛されるべきなのかもしれない。
また中国の立場で考えてみると、実質的最大の輸出相手国アメリカとの関係は付かず離れずである程度良好に保っておきたい。
中国としては北朝鮮がこれ以上暴走して半島情勢をきっかけに対米関係が壊れるといいことがないので、アメリカに貸しをひとつ作る意味でも北制裁に舵をきったのかもしれない。

それで北朝鮮の貿易の9割を占める中国が制裁に本気になって、その結果北の経済ダメージがいよいよ大きくなったらしい。
特に、北の経済を影で支えていた闇市に流れていた物資も止まって、いよいよこれは大変だということになった。
経済が困窮するとやぶれかぶれになった人民が暴動反乱を起こして体制維持が難しくなる。

それで金正恩としては直接的には制裁解除を求めて、最終的には当面の体制維持を目的に対米会談を実施することにした。
アメリカとしてはもともと、金正恩を交渉テーブルに引っ張り出すのが目的なので当然会談に応じる。
またこの会談実施は11月の中間選挙に向けた大きな材料になる。

こうして客観的に眺めてみると、窮乏して会談を切望しているのは北の方だろう。
トランプ的には、もちろん核放棄などの手柄が上がれば申し分ないが、交渉決裂してもそれほどのダメージはない。
しかし北としてはとにかく経済制裁を解除しないと未来がない。

会談直前の動きとして、トランプがこの交渉はこの一回限りでなく今後数回にわたって継続になるかもしれないと言っていたようだが、たぶん金正恩は今日の会談でそれなりの譲歩を示すのではないか。
昨日のニュースで金正恩は12日一日限りで延長はないと宣言したらしい。
トランプは日をまたぐことにやぶさかでなかったようなので、これは意外な宣言だと感じるわけであるが、たぶん金正恩はそれなりの「お土産」を持って会談に望んでいる。

場合によってはCVIDに応じる、ということかもしれない。(後日その約束を守るかどうかは別)
また朝鮮戦争の終戦協定締結ということになると歴史的一大事になる。

それで金正恩としては会談場所のシンガポールや「保護者」の中国のように独裁体制を保ちつつ経済成長したいと考えているのではないか。
今や経済を成長させて安定軌道に乗せることがキム王朝存続の最大の肝と言える。

後、終戦協定が成立すると在韓米軍の撤退問題が持ち上がるだろう。
そうなると在日米軍の撤退も俎上に上る可能性が高い。
そうするとまた日本国内が蜂の巣を突いた騒ぎになるのかもしれない。
いずれにせよ会談の結果が出るのが待たれる。
posted by ヤス at 09:35| Comment(4) | 徒然なるままに

2018年06月11日

頑張り過ぎないこと

さて、世の中では働き方改革がいろいろと物議をかもしている。
国会を通った働き方改革法案の是非はともかくとして、うつになったり自殺したりするまで働くような労働者が出現することはなんとか改善しないといけない。
本来は、働いて給料を稼いでそれで美味いものを食ったり海外旅行したりして楽しく豊かに楽しむのが幸せな人間のあり方のはずなのに、そうではなくて労働者にとってかなりストレスフルな会社というのがやっぱりまだ存在する。

というか、会社で働くというのには多かれ少なかれストレスがあるものだ。
それはある程度は資本主義社会の、自由競争社会の宿命である。
隣にモーレツにがんばっている会社がいた場合、のんびりしている会社は倒産しかねない。
倒産しないためには隣の会社以上にモーレツに働かないといけない。
そういう無限ループ的、ドツボ的な企業社会の構造が、ある意味日本社会の問題点なのであろう。

オリンピックでは、たまに同タイム同着順で、同一種目金メダル二人とかいう珍事が起きることもあるが、ほとんどの場合勝者は一人である。
企業社会も同じことで、ある「経済空間」の中では勝者は一人、というか一社しか存在しない。
それ以外は基本的に敗者なのであり、ただ敗者であっても安月給に甘んじるとかいう屈辱的条件を飲みさえすればなんとか生きていける。
そしていつか取って代わって金メダルが取れる日を目指してがんばる。

しかしあんまりそんなにモーレツに頑張りたくない会社はどうすればいいのか。
その場合は「経済空間」の新しいのを自分なりにこしらえて、そっちに引越しをするしかない。
八百屋がダメなら魚屋に、魚屋で負けたら肉屋になればいい。
肉屋でもダメならコロッケ屋にでもなったらどうだろうか。

