2017年06月18日

AKB総選挙、衝撃発表

昨日、恒例のAKB総選挙があった。
今年の総選挙はあらゆる意味で波乱だらけだった。

まず、直前になって激しい雷雨が予想される状況になり、野外でのイベントが中止になったこと。
これについては梅雨時期の沖縄開催がそもそも無謀だったのではないか、などの批判も聞かれた。
ただそういう批判はなんだか後づけの理屈に聞こえる。
若干のリスクを気にせず(気付かずかも)どんどん新しい試みにチャレンジするのはAKBグループらしくて良いと個人的には思う。
このような大規模の野外イベントでは「お天気リスク」というのがあるのだ、ということを今回運営はよく学んだことだろう。
それでいいんじゃないか。

波乱の二つ目。
NGTの荻野由佳が速報1位、最終票数でも5位に入った。
今回NGTは全体的にものすごく票数を伸ばしたようである。
今回から選挙を辞退したゆきりんの票が他のメンバーに流れたのだろうか。
ディープなファンなら何か感ずるところが有るのかもしれないが、わたしには躍進の原因が皆目わからない。
まあそのうち各種の分析記事が出てくることだろう。

さらに波乱の三つ目。
これが最大の大波乱だと思うのだが、20位に入ったNMB須藤凛々花の結婚発表。
これにはびっくりした。

わたしの家にはテレビがなく、したがって開票番組をオンタイムで見ることが出来ない。
だから夜の9時過ぎにそろそろ結果が出たかなとネットニュースを見て最初に飛び込んできたのがこれだった。
ぱっと見、記事の意味が飲み込めなくて困惑した。
結婚するって言うのは、ファンのみなさんと結婚する気持ちです、というくらいみなさん大好きですよ、みたいな意味なのかなとまず思った。
しかしどうやらリアルの結婚発表らしい、ということをやっと理解した。

そしてこの衝撃発表に対し、直後のスピーチで19位の峯岸がぼやいたり11位に入った高橋朱里が苦言を呈したりしたらしい。
またOGの大島優子も批判的な反応を示し、さや姉も困惑のようすであるらしい。
何より、この発表に対してファンから「金返せ」的な批判が殺到しているとも言う。
わたしは直接的にそれらの批判を見たわけではないが。

この衝撃事件に関し、わたしは恋愛禁止の掟を守りファンを大切に思う高橋朱里の涙にはかなり同情した。
彼女らが数百人のメンバーがひしめく中、各々地道にファン層の拡大に努力してきた、その集大成の選挙の場でガチの結婚発表とは違和感があり過ぎると最初は感じたのである。

しかし少し考えているうち、最近のSMAP騒動とかその他のタレントの事務所移籍や独立に伴う奴隷的な契約慣習とか、今の芸能界が抱える闇に対し、この衝撃発表は須藤凛々花なりの意見表明だったのではないか、そういう気がしてきた。
まあ本人は直接的にはそういう意識はなかったかもしれない。
が、結果として、これまでは「商品」として消費されてきた「アイドルの女の子」が、事務所やファンに対してイーブンな関係のちゃんとした人格を認められる存在になるために、今回の衝撃発表はいいきっかけになったのではないか。

そういう意味では、かなり違和感はあったけれどこれは必要な違和感であり、結果的に良かったんじゃないか、今はそのように感じているところである。

posted by ヤス at 11:30| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年06月17日

ポケコン、Palm、iPhone

今年の2017年1月、iPhoneが登場してから10年経った。
それ以前に「スマートフォン」と言えば、小さいキーボードが付いた黒い携帯電話のBlackBerryのことを指した。
しかしiPhone以降は全面タッチディスプレイのやや大きなカマボコ板みたいのが世の中的にはスマートフォンの共通了解になった。

iPhone以前、やっぱりタッチスクリーンの薄いカマボコ板みたいなPalmという携帯情報端末があった。
調べてみると1996年頃に登場したものらしい。
わたしもPalmの端末を2台とソニー製のCLIEというクローンマシンを1台買って使っていた。

Palm端末などの情報機器を総称して当時はPDAと呼んでいた。
Palm以前にもPDAはあってシャープのザウルスはその代表格であろう。
さらにAppleのNewtonや、さらにその以前にはソニーや富士通なども「手のひらサイズのコンピューター」的なマシンを出していたらしい。

1990年頃の話である。

さらにそれ以前には「ポケットコンピューター」という製品ジャンルがあった。
カシオとシャープが双璧であり、関数電卓とコンピューターの合の子のような感じのマシンが多かったけれど、オプションで超小型の感熱プリンタやテープ式の拡張記憶装置などの周辺ガジェットがたくさん用意されており、オタク心をくすぐるに十分過ぎる状況であった。
わたしはカシオ派で、PB-110とPB-1000というのを買った記憶がある。
1980年台後半の話だ。

あの頃は32KBのメモリが1万円だったか2万円だったかしたと思う。
(「KB」っていうのは「GB」と100万倍差っていうことでいいのだろうか。つうことは、この30年ほどでメモリは100万倍くらいのオーダーで値下がりしたということらしい)

雑誌「ポケコンジャーナル」に掲載されているBASICで書かれたゲームプログラムを2〜3本入力すると、さしものPB-1000の標準搭載のメモリはすぐにいっぱいになったものである。
メモリを増設したいけれど、たかがゲームプログラムを打ち込むのに1万円も支出するのはアホらしい。
だから古いプログラムを上書きして新しいゲームを入れた。

そんなことはともかく。

ポケコンを駆逐したザウルスやPalmなどの「PDA」は1993年頃に出てきてPalmが生産終了したのが2005年、10年少々がPDAの時代。

そのPDAを駆逐したiPhoneが出たのが10年前だが、iPhoneは若干勢いは落ちがたPalmと違ってまだ寿命が尽きそうな感じではない。

ということはポケコンやPDAはスマホ誕生にあたっての露払い、前兆のようなものであり、スマホこそが真打ち登場、だったのかもしれない、そういう気がする。
またAIや音声認識技術の急速な進化により、スマホがそれらのインターフェイスとしてますます活躍しそうな感じもある。

個人的にいうと、かつてポケコンやPalmに投資した額の何倍(あるいは何十倍か)もiPhoneにはすでに投資していると思う。
逆から見ればスマホはPalmなどに比べても桁違いに大きな経済的価値を生んでいるということになるのだろう。

だからiPhoneはまだ当分は今の調子で生き残っていくのであろう、とどうでもいいけれど思った。
posted by ヤス at 10:47| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年06月16日

今年の夏は暑くなりそうだ

この間梅雨入り宣言したと思ったら、途端に雨が降らなくなった。
スマホで向こう一週間の天気予報を見ても、しばらく晴れと曇りのマークが続いている。
連日雨の日が続くといろいろ面倒くさいわけであるが、しかしこの時期に雨が少ないと今後の水の供給が心配になる。

なんでも今年は4月下旬から5月にかけてかなり雨が少なかったらしい。
気象庁のデータによると関東甲信越以西の各都道府県の降水量は、平年比が軒並み30%〜40%台だったようだ。
近所の田んぼも山の方から順番に田植えが進んでいるようだが、水は足りているのかなあとやや心配している。

