2018年09月11日

失敗を反省すること

ちょっと前のことだが、仕事とは関係のないところで歳下の人としゃべっていて、わたしはちょっと面白いことを言おうと思ったのだが、言った後すぐ失言だったと気がついた。
相手の歳下の人物は、わたしの失言をどう受け止めたのかはよく分からない。
案外何も感じずにスルーしたかもしれず、しかし言われた後ものすごく傷ついたかもしれず、アホなこと言うとるなあこのオッサン、と思ったかもしれず、そこはよく分からない。

ただあの時わたしが取るべきだった対応は「今のは失言でした、ごめんなさい」と軽く謝っておくことではなかったかと思う。
しかし現実のわたしは謝ることもなく、若干のモヤモヤを引きずりつつそのまま会話を続けた。

ただ生きているとそういうことは、けっこうな頻度で発生する。

今から、言い訳がましくなることを書く。

おおよそ人間というのは、倫理的な面でも、思考や発言の正確さという点でも、かなりいい加減でしょっちゅう間違うものである、と思う。
だからべらべらしゃべっていると、その中にひとつやふたつの失言があって何の不思議もない。
それはおそらく、相当にできた人物でもたぶんそうなんじゃないかと思う。
ましてや自分の場合、失言や暴言をいちいち気にしていたらきりがないかもしれない。

ところで昨日のニュースはテニスの大坂なおみ選手の全米オープン優勝で沸き立った。
試合中に相手のセリーナ・ウィリアムズがけっこう荒れて、また会場でブーイングが起きたりして、少し後味の悪い感じが残る試合だったようだ。
わたしはもちろんこの試合の模様を観ていない。
またテニスのことはルールも含めてよく知らない。

ニュースでは、表彰式でブーイングが起きる中涙を流す大坂選手のことを伝えていた。
そしてセリーナ・ウィリアムズが気を取り直して大坂選手を擁護し、ブーイングをやめて彼女を祝福するよう観客に促したというのもやっていた。

たいていのスポーツというのは、失敗との闘いという面が強い。
各選手の実力が拮抗する中では、試合中になるべく失敗を減らすこと、ここ一番では必ず成功してみせることが勝敗を分けたりするのだろう。
昨日のセリーナ・ウィリアムズは、試合中のメンタルの持って行き方を失敗してしまったわけで、一方の大坂選手は失敗しなかった。

でも試合後のセリーナ・ウィリアムズは、当たり前だけど自分の失敗によく気がついていて、それを態度で示して見せた。

結局のところ人間はいつでも必ず失敗する生き物なので、自分の失敗に気がつくかどうかが勝負の分かれ目という部分がある。
そして気がついて失敗を受け入れて、それを消化できるかどうか。

相当に次元の異なる話ではあるが、セリーナ・ウィリアムズを見ていて(実際には映像を観てない)思ったことである。
posted by ヤス at 06:58| Comment(2) | 徒然なるままに
この記事へのコメント
口は災いの元ってよく言ったもんだわ
Posted by aoko at 2018年09月11日 20:38
まったく。
Posted by ヤス at 2018年09月12日 05:31
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