ただことはそんなに簡単ではなくて、新しい空間に移ろうといってもそこには見えざる心理的ハードルがあったりする。
人間には、百円を得る喜びよりも十円失くす喪失感の方がよほど大きいという特質がある。
一度手に入れたものを失うことの心理的ストレスはよほど大きいのである。
経済競争で負けたからといって、一度手に入れた自分の生存空間を自ら手放すのはなかなか思い切りがいる。

ましてや引っ越す先の新天地にはどんな猛獣が待ち受けているか分かったものではない。
しかしたいていの新天地は、荒れ野だったり砂漠だったりして猛獣すらいない不毛の地であることが多いのだ。
というか、我々の祖先のホモ・サピエンスが生まれたての頃は、そうやってジャングルから追い立てられて、荒れ野での生き方を覚えてどうにかこうにか今の人類になったのである。

そう考えると、今の日本の多くの会社は、ひとつところで頑張り過ぎのような気がする。
いや、あんまり頑張り過ぎないで、たまにはホイホイ逃げ出すのがいいと思う。
posted by ヤス at 14:19| Comment(4) | 徒然なるままに

2018年06月10日

創造性とは

よく家電製品の注意書きに「こんな使い方は絶対にしないでください」みたいなのがある。
たとえば暖房器具のコタツに、上下ひっくり返した上から布団を掛けたり横倒しにして使う絵が描いてあって、その絵の上に大きくバツ印がしてあったりする。
はたしてそんな使い方をする奴がいるんかいな、とか思うわけであるが、まあ中には変わった使い方をする人もいるのかもしれない。
本来の使用法からは隔絶した使い方をされて事故が起きたりしても、そこまではメーカーとしても面倒は見きれないであろうから、ああいう注意書きを書く理由もまあなんとなく分かる。

しかし世の中には、メーカーが想定していなかった使用方法をあえてユーザーに考えてもらうというような、従来にはあまりなかった製品もあったりする。
それでぱっと思いつくのは360度パノラマカメラのリコーのシータである。
ユーザーが考えたこのカメラの「新しい撮影方法」の中には、空中高く放り投げて、その飛行中の動画を撮るというのがあったと思う。
当然ながら放り投げた後、落ちて来たカメラをキャッチし損ねるリスクが想定される。

しかしこの撮影方法はよほど面白い絵が撮れたのだろう、後に空中放り投げ専用のボール型360度カメラをドイツのメーカーが開発したとかいうニュースが流れているのを見かけた気がする。

このように当初の想定を大幅に超える使用方法がある製品というのは、なんだか非常にクリエイティブな感じがする。
というか、創造主の意図を超えてさまざまな使われた方をするというのは、創造性そのものだと思われる。

それに比べるとコタツの注意書きは創造性に乏しい感じがする。
むろん電熱を使った暖房器具の場合、火災事故の可能性もあるのであんまり創造的な使い方をされるのは困る。
逆に考えると、多少乱暴に使っても危険がないような製品は、創造的使用に関し可能性が高いと言えるのかもしれない。

芸術作品なんかでも、絵画でも音楽でも映画や小説でも、創造主がある思いを込めて作った作品が、受け止め手のところに到達した時点でそれぞれの多様な受け止め方をされるということがある。
そういう懐の深さ、解釈の幅の広さこそが芸術の本質であろう。
受け止め手ごとにいろんな「響き方」をする作品こそが、きっと良い芸術作品なのである。

そうやって考えると、「作者の意図は正確にお客さんに伝わったか」というような作品の評価方法は少し違うような気がしてくる。
作品とそれを鑑賞する受け取り手の関係性の中で、受け取り手が10人いれば10通りの思いが創造されること、そういう部分にこそその作品の創造性や芸術的価値はあるのだ、というようなことをちょっと思った。
posted by ヤス at 11:37| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年06月09日

2回目の元寇がちょうど今頃の季節だった件について

このところ朝鮮戦争とかミリオタとか戦争関係の話が続いている。
それでちょっと思ったのだが、日本という国は長い歴史の上で外国からの攻撃がきわめて少ない。
ヨーロッパ諸国などは地続きでユーラシア大陸上のどこかで戦争が発生すると、その波が必ず伝播して伝染病が拡散するように関連戦争が起こる、という具合になっている。
その点、日本は大陸との間に海があって波の伝播を遮断している。