例年の梅雨は、中国地方では6月7日に梅雨入りして7月21日に明けるそうだ。
で、心配される雨の量であるが、これは予想によると6月中旬以降長雨の傾向が続いて降水量は平年よりやや多めの見込み。
なんでも南の方から暖かく湿った空気が流れ込んでいるらしく、もしこの予想通りならこれからしばらく蒸し暑い日が続く。


さて、話はやや変わる。
以前にも書いたがわたしは今年、昔出場したことがある「2017歴史街道丹後100kmウルトラマラソン」に再び挑戦しようと考えている。
挑戦しようと思っているが、まだエントリーはしていない。
4月に最後のフルマラソンを走り終わって、その後しばらくランニングをサボっていて、やっと一週間ほど前から再度走り始めたところである。

一月以上ランニングをサボっていたために当初2〜3日は膝がガクガクになって先が思いやられた。
しかし数日続けて走るうちに、体が走り方を思い出したらしい。
ゆっくりであれば10km超の距離でも楽に走り終えることができるようになった。
京丹後の100kmは制限時間が14時間である。

前回の出場は10年以上前だったが、13時間40分弱くらいだった。
1kmあたりに直すと8分10秒くらいである。
前回はエイドステーションのたびにバナナを食べながらくくつろぎ、かわいい中学生のボランティアにふくらはぎをモミモミしてもらった。
また後半に入ると登りの坂道は基本歩き、そのうち平らな道でもフラフラ歩くらいまあまあ辛かった。
だが、最後の20kmくらいは止まると足が固まって動かなくなるので、なるべく歩かないように、止まらないように頑張った。

あの過酷な100kmを10歳以上歳とった現状で再び完走するには、それなりにトレーニングを積む必要がある。

特にこれからの暑い季節がどれくらい暑くなるのかはトレーニングに多大の影響を及ぼすであろう。

エントリーの締め切りは7月24日。
まだ定員には達していないようである。
もう少しトレーニングを続けながら様子を見て、大丈夫そうならエントリーしようと思っている、妙に慎重な今日この頃であったりする。
posted by ヤス at 09:49| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年06月15日

サル多数出没

昨日吉備中央町の山の中を高梁市に向けて車で走っていたら、100mくらい先の道路の上にタヌキだか犬だかよくわからないが四つ足で歩く「動物」のシルエットが数匹分見えた。
で、近づいてよくよく見るとニホンザルの親子である。

母親ザルとおぼしきやや体の大きなのが、車を怖がるでもなく道の真ん中にデンと腰を下ろし、じっとこちらを睨んでいる。
そしてひときわ体の小さい子猿が3〜4匹、道の端の方でチョロチョロと走り回っていた。

その辺の道はこれまでも度々通ったことのある走り慣れた道であったが、サルを見かけたのは初めてだったのでやや驚いた。
しかし驚くのはまだ早い。
そこからさらに数百メートル走るとまた別の群れが、多分10匹以上のんびり道路を横切って散歩している。
さらに数km車を進めるとまた別の群れがいる。

この日は吉備中央町を抜けて高梁市に抜けて行ったのだが、その道すがら合計で30匹くらいのサルを目撃したのではないかと思う。
サルを1匹2匹見かけるのも稀なことなのに、このように集団で遭遇するのは今までなかった。

サルの生息地の山で何か事件でもあったのだろうか。
山の上の方の食糧事情が悪化して里に近い方に降りてきたのだろうか。
かなり気になる。

ちょっとだけネットで調べてみた。
ここ最近、全国的にクマ被害のニュースがものすごく増えている。
それと同様にサルの出没情報も増えているらしい。

原因はいろいろあるみたいだが、一つには、中山間地の過疎化が行き着くところまで行ってしまって、山の手入れがほとんどされなくなった。
その結果、昔は適当に間引きされていたコナラやクヌギが生え放題になって餌になるドングリがたくさん出来るようになり、そこにクマが寄って来るようになった。
そんな感じで山の上の方から人里近くにクマが降りて来て、そのうち畑や人家の方にも出没するようになった。

つまり過疎化で山の上の方の野生動物の生息地と人間の生息地の間の緩衝地帯にどんどん動物が進出して来ているということらしい。

過疎化の結果クマだけでなくサルも人間の居住圏に出て来て今までにないニアミスが起こるようになっている。

しかもサルの場合、ちょっと離れて眺めている限り、表情が豊かで動きも面白く愛嬌があってなかなか可愛い。
ちょっと親切な人だったら餌をあげたくなったりするかもしれない。
しかしサルは思いのほか凶暴で咬みつきの被害も多発している。
しかも頭がいいから弱そうな人間とか、以前痛い目に遭わされた人間とかをちゃんと記憶している。

だからサルを見かけたら大声を出して棒を振り回したり石ころを投げつけたりして追い払うべきである、とサル被害の対策のサイトにも書いてあった。
(ただしこちらが一人で分が悪そうな時はくれぐれも慎重に)

この場合、野生の作法に習って、サルどもに対し人間の縄張りを激しく主張するのがサルにとっても人間にとっても良いようなので覚えてこう、と思った。
posted by ヤス at 11:18| Comment(1) | 徒然なるままに

2017年06月14日

加計学園問題

森友問題に続いて加計学園の問題がクローズアップされている。

「総理のご意向」の文書が真正のものであるかどうかが今のところの争点となっているようである。
件の文書に関し、官邸サイドは一貫して出所不明の怪文書であり真偽や流出元について調査する必要はないと主張していた。
しかし前文科省次官の前川氏が会見を開いて文書は真正のものであると断言したことから風向きが変わった。

各種の世論調査では、今まで高い数字を維持してきた内閣支持率がジリジリと下がっているというのも出てきている。
折しも来月は東京都議選がある。

機を見て自民党を離党した小池旋風が相変わらず強い。
自民党にとって厳しい戦いが予想される。

今回突如として政府が方針を転換し、文科省内で件の文書に関する職員への調査を行うことを決定したのは、多分に都議選を意識してのものだろう。


しかし加計学園問題に関しては、森友問題にも増して色々と評価が難しい。
加計学園に対する獣医学部の認可は、果たして身内に対する利益誘導なのか岩盤規制の破壊であるのか。
わたしは、基本的には今回の一連の騒動においては前川前次官の肩を持ち、現政権を批判する立場をとっているつもりである。

しかし考えてみると、加計学園問題の根底には、大学の学部新設認可に対して行き過ぎた行政の規制があったことは否めないような気がする。
つまり政府側が、これを岩盤規制改革であると主張すればそう言えなくもない。

逆に考えると、岩盤規制の存在によってかえって権力による「身内への利益誘導」の誘惑が発生し得たという意味で、この国にある数々の岩盤規制こそが森友学園や加計学園問題の根源であるとも言えるだろう。

とすると、本当に悪いのは官僚システムの方であり、権力の暴走は官僚システムの瑕疵に基づいた「ほんの出来心」ということになるのだろうか。
だとすると前次官の前川氏の肩を持つのは筋違いになる、というややこしい話になる。



