2018年09月12日

体操協会発の体罰議論

体操協会の問題がまだくすぶっているようで、先日は問題の発端になった速見コーチによる宮川選手に対する「体罰」の動画も公になって、それがちょっとショッキングな映像だった。
それで問題は、スポーツ指導に体罰は必要かというようなところまで広がってきていて、いろいろ議論を呼んでいるようだ。

もちろんスポーツ指導に体罰は不要なのは間違いない。
しかし一部には体罰容認派の指導者がいる。
彼らは「体罰しないと出来ない選手」というのがいて、それは教えなくてもできる選手と、はなからやる気がない選手の間のゾーンにいるらしい。
そういう普通のやる気ある選手には体罰が効果があるらしい。

体罰でいうと、わたしの世代なんかでは小中高校と何かと体罰を受けることが多かった。
鼻血が出るほど強く殴られるとかいうことはなく、その当時の学校における殴り方の作法としては、平手でほっぺたを叩くというのがスタンダードだったように思う。

それで何発か受けた平手打ちのシーンはほとんど忘れてしまったのだが、ひとつだけ特に憶えているのがある。
それは中学校の時で、叩かれた理由は憶えていない。
まあ何か失敗をしでかしたのだろう。
その時の担任のT先生は、野球部の顧問もやっている50歳がらみのいかついおっさんで、体型も重量挙げか柔道無差別級みたいな感じのおっかない人だった。
40人くらいが着席している教室で、まず体罰対象の生徒だけ起立させられる。

それで端から順番に短い説教があって、そのあと一発「ペチンッ」とほっぺたを叩かれる。
叩かれたのにはたぶん女子生徒もいた。
ちっちゃくて軽い女子だと、叩かれた瞬間に80cmくらい横に飛んだりする。

それでわたしの順番が来て右側だったか左だったか、ほっぺたを叩かれた。
しかしあろうことか、大人しくて内気なわたしなのに、叩かれた後にT先生を睨み返した。
「なんじゃその顔は」といって二発目が逆サイドに飛んで来たのは言うまでもない。

このパターン以外には、黒板の前に対象者を一列に並べて、端から順番に叩いて行くスタイルもあったりした。

体罰というのは、結局のところ「体罰」である前に「罰」なのだと思う。
何かを学んでいる最中に失敗して、その時に反省する、自分で自分にある種の精神的罰を与える、というのが良い「罰」であるように思われる。
自分で自分に罰を与えることができるタイプの人は、先生から叩かれても受容できるのかもしれない。

指導者や担任の先生とはいえ、他人が与える罰は所詮サル山におけるマウンティングと大差ない。
これは進歩上達のための罰ではなくて「教えやすく(強要しやすく)」するための関係づくりであるように思われる。
とりあえずわたしの場合、先生から叩かれて「ありがとう」と思ったことは一度もないのである。
posted by ヤス at 07:49| Comment(2) | 徒然なるままに
この記事へのコメント
叩かれてありがとうなんてとんでもないわ

スポーツにしても勉強にしてもその人の技量なんだから
上達してもしなくても
罰はいらないと思う

ただチームでするスポーツはみんなの足を引っ張らないように頑張らなくちゃね
自らが
Posted by aoko at 2018年09月12日 12:41
足ひっぱるのも含めてスポーツ。
Posted by ヤス at 2018年09月12日 17:17
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