そういう日本も歴史上外国から「本土」攻撃を受けたことがある。
というか、ざっくり1500年くらいの日本の有史上、外国の攻撃は2回しかない、と言うのが正確かもしれない。
1回目は13世紀の元寇(1274、1281年の都合2回あったが)と、せんだっての米軍による沖縄戦である。
長い歴史記録が残っていて、千年以上の間に外国の攻撃が2回しか無い国は、大陸国家ではあり得ないと思う。

第二次大戦の沖縄戦のことはひとまず横に置いておくとして、最初の外国からの攻撃である元寇。
7年の間隔を開けたモンゴル軍の2度にわたる来襲が、神風が吹いたおかげで撃退できたというのはもちろんある種の「都市伝説」だろう。
これは当時の武士たちの、朝廷に対する遠慮だったんじゃないかというのがわたしの想像である。
京都の朝廷を構成する公家さんたちというのは、もちろん戦うことも出来なかったし、かといって外交文書をやりとりするような交渉ごとをする事務能力さえ持っていない。
出来ることはただひたすらお祈りするだけ。
だから公家さんたちの祈祷が通じて神風が吹いた、ということにして武士たちが朝廷に功を譲った側面があるのではないか。

元寇は1974年文永の役と1981年弘安の役の2回あった。
当時のモンゴル帝国は中国大陸になだれ込んで漢民族の国の宋を攻略している最中だった。
中華の国である宋は、源氏の仇敵であった平清盛の頃から日本と盛んに貿易をするようになって、源氏や北条氏の時代になっても交易関係はずっと続いている。
だからその当時の日本は、おそらくモンゴル軍の恐ろしさとか大陸の情勢について相当詳しく知っていたはずだ。
当初モンゴル皇帝のクビライ・ハーンが考えていたのは、日本を属国的同盟国にして宋との経済関係を断つことだった。
あるいはあわよくば日本から宋に向けて軍隊を出させることだった。

それでクビライは征服した高麗国をせきたてて軍船と兵隊を用意させ、日本をビビらせることを目的に派兵をしたのが1回目。
しかしその後に宋は降伏して、今度はモンゴル兵や高麗兵とは別に南宋からも10万の兵を挑発して、南宋から出発した船には農機具や家畜も積んで植民する気満々で2回目の遠征にやって来る。

その2回目の遠征があったのがちょうど今くらいの時期、旧暦の5月下旬、新暦で6月10日前後の頃である。
しかし南宋からの船団は何しろ大人数なので出航が遅れ、先行して博多で戦闘していたモンゴル高麗連合軍はせっかく台風の時期を避けて6月に上陸したのに、南宋船団の到着は新暦7月下旬になる。
それで暴風雨が来て粗製濫造の軍船多数が沈没し、モンゴル軍の幹部たちは残っていた大型船から高麗人を追い出して、さっさと帰って行ったらしい。

それでその当時のモンゴルの見立ての中に、大昔の白村江の戦い当時の倭の国の軍隊は弱かったので、今回も楽勝だろうと思った、とかいうのがあったらしい。
それに対し、日本側はモンゴルの恐さを最初からよく知っていた。

本当に、歴史というのは連綿とつながっている。
そして高麗や宋のように覇権国に従属した国の運命は、かなり悲惨なのである。
おしまい。
posted by ヤス at 13:11| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年06月08日

ミリオタへの目覚め

わたしが戦闘機や戦車好きのミリタリーオタクになったのは、おそらく中学生の時である。
いちおうわたしも標準的男子として、幼少時から「のりもの」に対する興味は持っていて、家にある乗り物図鑑をページの端が擦り切れるくらいには、毎日眺めていた。
それで中学生のある時に「零式艦上戦闘機のすべて」みたいなタイトルの子供向けの本を手に入れて、これも穴が開くくらい読んでいるうちにだんだんとハマっていった。

わたしの興味は特に第二次大戦中のレシプロエンジンの軍用機に向かった。
第一次大戦のソッピースキャメルなどの複葉羽布張り時代の飛行機では古過ぎ、大戦後のジェット戦闘機では新し過ぎた。
なんというか1940年代の、20世紀工業社会がいよいよ勢いづいてきた頃に製造された軍用機のメカ感が、適当に複雑で適当に先進的で、ある意味手頃で良かったのである。