この問題での省内調査に際し、文科副大臣から法令違反を明示しない内部告発は公務員法違反で処分する可能性に言及したらしい。
これはかなり無茶苦茶な発言だ。
そういうことを言ったら内部告発はほとんど成立しなくなる。
組織の自浄作用のためにはある程度の内部告発の仕組み、自由な発言の雰囲気は欠かせないはずであるが、この文科副大臣は頭がおかしいとしか思えない。

文科省の現職の人々には是非この機会に事実を明らかにしてほしい。
そして、今回の一連の事件を契機に日本の官僚システムが少しは良い方向に向くことになりはしないかと、ほんの少しだけ期待して事態を注視しようと思う。
posted by ヤス at 09:50| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年06月13日

新卒採用の今後

さて、今に始まったことではないが、現在新卒で入社した人々もその多くが数年のうちに辞めてしまうという。
厚労省のデータによると、平成27年では1年以内離職率11.8%、2年以内22.8%、3年以内31.9%らしい。
よく3年で3割辞めるという「噂話」が業界内でささやかれていたがどうも本当らしい。

しかしこれはあくまでも平均値である。
おそらく大企業よりは中小企業において離職率は高くなっている。
わたしの周辺情報では、ある中小企業は新卒者をある年に10名ほど採用したが、5年もするとその10名が全滅した。
しかもそういう年は稀ではない。
10年して新卒者が生き残っている方がどちらかというと奇跡的である。
だから人材の主力は自ずと中途採用者に頼らざるを得ない。

そもそも新卒採用できる企業というのは、ある程度の経営規模、経営余力のあるところに限られるだろう。
社会人経験のない新卒者に対し、お辞儀の仕方や名刺の渡し方から始まり、アポ取りや報連相、仕事の段取りなどなど仕事のイロハを教えてある程度出来るようになるまでの「空走距離」の間も会社は給料を払わないわけにはいかない。

合理的に考えるなら、そのようなイロハをひととおり習得済みの「第二新卒」を採用することこそ、持たざる中小企業にとっての得策であるように思われる。
しかし、すべての企業がそうではないが、新卒者を採用したい会社は相変わらず多い。

その理由を少しネットで調べてみた。
一つには企業文化の問題である。
新卒で採用した方が我が社のカルチャーが浸透しやすい。
よその会社を数年でも経験していると我が社のカルチャーに染まりにくい、ということがあるのだろう。
だから社員と会社が同じ企業理念のベクトルを維持するのに、新卒採用が有効であるという話だ。

もう一つ、組織の年齢バランス、平均年齢を若く保つ、同期入社の横連携など組織の活性維持に関することがあるらしい。
ただこれは意地悪く見れば若手社員の割合を一定数維持することで平均賃金を下げる、という副次的意味合いが結構大きいのではないかとも思う。

しかし今後は日本における「新卒一括採用」制度の維持は難しいのではないか。
というか、前述した通り地方の中小企業では新卒採用は難しいところが多く、新卒採用は一定規模以上の大企業のものになっているように思われる。

まず、若年人口が減って莫大な採用コストをかけても中小企業には人が来ない。
また運よく採用できても教育コストを回収する前に辞めてしまう。
若年人口の減少に伴って新卒採用の割に合わなさはどんどん加速する。
やがて大企業でも採用・教育コスト面を考えて新卒採用から脱落するところが出るだろう。

そのうち新卒一括採用は名の知れた一部の有名企業だけのもになるのではないか、というかもう既にそうなっているのかもしれない、と想像するのだが実態はどうなのだろう。
posted by ヤス at 08:31| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年06月12日

零式艦上戦闘機二二型

今月の3日、4日に「レッドブルエアレース」という単発プロペラ飛行機によるレースがあったらしい。
そこで復元された「零式艦上戦闘機二二型」、つまり旧帝国海軍の「ゼロ戦」が展示飛行を行った。
復元されたゼロ戦が日本の空を飛ぶのは20年ぶりだとネットニュースには書いてあった。

ゼロ戦は、第二次世界大戦の日本軍を象徴する存在であると言われることがある。
それはつまり、ゼロ戦が1940年の夏に中国戦線に初登場してから太平洋戦争初戦の真珠湾やインドシナ戦線、そして1943年頃のガダルカナルくらいまでは圧倒的な「キルレシオ」(被撃墜に対する撃墜率)を誇る無敵の戦闘機であったのが、戦争中盤以降敵の対策が進んで急激に勝てなくなっていったからだ。

太平洋戦線初期の連合国軍の戦闘機は、米海軍がF4Fワイルドキャット、米陸軍はP40ウォーフォークやP38ライトニングなど、イギリス空軍はハリケーンなどだったがいずれもゼロ戦との空戦では分が悪かった。
また1943年にオーストラリア上空でゼロ戦と戦ったスピットファイアは新型のマーク5型であったそうだが、高出力のロールス・ロイス・グリフォンエンジンを積んだ高速機で、欧州戦線ではドイツ軍のBf109Fと互角以上だったにもかかわらずゼロ戦にはかなり苦戦した。

その後アメリカ海軍は大型戦闘機のF6Fヘルキャットが主力になり、陸軍も超大型のP47サンダーボルトが出て来て対戦後半にはP51マスタングが主力になる。

この間、日本海軍はゼロ戦を細々と改造してずっと主力に据えたまま。
ちなみに「零式艦上戦闘機二二型」の、型番の最初の二は機体番号、次の二は発動機番号である。
だから二二型は最初の型に対して機体にマイナーチェンジ(主翼端折りたたみ)を一回加え、発動機も換えた(栄一二型→二一型)やつだ。
最終的にゼロ戦は五二型が主力で終戦を迎える。
機体のマイチェン6回目の六二型も数百機作られているがこれは急降下爆撃能力を付与された戦闘爆撃機型で、最後の方は特攻に使用されたらしい。

つまりこの間ゼロ戦のエンジンは1回チェンジされただけ。
スピットファイアなどは対戦中に「マーク22」まで延々と改良が加えられ、エンジンは最初千馬力程度のロールス・ロイスマリーンが2千馬力超のグリフォンにまで強化されている。
ゼロ戦の方は栄一二型の940馬力が二一型の1130馬力になっただけである。

機体改良以外にも、レーダーの導入や編隊空戦方法の刷新など戦術面でも日本軍はどんどん立ち遅れて、戦争の終盤ではかつてカモにしていたF4Fにも勝てなくなっている。




日本で国家が成立し大和朝廷が出来上がる頃、当時の「日本」はかなりの積極外交を行っており朝鮮半島にも何度か大規模派兵を行ったらしい。
しかし半島介入政策は最終的にはうまくいかず、有名な白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗戦を喫する。
以来豊臣秀吉の半島遠征まで引きこもりの消極外交時代がずっと続き、秀吉以降は明治維新まで再び引きこもる。

要するに日本という国は歴史的に戦争下手の国なのである。
秀吉の時もそうだが、たまたま技術革新が上手くいって一時的に強くなっても、継続的に強い状態を維持することができない。
少なくとも歴史的にはそういう実績がない。

