2018年08月10日

採用面接の思い出

もう20年くらいの大昔の話だが、わたしはとある零細企業で採用の面接係をしていたことがあった。
採用面接といっても、わたしの中で採否の決定に何かきちんとした基準があるわけでもなく、なんとなくのいい加減な感じで面接に臨んでいた。
だから面接では、わたしの中の「感じ」で明らかにダメだなと思ったら「後で結果をお知らせします」とか言わずに、その場で「残念でした」と言って帰ってもらう。
ずいぶんいい加減で乱暴なやり方だと思うが、しかし人の運命を多少とも左右するような権限を握るというのは、それなりに気分がいいもんなのである。

それで、その面接に来た男性はわたしよりひとつふたつ歳上だったと思うが、とにかくよく喋るし小難しいこともちょいちょい話に挟んできた。
わたしはペラペラよく喋る人が苦手だ。
相手が営業相手のお客さんで、これからたくさんの仕事やお金を運んで来てくれるかもしれない、と思えばペラペラよくしゃべっても我慢する。
だが相手がただのむさくるしいおっさんなら、話は別だ。
その時わたしは少し不機嫌な顔をして「残念ですけどお帰りください」と言ったと思う。

しかしそのよく喋るおっさんはすぐに帰らなかった。
自分を採用した場合の「御社に対する」メリットとか、社内にさまざまな気質、性格の社員が存在することの多様性の素晴らしさについてひとしきり説明したような気がする。
わたしは、あまり実用性のない小難しい議論を人と交わすことが、実はそれほど嫌いでもない。
だからこのおっさんが小難しい議論を始めた時に、ついそれに乗って相手をしそうになった。

しかしこのおっさんはペラペラ喋るばかりでウザい感じだったので議論にならない。
だからわたしはかえって横暴な気分になって「もう早く帰れよ」みたいな感じになった。
それでどんな文脈の中だったか忘れたが、そのおっさんが「この世界では真実はいつでもひとつしかない」みたいなことを言った。
何をどのように展開すれば「真実がひとつ」の話に行き着くのか、今もってよく分からないがこの時おっさんは確かにそう言った。

わたしの昔からの持論で、この宇宙に確かな「真実」なんてものは存在しないと強く思っている。
真実は常に相対的であり、ものごとは観る人によってさまざまな意味を持ちまったく違って観える。
そう思っている。
だからわたしはそのおっさんに大人気なくキレて、「てめえ早く帰りやがれ」みたいな感じで強制退去させたと思う。

まあ今から考えてみれば、ものすごく乱暴で生産性も何もない出来事である。

その昔の出来事を今さっきネット記事の「ポストトゥルース」の話を読んでいてふと思い出した。
この時の教訓は、知らない人といきなり小難しい議論はしない方はするなということ。
そして採用面接の係なんて、わたしの能力を超えているのでもうやらない、ということである。
posted by ヤス at 09:26| Comment(2) | 徒然なるままに
この記事へのコメント
真実はいつも一つ

コナンの名ゼリフじゃない

(((o(*゚▽゚*)o)))
Posted by aoko at 2018年08月10日 23:09
そういうことか、知らなんだ。
Posted by ヤス at 2018年08月11日 05:26
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。