それで第二次大戦中のプロペラ戦闘機を中心にいくつか書籍を購入したりして毎日せっせと勉強していた。
大戦期としては「マイナー」に分類されるフランスのモランソルニエMS406やイタリアのマッキMC202などについても、そのスペックや戦歴について一生懸命に憶えた。

そうこうしているうちにミリタリーつながりで戦車についても興味をいだくようになった。
ミリタリーが好きでその一環でいろんな戦争映画を見ていると、どちらかというと映画では戦闘機より戦車が主役なのである。
これは、1970年代80年代の映画では、空を飛ぶ戦闘機よりは飛ばない戦車の方が撮影が簡単だったからだろう。
戦車ならポンコツのT34とかを適当に偽装してドイツのティーガー戦車っぽくすることも簡単だが、戦闘機の場合はそういうのよりはずっと予算もかかりそうだし撮影中の墜落リスクもある。
それに戦車の場合、土埃をあげながら主砲から火を吹く姿が非常に絵になる。

そういえば1973年作のテレビ映画で「戦闘機隊戦車」(邦題)というスーパーB級作品があったが、その映画では本物のカーチスP40戦闘機と、ドイツ軍のかぎ十字マークをペイントしただけでドイツ戦車に扮したアメリカ製M4シャーマンが出ていた。

それはともかく、軍用機に続いて戦車の勉強も開始したわけであるが、ある日、中学生だったわたしは平和主義に目覚める。
戦争はとってもいけないことである。
戦争を美化したり、映画などで戦争を娯楽として消費するのは、とても罪なことではないか。
そういう熱病のような症状に襲われた時期があった。

当時わたしは夜な夜な、1945年当時の日本のテクノロジーを駆使した新型軍用機を「開発」しており、大学ノートに定規で妄想新型機の三面図を引き、搭載エンジンや兵装、飛行スペックなどを記載していたものである。
しかし平和主義に目覚めたわたしは、ノートに書き溜めていた数々の軍用機に搭載していた機銃装備を消しゴムで消した。
そうするとノートには、軍用機ではなくてただ単に無駄に高性能な「飛行機」が並んでいるだけになった。
それで平和主義のわたしは少し胸をなでおろした。

しかし戦車の場合、そういうわけにはいかない。
考えて見ると戦車はつぶしが効かない。
武器を外してエアレーサーにするとかいう使い道もない。
そこは軍用機と違って戦車のつらいところだ。
せいぜい、スクラップにして炉で溶かして、東京タワーの第二展望台から上の鋼材に使うのが関の山である。

しかし歳をとった今では、そんなつぶしの効かない戦車が、なぜか少し愛おしく思える。
そういう今日この頃である。
posted by ヤス at 10:06| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年06月07日

朝鮮戦争とM26と東京タワー

もうすぐ米朝首脳会談が開かれる。
この会談の基本的意義は、1950年に開戦された朝鮮戦争の終戦処理ということにあるのだと思う。
それで朝鮮戦争について少し調べてみた。

1948年の夏に李承晩(イスンマン)の大韓民国と金日成(キムイルソン)の朝鮮民主主義人民共和国が相次いで成立した。
日本は当然米軍の占領下にある。

そして南北両国の建国から1年10ヶ月ほど経った1950年6月25日、ソ連のスターリンと共産中国の毛沢東の了解を強引に取り付けた金日成がソ連製T34/85戦車を前面に押し立てて38度線を超えた。
この当時の戦力は、兵員数で北20万人南10万人だったらしいが、北はT34戦車を242輌とSU-76自走砲176輌装備して機甲戦力で圧倒しており、歩兵と砲兵しかいなくて戦車未装備の韓国軍は兵員数の差以上に脆かった。
それであっという間にソウルは陥落し、韓国軍は8月には半島の南端の釜山周辺の猫の額くらいのところを守っているだけになる。