ゼロ戦二二型は、そういう長期スパンでの日本歴史も象徴している、と思った。
posted by ヤス at 10:11| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年06月11日

ストロベリームーン

ニュースでストロベリームーンっていうのが出ていた。
おととい9日の満月は地球から一番離れた状態、つまり年間で一番小さく見える満月だったらしい。
しかもいつもの月に比べるとイチゴのように赤く輝いて見える。

しかし赤く見えるのは「気のせい」らしい。
だいたい低い空に出る月はいつでも赤く見えるんだそうだ。
夕日や朝日が赤いのと同じ原理。
だからこの日に限らず、赤い月は年中見られることになってストロベリーのありがたみが薄れる。

だいたいストロベリームーンって、生まれて初めて聞いた気がするのも気のせいだろうか。
ストロベリームーンは「恋を叶えてくれる月」とも呼ばれるとネット上に書いてあったが、この表現、おじさんだけが今まで知らなかったのか。
調べてみると、この言い方の起源は昔のネイティブアメリカンにあるという。

頭にわしの羽根飾りをつけて、顔に絵の具を塗りたくった昔風の「インディアン」を思い浮かべるに、「ストロベリームーン」とはまた随分ハイカラな表現だなと思った。
だいたい月をストロベリーに喩えるっていうことは、「ストロベリー」もまたネイティブアメリカンにとっては身近なものだったといことなのだろうか。

と思って調べたら、「野生のイチゴ」は世界中かなり広い範囲に分布していたらしい。
そして現在のイチゴは南北アメリカ大陸原産のものをオランダで交配して出来上がったものらしい。
ということでアメリカ大陸はいわばイチゴの「本場」と言えなくもないようである。
だから「ストロベリームーン」がアメリカ大陸由来であっても不思議ではない。


そんなことはともかく、おとといの月は一番小さい満月だというけれど、そんなに小さいようには見えなかった。
一番大きい状態とどれくらい違うのか。
地球からの距離でいうとおとといはだいたい36万3千キロくらいだったらしい。
逆に一番遠いのは40万5千キロ。
その差4万2千キロ。
割合では1割くらいの差。

4万キロっていえば地球の赤道の長さである。

思った以上に大きな差だが、しかし考えようによっては赤道程度の距離の差っていうのは、個人的には案外スケールが小さいようにも感じる。
月は意外と地球に近いのである。

おとといの月の見た目も1割くらい小さく見えたのだろう。
しかしその程度の大きさの差を感じるには、おじさんの感受性はあまりに貧弱であったようだ。
今回の満月の「大きさ感」をよく覚えておいて、半年後に見られる最大の満月と比べてみようかと、今だけ思ったりしている。
posted by ヤス at 08:03| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年06月10日

リクルートスーツの続き

前回はリクルートスーツについて書いたわけだが、しかし考えてみると就活生が揃いのスーツ姿になったからといって何か実害があるわけではない。

だからそんなことにいちいち反応するのは時間の無駄である、ということも言えなくはない。

果たしてこの問題は、何か社会の暗部を反映した改善必要な事象であるのか、あるいは取るに足らない瑣末な問題で、放っておいて全然構わないのか。

就活生がみんなお揃いのスーツ姿になってしまうのは就活時の服装選択におけるリスク回避の傾向があるのでは、ということを昨日考えた。
就活を有利に進めるにはその一つの方法として「差別化」があり、みんなが黒や濃紺のスーツを着るなら自分はちょっと色味の違うグレーのスーツを着て目立ってみる、とかいう方法もあるだろう。

しかし現実は就活生は黒っぽいスーツの一本調子で、これは司馬遼太郎の小説に出てくる秦の始皇帝の百万の軍隊が黒い鎧でしずしずと進軍する様を想起させる。(個人的には)

そういう決まりがあるわけでもないのに、いつの間にか就活生の服装がある一定のフォーマットに収斂して行く現象を我々はどのように評価するべきなのか、よく考えるとこれは解読困難な難解な課題だ。

それでちょっと思いついのだが、これは自分の行動を決める時に、自分の基準を重視するのか、それとも周辺の基準を重視するのか、そのバランスの問題ではないか。

人間は社会的動物であって、一人ぼっちでは生きていけない。
だから周辺の人々とある程度調和を保って生きていかないといけない。
具体的には、時に喧嘩することがあっても概ねみんな仲良く協力しあって生きて行くべし、そういうふうに社会は出来上がっている。
そのような社会においては、行動基準を自分だけで決めていると社会の調和を乱す恐れがある。

だから多分、個人主義が強いと言われるアメリカだってヨーロッパ諸国だって、いわゆる「社会の常識」というやつがあって、その常識と言われる周辺基準にある程度合わせて人々は生きている。
周辺基準とは、つまり「人目を気にする」ということであろう。

しかし想像するに、アメリカの人々なら人目を気にするのと同時に、自分の中にかなり強い自分の基準を持っているように思う。
だから人目は気にしつつ自分基準を表に出したいという性癖が、日本人なんかと比べるとかなり強いのではないか。

自分基準を発揮するという性癖は、一歩間違うと自分勝手とか偏屈な人とか、そんな誤解を招きかねないわけだが、おそらく個人主義の強いところではそういうことにあまり頓着しない。
逆に日本では自分基準のウエイトが極端に小さく、本来必要のない場面でさえ周辺基準を探してそれに合わせようとする性癖が強いのではないか。

それが阿吽の呼吸による黒っぽいリクルーツスーツへの収斂という不思議な現象を起こしているように思われる。

で、結局お揃いのリクルートスーツは「望ましい現象」であるのかどうか。
そこのところの評価については、字数が過ぎたのでまた暇があったら考えることにする。
posted by ヤス at 09:56| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年06月09日

リクルートスーツと完全競争

茂木健一郎氏が例によってリクルートスーツの没個性問題についてツイートしていたのを見た。

“東京のある駅の近くを歩いていたら、全く同じようなリクルートスーツをきた学生の集団が数十人、騒ぎながら通り過ぎていた。画一性。没個性。この国は、本当に終わっているんだなあ、と思った。経団連のお墨付き。”

わたしも全く同感だなと思う。
しかし考えれば考えるほど、今の「就活生」がそのようになっている理由が腑に落ちない。
わたしの記憶の範囲では、10年くらい前まではこういう現象はなかったように思うのだが。
それがこの数年のうちに街のそこかしこに黒っぽい「リクルートスーツ」を着た若い人を見かけるようになった。

素直に考えれば、これは一種の市場原理が働いた、淘汰圧のなせる技であろうということになる。
つまり企業側が「そのような若者」を欲している。
折しも現代はSNS社会であり、「そのような若者」のスマホ実装率は100%であることが推測される。
「就活必勝法」のような有用な情報はたちまちのうちに彼らに共有され、その成果や改善点が指摘されることであろう。

その結果があのリクルートスーツ。

しかし不思議なことが一つあって、昔経済学の勉強で習ったけれど、差別化の存在しない同質商品による純粋競争下では企業利潤は最小化するという、いわゆる完全競争の理論。
まず就活生自身を「労働力」としての商品に見立ててみると、就活生同士で何らかの差別化ができていた方が彼らの利潤は大きくなるはずだ。
しかし彼らの外見は見事なほどに「同質化」している。

