2018年11月08日

世の中運に左右される件について

昨日東京医科大の入試のことを書いたが、入試には、当たり前だけれど運というのも大きく作用する。
しっかり勉強したけれど当日あいにく風邪をひいて万全ではなかったとか、あいにくヤマが外れて予想していた得点が取れなかったとか、たまたまその年は受験生のレベルが高かったとか、運の悪いことはいろいろあり得る。
考えてみると、というかわざわざ考えるまでもなく、我々の人生は運によって大きく左右される。

今スポーツ庁長官の鈴木大地、選手時代の鈴木は今ほど愛想が良くなくぶっきらぼうだったけれど、勝利への貪欲さはハンパがなかった。
その鈴木大地(またはそのコーチだったか)が言っていた。

8割くらいの力を出せば金メダル、というくらいの実力をつけないと金メダルは狙えない。

みたいな感じの言葉だったと思う。

これは受験生にもあてはまり、運に左右されるのが嫌なら、多少の不運を跳ね飛ばすくらいの実力をしっかり身につけて試験に臨みましょう、ということは言える。
しかしそうなればそうなったで「じゃあ慶応か東大に志望変更しようかな」みたいな話になりかねない。
試験能力が高まっても、さらに難しいところを狙うんじゃあまた運に左右される。

しかし結局のところ人生におけるチャレンジというのは、そういうことなのかもしれない、とも思う。
大学入試はひとまず置いておくとしても、マラソンでベストタイムを狙うとか高嶺の花のムリ目の彼女にアタックするとか、多くの場合世の中のチャレンジは実力以外に運によって左右される。

将棋の世界でもプロになる最終段階に三段リーグというのがあって、30人以上いる三段棋士がリーグ戦をして、上位2名だけがプロになれる。
しかしなかなかプロ昇格できない人の中にも実力者はいて、長年三段リーグで苦労した挙句、プロになった途端に勝ちまくる人もいる。
たぶんそういう人は、力はあったが運がなかったということなのだろう。
中には力はあるが最後の運がとうとうつかなくてプロになれず、という人もたくさんいるに違いない。

しかし結局のところ世の中とはそういうものなのだと思う。
それは人間の世の中というよりは、野生動物の世界なんかでは実力がどうこうというより運次第で簡単に命を落とす、という点で人間の人生よりはるかに過酷だと思う。
そこへいくと人間の人生は運に左右されるとはいえ、いくらかは本人の意思と努力で運命を左右できる。

しかしやっぱり最終的に運の影響はどこまでもついて回る。
ただ、わずかでも意思と努力でどうにかできる、というのは多少救いがある、と思った。
 
posted by ヤス at 10:12| Comment(2) | 徒然なるままに
この記事へのコメント
なんでも
一生懸命すれば
いいことがあるってことかしらね
🤗
Posted by aoko at 2018年11月09日 19:02
頑張ってもいいことがあるとは限らないってことなんだよ。
Posted by ヤス at 2018年11月09日 19:21
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