他方6月の開戦を受けて7月には国連軍が組織されて、その国連軍は米軍そのものだったわけであるが、マッカーサーが司令長官になって反撃に向けて作戦を練るわけだ。
それで実施されたのが仁川(インチョン)上陸作戦。
敵陣奥深い、ソウルの喉元に当たる仁川に直接、国連軍(というか米韓連合軍)を上陸させて、長く伸びた北の補給路を断ち一気に状況を挽回するという博打をマッカーサーは打った。
それで無事博打は成功して国連軍は戦線を回復して、アメリカ製のM26パーシング戦車も大量投入されて逆に平壌を落として北を中朝国境付近まで押し返したのが上陸作戦からひと月後、開戦から4ヶ月後の10月。

しかしここで毛沢東の中国が人民義勇軍を参戦させてもう一回国連軍を押し返して、「39度線」付近までいったのが年明け1951年1月。
この時ソウルは再び中朝連合軍に占領されている。
すかさず国連軍が反撃してソウルを再々奪還すると、中朝軍も「5月攻勢」をかけて飽きずに押し返す。

金日成が戦闘を開始してから一年後の1950年6月はそういう状況で、戦線は一進一退の攻防が続くこう着状態になった。
そこでソ連のスターリンが休戦を提案してきて、休戦会談が板門店で持たれて本格的な戦闘はここでとりあえず終息する。
ついでに言うと、板門店の休戦会談のすぐ後の1951年10月、サンフランシスコ講和条約が調印され日米安保条約も締結される。
条約発効して日本の主権回復、つまり占領からの回復はその半年後である。

朝鮮戦争の休戦協定が正式に調印されたのはさらに降って1953年7月になるが、本格的な戦闘はほぼ上記の一年間である。
この戦争をきっかけにして日本は警察予備隊(1950年8月)が創設される。
これはわたしの想像だが、アメリカは日本に再軍備をさせて帝国陸海軍の将兵を再雇用し、半島の戦線に投入したかったに違いないと思うのである。(これは吉田茂によって阻止された)

また400輛以上が投入されたM26パーシング戦車などのアメリカ製戦車は、修理拠点だった日本に大量に滞留して、中には砲銃弾を満載した新品状態のものもあったらしいが、1957年から建設が始まった東京タワーの第二展望台から上の鉄材は、このM26のスクラップが使われているらしい。
敗戦後餓死寸前だった日本が半島の戦乱をきっかけに景気回復したことの、象徴的出来事であるようだ。

ちなみに朝鮮戦争当時、敗戦国日本は情報統制されて多くの日本人は半島の戦争についてわけがわからないままに、送られてくる戦車の修理や戦争物資の製造に励んでいたという。

米朝会談での破天荒キャラな両首脳の言動が、今から気になるのである。
posted by ヤス at 10:59| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年06月06日

外国人労働者受け入れ拡大

5日の経済財政諮問会議で安倍首相が外国人労働者の受け入れ拡大を表明したらしい。
現在の日本では、年間に15〜64歳の就労労働人口が50万人超のペースで減少している。
ちまたの飲食店や建設業界や介護業界などではかなり前から労働力不足が深刻化していた。

日本に90日以上長期滞在する外国人はビザが必要になるわけだが、現在日本の就労ビザは大学教授や芸術芸能活動目的など、かなり限定された分野のものしか認められていない。
これを介護や建設などの比較的「単純」な労働分野にまで拡大して現状の「単純労働者」不足に対応しようということらしい。

この間も書いたが現在の日本には250万人を超える外国人が在留している。
このうち「労働者」として在留している外国人は2017年10月末で128万人くらいになる。
この数字は前年同期比18%増になり、つまり年間20万人ペースで増えていることになる。
そうすると、国内の労働者人口の減少分が年間50万人で外国人労働者の増加が20万人なので、ざっくり毎年30万人の「労働者不足」が発生し続けていることになる。
ただしこれは国内労働市場が一定の場合である。

政府の目論見通り年間数%の経済成長を継続するには、さらに多くの労働者が必要になる。
あるいは、幸いなことに、経済が縮小して必要労働力が減れば労働者不足もマイルドなものになるのだろう。

わたしの個人的な考えとしては、外国人労働者の受け入れはやはり必要だと思う。
現在の状況は、その実は労働目的の日本滞在者が、名目上は留学生など「目的外」で入ってきていることで、このために外国人労働者受け入れのための制度整備がまったく不完全になっている。