この解釈は、就活時の服装は、実は差別化要素とはあまり関係ないという楽観論が一つには考えられる。

もう一つ考えられるのは悲観論である。
つまり他者との差別化は、うまく行くこともあるが場合によっては逆に作用して就活失敗に繋がるリスクがありうる。
差別化による利得とそのリスクを天秤にかけ統計的期待値を計算した場合、ここは安全パイでリスク回避をした方が得だというそろばん勘定が成立する、ということがあるのかもしれない。

特に企業側があまり差別化を望んでいない場合、そのリスクは高まり差別化による利得期待値は下がる。
だからみんな同じリクルートスーツになる。

ひょっとすると企業の採用担当者そのものが、長年にわたる同質化の淘汰圧でそこそこ”非”差別化指向に純化されて行っているのではないか、というようなことも想像できる。

まあもっとも、我々が目にする典型的なリクルートスーツの就活生以外に、ひょっとすると全体の1%くらいは全然違う装いの若者もいて、そういうのは就活生と認識できていないだけということなのかもしれないが。

しかし何はともあれ、ビジネス街の人口の何%とかがあのリクルートスーツ姿の若者なのは、ものすごく目立つし何だか非常に不気味に感じる。
まあ余計なお世話かもしれない。

そしてそんなふうに不気味に感じるのが、おじさんが歳をとったせいであれば良いがなあと思う今日この頃なのである。
posted by ヤス at 07:55| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年06月08日

記憶の補助装置

今さらであるが、デジカメというのは本当に便利だ。
デジカメが芸術的に美しい写真を撮ったりできるのはまあ当然として、仕事の場面なんかでも、打ち合わせのホワイトボードを記録したり、ちょっとしたメモ書きも撮影してしまえば紙のメモそのものはポイと捨てることが出来る。
大変便利なのである。

特に最近は携帯電話に高性能のカメラが付いており、いざという時になぜか手元に必ずカメラがある、という状況が自ずと出来上がっている。
だからわたしの場合、記録が必要だったりコピーを取ったりしたい書類はあまり何も考えずにスマホで撮影するようになった。

思えば学生時代にこういう状況があればどんなにか良かったろうと思う。
わたしは近眼なので教室の少し後ろの方に座っていると黒板がものすごく見えずらかった。
だから板書には苦労した記憶がある。
ぼんやりとぼやけて見える黒板の文字を想像で補いながらノートに書き写すのであるが、大抵途中で力尽きていた。

今なら黒板の文字もスマホカメラでコンマ何秒かのうちに記録することが出来るので楽チンだろう。
ただ学生たちから一斉にスマホカメラを向けられる先生にとってはやや不気味かもしれない。
今の学校の授業はどんな感じなのだろうか、少し気になる。

まあその前に先生が板書する内容に有益な情報が含まれているかどうかが問題かもしれないが。

そんなことはともかく。
カメラにしろ手書きのメモにしろ、「記録」というのは「記憶」の補助装置であることは言を俟たない。
考えてみると大昔は、仏教の経典とか偉い人の書いた書物とかを手元に置いておくには、それらを全部手で書き写す、というのがスタンダードな方法であったわけだ。
あるいは19世紀にスキアパレッリが火星の運河を観察した記録も、オランダ人のレーウェンフックが世界初の顕微鏡でのぞいた微細世界の数々も、手書きのスケッチで残されていた。

それが写真に撮るという方法が発明され、やがてフィルムからデジタルに進化してより簡単になり、この数年のうちにスマホに搭載されてどこに行くにも持ち歩くようになった。

記憶の補助装置であるところの高性能記録装置を肌身離さず持ち歩くようになったということは、21世紀の今に生きる我々は、100年、200年前の人類に比べるとかなり頭が良くなっていると言えるのではないか。
と、ちょっと思ったがまあただの思い過ごしかもしれない。
posted by ヤス at 08:54| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年06月07日

だとすれば、謝ります。

前々から思っていのだが、よく政治家なんかが「○○の皆さんを傷つけてしまったとしたら謝罪します」という言い方をして謝る。
そのような発言をすると報道で「○○大臣が謝罪した」という記事になる。

しかし「〜したとすれば、謝罪します」のような表現は実際のところ謝ったことになっているのだろうか。
思うに、この表現は謝罪ではない。
これは謝罪条件の確認であって、おそらく本人にも謝罪の気持ちはないのである。

「もし被災地の皆さんに不快な思いをさせてしまったとすれば」とかいう物言いは、要するに不快な思いをさせたと明確に「確認したわけではない」ことを示している。

ひょっとしたら不快に思ってないかもしれないじゃん。
あるいは不快に思っているのは誤解に基づいている、または不快に思う人々の心のありようがちょっとおかしいんじゃない、くらいのニュアンスを含んでいるようにさえ思われる。

したがってこれは謝罪の気持ちの現れというよりはどちらかというと「謝りたくない気持ち」の積極的な表明であるようにさえ感じるのである。

しかしこのような「謝罪表現」は度々繰り返される。
というか、最近記憶にある政治家の「謝罪」はほとんどすべてこの方式によってなされているのではないかと感じる。

こういう中途半端な「謝罪」が横行するその背景には、世の中における「謝罪圧力」のようなものの存在があるのだろう。
とりあえずこの場は謝っておいた方が得策である、だから「謝罪もどき」表現の言葉を発して謝った雰囲気を作る。
しかし「謝罪者」である本人に謝意はなく、本来生じるであろう謝罪に伴う敗北感を感じずに済む。

なんとも便利な「丸く収める」ためのスキームなのである。

実際何か重大な失言があった時にとりあえず記者会見の場で謝罪の意を表明して場を取り繕う時に「〜ならば謝罪する」方式をとったとすると、これは本当には謝罪しておらず、「謝罪」以外に明確な責任の取り方をしていないとすると謝っていないけれどいつの間にか問題が収まっている、という珍妙な現象が起こることになる。

個人的に思うのは、今後は、謝罪の有無にこだわるのではなく明確な責任の取り方の方に重きを置くべきではないか。
謝る謝らないは本人の勝手な気持ちだからどうしようもない。

たとえ本人が1ミリも謝らなくても、役職辞任とか報酬返還とか形に残る責任の取り方をしてくれればその方がずっといい、と思ったりしたのである。
posted by ヤス at 07:06| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年06月06日

AI音声アシスタント

アップルの開発者向けカンファレンス、WWDC17が6月5日開催され新型iPad Pro10.5インチを始めいくつかの新製品が発表されたらしい。
わたしがこの間買ったばかりのMacbook12インチもマイナーアップデートされて、上位モデルのCPUがこれまでのインテルCore mからCore i7/i5に強化された。
ということでうちのMacbookはめでたく型遅れモデルになった。

その他のモデルもCPUのアップデートを中心に地味にマイナーチェンジが行われているが、これは多分インテルのCPU開発が予定よりかなり遅れ気味で、そのために新型CPU待ちになっていたのがやっとこさチェンジしたのではないか、と想像したりしている。
あくまでも想像ですが。

