2018年11月02日

人はほっぺたが9割

この間久しぶりに自民党の谷垣前自民党幹事長がニュース映像に出ていた。
その映像をあんまりはっきり観察したわけではないのだが、車椅子に乗ってはいたが以前と変わらない笑顔の感じで、ああこの人は本当にいい人なのかなあと、なんとなく思ったりした。
そうは言っても一時は自民党総裁もやった御仁なので、いつでもニコニコしているわけではなくて、必要に応じて怖い顔をすることだってたぶんあるのだろう。
ただ、長いこと病院暮らしをした感じが青白くほっそりした顔面に如実に表れていて、それがただ物理的に弱々しいというのだけでなくて、現役政治家を離れて憑きものが取れたというのか、張り詰めていた緊張感がなくなったというのか、そういう内面が見た目に出ているような印象だった。

誰か他人と対面した時、その相手の目の下にクマが出来ているとか、いつもよりげっそりしているとかすると「あれ、何かあってくたびれているのかな」とか思ったりする。
人間は外界情報の8割くらいは視覚から得る、みたいなことをよく言ったりするけれど、人と対面している時は相手の見た目がいろんなことを雄弁に語る。

谷垣さんのことで言えば、青白くてほっそりしていてこれまでのリハビリの苦労が想像されたりもするけれど、最終的にはニコニコした顔で報道写真に納まっているあたり、まだまだ政治家時代の癖が抜けていないのかなというのもあって、ある意味面白いと感じた。

わたし自身は自分の見た目にはとんと頓着していなくて、しかしこういう自分の「映像」が人にどんな印象を与えているのかな、とか今想像してみると、あまりぞっとしないので想像するのは止めておく。

一方でわたしが他人を見るときにいちばんに何を見ているのかというと、人間の顔面のほっぺたのあたりを見ている、というのはここだけの話である。
特にスポーツ選手の場合は、トレーニングをして体をギュッと絞ると、ほっぺたのあたりがそげ落ちる感じになる。

妙な話だが、わたしはスポーツ選手とかでほっぺたの削げ落ちた感じの人を見ると条件反射で尊敬してしまう。
これはたぶん昔みたブルース・リーの映画で、ヌンチャクを振り回すブルース・リーのほっぺたが見事に削げ落ちていたのがいまだに記憶に焼き付いているからに違いないと思っている。
イチローとか本田圭佑とかクリスチアーノ・ロナウドとかのほっぺたの削げ落ち方はとても格好いい。
残念ながら亡くなってしまったけれど、山本KIDのほっぺたもなかなか見事だった。

そういうわけで人の見た目の印象は想像以上に大きいわけであるが、わたしの場合ほっぺたの削げ落ち具合にしか目がいかないのはなかなか困ったことだと思った。
 
posted by ヤス at 10:41| Comment(0) | 徒然なるままに
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