今回の首相の表明はこのような社会実態に制度の方を寄せていかねばという意味合いもある気がする。

しかし他方でちょっとした思考実験をやってみると、例えば外国人労働者の受け入れをシャットアウトして、労働力が減るのに任せたらどうなるか。
人手不足で業務が回らず倒産する会社も出てくるかもしれない。
しかし各企業一層工夫して少ない人間で業務を回せるようになれば、懸案の「労働生産性」も少しは上がる気がする。
また、そうなれば安値安定している最低賃金水準も労働市場需給による自然増が期待できるかもしれない。

こういう状況は企業サイド、特に生産性向上のための原資が乏しい零細企業にとっては極めて厳しいものとなるだろう。
しかし労働者サイドから見ると、労働単価が上がるので悪い話ではない。

おそらく今回の外国人労働者拡大の考えは、経団連など産業界の要請に沿ったものである。
企業側としては将来にわたって安価な労働力を確保したいのは当然のことである。
しかし見方を変えて労働者サイドからはかなり厳しいものと言わざるを得ない。
特にコンビニや飲食店のバイトなど最低賃金相当で働いている人にとっては将来の収入アップの希望が絶たれることになりかねない。

ただ何度も言うようだけれど、この状況は日本経済の規模と単価がそれなりの高水準を維持していることが前提の話である。
10年20年後の日本で、労働市場がどうなっているかという長期的な展望こそが重要である気がする。
posted by ヤス at 10:24| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年06月05日

財務省の文書改ざん認定

先月末に、元財務省理財局長の佐川氏が文書改ざん問題に関わっていたのではないかという問題で、佐川氏の不起訴が決まったのは周知の通り。
この不起訴についても、政治の意向が働いているのではないかとか不信の目が向けられているわけだが、佐川氏は何か大きなご加護によって不起訴になったというよりは、日本の現在の法制度では立件有罪が困難のため不起訴になったというのも確かにあったようだ。

日本の法律では、これを公文書偽造の罪に問おうとしても、元々の文書作成者が自分の作った文書を「改変」するのでは偽造にあたらない可能性が高いらしい。
また文書の改ざんは主に「削除」によるものであり、虚偽の内容に変えたということでもないので虚偽公文書作成でもない。
だからこの改ざん問題における実行犯も指示をした人も刑事罰には問いにくいらしい。

しかしとりあえず財務省の調査により今回の改ざん事件は明確に存在したことが公式に認定され、佐川氏は停職3ヶ月の重い懲戒処分が課せられることになった。
停職処分は免職処分(つまりクビ)の次に重い処分だそうだ。
今回の改ざん事件が公認されたことにより、昨年佐川氏が国会で行なった答弁に大量の嘘が含まれていたことも公認されたことになる。

サイコパスでない普通の人間の場合、嘘をつくことには大きな精神的負担を伴う。
今回も財務省の職員で自殺してしまった人がいた。
そのように多大のストレスがあるにもかかわらず、ほとんどの人間は時々嘘をついてしまう。
ちょっと想像してみると、最初から悪意のある嘘というのは、案外その本人に与えるダメージは少ないのではないか。
人を騙して物やお金を盗んだりする場合につく嘘は、案外上手にできるような気がする。

一方で「通常業務」の目的のためにつく善意の嘘こそ、大きなストレスになる気がする。
それでも嘘をつくのは、業務命令とか業務上の使命感とか、義務的な大きな力が作用して嘘をつくのだろう。

昨年、理財局長だった佐川氏は決済文書を見て「このままでは外に出せない」と部下に言ったら、部下はそのことばを「文書を改ざんするように」という指示の意味に読み取って改ざん作業を行ったらしい。
また、課長は佐川氏から「担当者に任せるのではなく、しっかりと見るように」と言われて、「文書を直したうえで佐川氏の了解を得ることが必要」だと認識したらしい。

佐川氏も明示的に指示を出さず、あうんの呼吸で業務の指示をやりとりしていたというのは、責任者としてもあからさまに悪事を命令することで生じる罪の意識を減ずる効果があったのかもしれない。
まあそれによって実行犯である部下の方は、親分が減じた分の責任を背負うことになる。
これは部下にとっては耐え難いストレスだろう。
だからこういう組織では、下働きをしている多くの人々は、早く出世して自分もこのストレスから自由になりたいとがんばっているのかなあ、などといい加減なことを想像したりした。
posted by ヤス at 10:25| Comment(3) | 徒然なるままに