あと注目すべきはHomePod。
これは音声認識のSiriを搭載したポータブルスピーカーである。

世の中にはいつのまにか「AI音声アシスタント」という製品分野ができていたらしい。
今回のWWDC17の記事を通じて初めて知った。

HomePodもそのAI音声アシスタントの一種である。
アップルに先行してグーグルが「Google Home」、アマゾンが「Amazon Echo」というのを発表しているらしい。
このAI音声アシスタントは、基本操作が音声で出来る。
詳しいことはよく分からない。
多分「スイッチオン!」とか「ボリュームアップ!」とか言ったらその通りにスピーカーが動作してくれるのだろう。
またアップルではSiriに音楽タイトルなどの情報を重点的に学習させているとのことなので、ミュージシャンや楽曲名を言ったら該当するタイトルをiPhoneなどのデバイスやiTunesから探してきて演奏してくれるのだろう。

あくまでも想像だが。

さらにこれらのAI音声アシスタントは、将来は家電の音声コントロールにも対応するそうでエアコンやテレビや電動カーテンとか音声で操作出来るようになるらしい。

値段は3万5千円くらい。
今のところうちにはこのアシスタントで操作できそうな「家電」が見当たらない。
だから当面は不要だ。

しかし世の中のテクノロジーの進化はなかなか速い。
Ai音声アシスタントとか、一体いつの間に出てきていたのだろうか。
多分このところディープラーニングの技術が急速に進歩して、音声認識がほぼ実用化の域に達したということなのだろう。

しかし家電コントロールとかが全面音声認識になると、うっかり「スイッチオン」とか独り言を言ったら「ナンノスイッチヲイレマショウカ」とAIにそのたんびに聞かれそうで、その辺がかなりうざいなあとか思ったりした。
posted by ヤス at 09:15| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年06月05日

夢を覚えてない

ふと思ったが、最近ほとんど寝ている時に見た夢を覚えていない。
昔はもっと覚えていたような気がするのだが、最近は「こんな夢を見たな」という記憶がない。

多分夢は見ているのだと思う。
というか人間、寝ている時にはほぼ必ず夢を見ているものらしい。
睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があるそうだが、一般には大脳が活発に活動しているレム睡眠の状態で見る夢はよく覚えている。
ノンレム睡眠は、いわゆる深い眠りであって誰かに肩を揺すられても容易には目覚めないくらいの状態。
この時にも夢は見ているらしいが大体忘れてしまう。

ということは、わたしが最近夢を覚えていないのは、ノンレム睡眠過多だからなのだろうか。

しかし普通の人間であれば大体レム睡眠とノンレム睡眠のパターンは決まっていて、どちらか一方が極端に多いということはないらしい。

ネットでちょっと調べたところでは、ノンレム睡眠が多過ぎるのは一種の病気である。
「ナルコレプシー症」というそうで主な症状としては日中の眠気、情動脱力発作、入眠時幻覚、睡眠麻痺(いわゆる金縛り)の4つが出るそうだ。

またこの症状で見る夢は大体のところ「悪夢」らしい。

なんか恐ろしい症状だ。

しかしわたしは幻覚も金縛りもあまり覚えがない。
日中はいつも眠そうかもしれないがそれは大昔からそうである。
情動脱力発作というのは、喜怒哀楽など過度の情動刺激が原因で抗重力筋が脱力して倒れたりする症状らしい。
これもすごい発作だと思うが、わたしの場合、抗重力筋が脱力したことは今までにない。

ということで、該当する症状がないのでわたしのレム睡眠とノンレム睡眠のバランスはまあまあ正常なのかもしれない。

しかしではなぜ夢を覚えていないのか。
あるネットの記事には「夢を覚えておくぞ」と寝る前に気合いを入れると覚えておけるというのが書いてあった。
本当だろうか。

あるいは、日中に大きく感情を揺さぶられるような体験をした人の方が夢を覚えている確率が高い。
そういう人は夢でもやはり情動的な振幅が大きな「体験」をしていて記憶に定着しやすくなるらしい。
これは記憶と情動の振幅にかなり相関があって、大きな感情を伴う体験は強く記憶されるということがあるからだと思われる。

ということで結局夢を覚えていないことの原因はよく分からないままだが、しかし寝る前に夢を覚えておくように気合いを入れること、そして日中にたくさん感情を働かせること、を心がけたら少しは夢を覚えておけるだろうか、と今日のところは思った。
posted by ヤス at 15:04| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年06月04日

地方創生

今から30年ほど昔、1989年頃に、ふるさと創生一億円事業というのがあった。
時の総理大臣竹下登の発案の元実施された事業である。
交付金不交付団体を除く全国の各市町村に使途の条件をつけない1億円を交付するというもので、当時の市町村数は3千強あったそうなので、予算規模も3千億円くらいだったのだろうと想像する。
まあまあ大きな規模だと思う。

わたしは昔、地域開発系コンサルと広告会社のあいの子のような会社でサラリーマンをやっていた。
そして中国地方のとある町で、いわゆる「地域おこし」的な仕事に携わっていた。
夏祭りがあると言えば盆踊りを踊りに行き、屋台で作務衣を着て蕎麦屋をやったこともあった。

かなり献身的にその仕事に没入していたのではないかと思う。
没入していたのにはそれなりに理由があって、それは要するに金になったからである。
ふるさと創生一億円事業を契機にしてリゾート開発などの箱物事業も動き出しており、地域おこしがらみの予算がその頃継続して付くようになっていた。
だから営業担当でもあった身としては町に深く食い込む必要があった。

しかしそのような地域おこしブームも間も無く終わった。
多分2000年くらいには終わっていたような気がする。
それはふるさと創生事業がバブル期の最後を飾る打ち上げ花火であって、その後日本経済が次第に右肩下がりになる中で地方に予算をばらまくほどの余裕がなくなって来たからであると思われる。
で、なぜか今、再び地方創生が叫ばれて担当大臣まで任命されるほどの重要事とされている。

30年前のふるさとブームは、その当時過疎化と高齢化が進んで将来が危ぶまれていた中央政府が救済するという構図であったように思う。
中央政府による地方の救済とは、その実態は都会による田舎の救済であった。
そのような構図に対し、当時はそれなりに批判もあったがまあそれほど大きな反対運動にはならなかった。

現在の地方創生は当時とは趣が異なる。
今は日本全体としてどんどん右肩下がりになっており、もはや都会が田舎を支えるとかいう余裕はない。

だから地方は国にぶら下がるのではなく経済的に自立しよう。
地方は知恵を絞って自分たちの地域内に仕事を作ろう、雇用を作り税収を増やして国の財政負担を減らすのに協力すべし、というのが今の地方創生の構図だろう。

30年前のふるさと創生は、配布する1億円に使途の制限を設けないというのがある種の慧眼だった。
ついでのことに、この時に思い切って国の税源のいくらかを地方に渡してしまっていればその後の地方の様子はだいぶ変わったかもしれない。

本気で地方を創生する気があるならば、税源を地方に渡していって本来の地方の自治を実現することが先だろう。

あるいはもっと本気になるなら、いっそ地方の経済を物々交換化して政府の税体系から脱出し、それによって経済的自立を獲得する、とかいう方法しかないんじゃなかろうか、などと思ったりする今日この頃である。
posted by ヤス at 08:33| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年06月03日

スポーツ嫌い半減目標

スポーツ庁が、スポーツ嫌いの中学生を半分に減らす目標を「スポーツ基本計画」で打ち出したのが、ちょっとした波紋を呼んでいるようである。

同庁の調査によると、運動やスポーツが「嫌い」「やや嫌い」な中学生は16.4%で、これを5年かけて8%に半減させたいらしい。

で、このニュースを受けてテレビ番組の中で元体育嫌いのタレントだった人たちが「反旗」を翻したり、2チャンネルにスレが立ったりしているという。

朝日新聞のネット記事には五輪金メダリストでスポーツ庁長官の鈴木大地の写真が付いていたりして、これは鈴木大地長官の強い意向を匂わせる意味なのだろうかとも思う。

まあそうかもしれない。
スポーツ嫌い中学生の割合を示す棒グラフは、2014年度から2016年度にかけて確かにジリジリと増えている。
この傾向を見て鈴木大地としても何かを感じたのであろう。

あんまり役所のやることに何でもかんでも反対意見を言いたくはないのだけれど、やはりこの計画には反対せざるを得ない。

しかしスポーツ好きの中学生を増やしたいというその思いには、必ずしも反対ではない。

話はかなり難しいのである。

ネット記事には、スポーツ嫌いの中学生が増え続けると運動しない大人が増えてしまう、そのようにスポーツ庁が考えているように書かれていた。
本当にそうだろうか。

今、日本は大変なマラソンブームである。
しかもこれは一時の流行りではなく、ここ10年来の大きな流れであるように感じられる。
マラソンなんて急いで走るとしんどいし、冬のレースではちんたら歩くと寒いし、筋肉痛や関節痛にはなるしあまりいいことはない。
しかしそんなマラソンに人々はわざわざ金を払って出る。

あえて言うならみんなマラソンが好きなのだろう。
「マラソンが好き」は「スポーツが好き」にほぼ近似の事象と言えなくはない。

マラソンは、多くの大会には制限時間はあるけれど、その制限時間内であれば歩こうが走ろうがランナーの自由である。
マラソン好きが多いのはそこがポイントだと思う。
自分のペースでできて、走ると脳内である種の快感物質が出て気持ちいい。

スポーツ嫌いが発生する原因は、他と同調させないといけないプレッシャーにあると思う。
特にチームスポーツの球技なんかは、技術がヘタでチームメイトとのシンクロができない人には難しくストレスが大きい。
だから嫌いになる。

しかしそんなスポーツ嫌いも、自分のペースで自由に走れるマラソンなら好きになれる。
それでいいじゃんと思う。

そもそも16%を8%にするとか数値目標を決めると、色々気持ち悪いことが起こりそうな気がする。
鈴木大地長官にはその点、よく考えてもらいたいと思う。
posted by ヤス at 10:51| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年06月02日

様子見

今日はめでたく日経平均が2万円を回復し、またゴルフ界のスーパースタータイガー・ウッズが虚ろな目で逮捕される動画が巷に流れたりもしている。

わたしの方は、最近はマラソン大会の予定もないのでもう随分久しくランニングのトレーニングもサボっている。
しばらく走りもせず、また妙に暑い日が続いたりして得意のアイスクリームを食べたりしていたら、少し体重が増えてきた。

62kgを切って61kg台だったものが63kgを越えてきた。
これはたいへんだ。

ということで4日ほど前から食べる量をかなり減らしてみた。
だいたい1日1500kcal以下。
1日1.5食くらいの感じだ。

最初のうちはモーレツにお腹が減って困った。
でも空腹も峠を越えると少し落ち着いてくる。
そしてどうかしていると腹が減っていることも忘れていたりする。

なかなかいい傾向だ。

しかしさすがに今日は腹が減って、空腹の感じがなかなか癒えない。
昨日の夕方、超美味しい明治エッセルスーパーカップ超バニラを食ったせいで血糖値が不安定化してしまったのかもしれない。

だが腹が減っている分の成果は上がっていて、今日は体重が久しぶりに61kg台を回復した。
しかしこういう体重の減らし方は大きな反動増も予想される。
今は筋中グリコーゲンが枯渇気味であると思われるが、これからちょっと炭水化物を食べたりすると枯渇したグリコーゲンを回復しようと身体が備蓄活動に精を出し、水分をたっぷり含んだグリコーゲンが急速に増えて体重も増える。

というのが今後予想されるシナリオである。
だから適当に走ってそいつを消費しないといけない。

ということでこれからあるランニングの大会にエントリーしようかと思ったりもしている。
ひとつダイエットにおあつらえ向きの大会があって、9月にある京都府・京丹後市の100kmウルトラマラソン。

大昔に1回だけ出たことがあり、制限時間の14時間ギリギリで完走したことがある。
エントリー締め切りは7月24日だからまだ考える時間はある。
ただこれにエントリーするのはなかなか勇気が要る。

ネックは3つある。
まず参加費の1万8千円(高いな)をどう捻出するか。
そしてあと3ヶ月で暑い中練習して完走可能な状態までいけるかどうか。
そして体重を出来れば昔のように60kg以下に落として身軽に走りたいのだが、そこまでいけるかどうか。

日経平均に負けないようにがんばって、少し様子を見ながらエントリーするかどうか考えようと思う、今日この頃だったりする。
posted by ヤス at 15:04| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年06月01日

カッコいいということ

カッコいいとはどういうことだろうか。
と、少し思った。

まずその必要条件として、自然体であること、「いかにもな感じ」が無いことではないだろうかと思ったのである。
それはカッコいい男性も、カッコいいスーパーカーでも同じではないだろうか。
車のデザインと人間のカッコよさに、そのような相似性があるとすればちょっとした発見だなあと思う。

車のような無機物に自然体の感じがあるというのはどういうことだろう。
それはたぶん、車の形に「不自然な部分」が無いことである。
なんだか議論が堂々巡りになってきた。

逆に不自然な部分があるというのは、あそこのボディのライン形状がなんだか妙に引っかかる、「自然な形に見えなく」て心がソワソワする、ということがあるのではなかろうか。
つまり、自然なデザインは心にスッと入ってきて引っ掛かりが無い。
だから気持ちがいい。
そのかわり、デザインの咀嚼にあたって大きなインパクトもない。
不自然さが無く、不快要素がないこと、デザインの咀嚼があまり意識化されないことがカッコいいデザインなのではないか。

いや、少し違う。
インパクトがあってカッコいいデザインというのがこの世の中には存在する。
それは、車の形状の中にワザと「崩し」を入れて「妙な心の引っ掛かり」があるようなデザインである。
しかしそれでいて全体としては調和している。
そのような絶妙さこそが車のデザインにおけるカッコよさの秘訣であるような気がしてきた。

さて、話がやや逸れた。
もともとは人間におけるカッコよさを考えていたのだった。
人間のカッコよさを車のデザインにおけるアナロジーに仮託しようとしたのであるが、果たして上記の想像は人間にも当てはまるだろうか。

そもそも人間のカッコよさを考えるきっかけは、最近よくある謝罪の記者会見とかで、妙に不自然な感じの人がいてなんだかカッコわるいなあと思ったことだった。
逆に自然な感じで気負いの無い人物だと、喋っていることの真実味が増すような気がする。
しかし気をつけないといけないのは、上手な詐欺師ならきっと自然な感じを作為的に作り出せるだろうということだ。

ますます話がこじれてきた。
結局自然な人は、カッコいいのかカッコよくないのか。
これはおそらく、自然な感じであることはカッコよさの必要条件ではあるが十分条件ではない。

車のデザインの例を引いて考えると、全体としてはバランスが取れている人なのだけれど、部分部分でトンガっているところがある、ちょっと危うい感じがある人というのが、カッコいいかどうかはともかく妙に惹かれるということはあるかもしれない。

ただ自然な感じで角の取れた感じだけだとカッコよくはないわな、部分的に崩れたところがあるのに全体が調和しているのがカッコよさの秘訣であろう、しかしそこへ行くのはなかなか難しそうだな、というのが今日の結論。
posted by ヤス at 09:05| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年05月31日

終末思想

大昔、わたしが小学生か中学生の頃、「ノストラダムスの大予言」が流行っていた。
大予言によると1999年に空から火の玉が降ってきて世界が滅亡するとかいう話であり、あるいはもうちょっと複雑な予言内容だったかもしれない。

今調べてみると、ノストラダムスというのは16世紀のフランスの医者らしい。
それなりに「まともな人」だったようであるが、後に占星術に凝りだして「予言集」を出版し当時けっこう流行ったらしい。

さらに横道に逸れるならば、グーテンベルクの活版印刷の発明がノストラダムスの時代の100年ほど前である。
16世紀の時代にノストラダムスの予言が流行したことには、当時の新技術であった印刷による情報革命が一役買っていたようである。

そして16世紀に大予言がもてはやされていたからこそ、遠く20世紀中盤の東アジアの一国でその歴史が掘り返されることになったものと想像される。

わたしが子供の頃に「ノストラダムスの大予言」を知るようになったのは、1973年出版・五島勉氏著「ノストラダムスの大予言」という本が出たことが原因であるようだ。
1973年といえばオイルショックの年だ。
当時の日本は高度経済成長でイケイケの時代ではあったが公害問題なども深刻で、決してただ明るいだけの脳天気な雰囲気ではなかった。

そういう時代背景にあって作家・五島勉氏は、16世紀に流行った「大予言」を掘り起こして出版したのである。
作家として活動していた五島氏は、ポルノ小説を書いたり雑誌編集に携わったりスパイ小説を書いたりひとヤマ当てようといろいろ試行錯誤していた形跡がある。
で、最終的に「ノストラダムスの大予言」が大ヒットし、オカルト路線で行くことを決意したようである。


ところで1999年が来る頃には時代を席巻したオカルトブームはとっくに収束していて、恐怖の大王が降ってくると言われていた7月前後に若干テレビなどで暇つぶしに掘り返されたくらいで世界は滅亡することもなかった。
そのかわり2年後にニューヨークに旅客機が突っ込んで予言を思い出す羽目になったわけであるが。
空から何かが降ってきて世界が破滅する、というイメージは、6600万年前に巨大隕石で恐竜が絶滅して以来地球上の生命のひとつの「原体験」になっているのだろうか。

あるいはいろんな社会不安がある中で、個人的に「滅亡」するくらいならいっそ世界中一斉に滅亡した方が望ましいというリセット願望がこういう終末思想の背景にあるような気もする。


しかし不思議なのは、1970年代は公害や戦争による不安要素はたくさんあったが少なくとも日本は経済成長の真っ只中で、ある意味今よりいい時代だったことだ。

当時よりはずっと厳しい時代になっている現在、ノストラダムスの大予言みたいな終末思想があまり聞かれないのは、現実世界があまりにリアルな終末なためにオカルト思想が流行る心の余裕がないということなのかもしれない、と思った。
posted by ヤス at 06:19| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年05月30日

職業の寿命

どうもこの数年の間に、「10年後に無くなる仕事」「AIに奪われる仕事」みたいなニュース記事をよく見るようになった。
これは確かにAI=人工知能がものすごく進化して将棋や囲碁で人間が敵わなくなったり、簡単なニュース記事なら朝飯前で書けるようになったことがある。

そういう人工知能の進化とは別に、現代という時代の、ものすごい職業の種類の多さがあるのではないかと思う。
数百年前の日本であれば、職業の大分類としては農民、サムライ、商人、職人、それ以外に少数の貴族階級があっただけだ。
貴族階級が職業であったかどうかはよく分からないが、商人や職人はまたそれぞれ両替商やちりめん問屋、大工に鍛冶屋などの中分類に分かれていたのだろうが、その頃には職業の大分類・中分類・小分類がそれぞれ現在より大幅に少なかったものと思われる。

さらに言えば、新しく生まれる職業と必要なくなって消える職業の入れ替わりも今よりずっと少なかっただろう。
だからいったん何か役に立つ「手に職」を身に付ければ、それで死ぬまで食い扶持に困らないという状況があった。

たぶんその時代のいろんな職業の「平均寿命」は、百年とか二百年とか、少なくとも人間個人の寿命よりも随分長かったことは間違いない、と思うのである。
ところで現在におけるいろんな職業の平均寿命は何年くらいなのだろうか。

少し考えてみると、例えば市役所や県庁の職員の仕事は大昔、おそらく明治時代くらいからある。
だがその執務スタイルは時代とともに激変しているのもまた間違いない。
30年くらい前まではよほどの大企業でないとコンピューターを使って仕事をするのはかなりのレアケースだった。
ところが役所の仕事も何時の頃からかパソコンでやるようになった。

おそらく役所の職員がコンピューターで執務するというのは、昭和の時代もかなり後半になってからである。
いっとき、どこかの役所の中高年職員が、パソコン操作を憶えることを拒絶してクビになったとかどうとかいうニュースが流れたこともあったと記憶している。

一部の中高年職員が苦痛に思うほどに、その執務スタイルは激変したのである。(と思われる)
こういう現象は役所職員に限らず、大工さんでも銀行員でも生じている。
つまり「職業名」は同じだが仕事のやり方が激変している。

そんなことを考えると、職業というよりその職務の「こなし方」は、江戸時代だったら百年二百年ほとんど変わらなかったのが、21世紀の現在だと5年かせいぜい10年くらいでほとんど別ものに変わるのではないか。

そんなことを考えていると、人工知能が進化してもなくならない仕事というのは、その仕事のやり方の本質部分がずっと変わっていない職業なのではないか、とちょっと思ったりするのである。
それが具体的にどんな職業なのかは、また別の機会に考えてみるかもしれない。(考えないかもしれない)
posted by ヤス at 14:43| Comment(0) | 徒然なるままに