2018年08月09日

形から入ることの感情増幅作用

「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しくなる」などとよく言われる。
この理屈でいくと、楽しいから笑うのではなく笑うから楽しい、怖いからブルブル震えるのではなくブルブル震えるから怖い、などなどいろいろなパターンを思いつく。
この理屈は、人間一般における行動と感情の関係は、行動が先にあって感情はその行動に後から付いてくることを示唆している。

最近やたらと目につく「謝罪会見」なるもので定番になっているのが数秒間、時によっては10秒以上も続く長い長い「お辞儀」である。
あの、謝罪の冒頭にあたって頭を下げるジェスチャーは頭を下げる秒数も大事だが、体を折り曲げる角度とか、手先のピンと伸びた感じとか、頭の上げ下げのスピードとかのディテールもちゃんとやることが重要である。
お辞儀の挙動がすみずみまでちゃんとしていることで、「誤っている感じ」がより強く印象として伝わる。
そういうもんだろう。

しかしより重要なのは、ああやって深々とお辞儀をすることによって謝罪をしている本人が「ああ俺は今、気持ちを込めて謝罪しているんだなあ」と思えることかもしれない。
謝罪の意を表すジェスチャーを全力で行うことによって、本人の感情の中により強い「誤っている感じ」が生まれる。

これは怒りの場面についても同様で、人間というのは大きな声で荒ぶっているうちにますますヒートアップして怒りの感情が増幅するものである。
でかい声で怒鳴る、額に青筋を立てて目をイカらせるとか、怒りのジェスチャーを行えば行うほどどんどん調子が出てくる人というのはよくいる。

逆に考えると、感情を示す行動をなるべく抑制することで感情をコントロールできるのではないかということも言えそうである。

謝意とか怒りとか楽しいとか悲しいとかの感情には、その感情を示す表現行動が付き物なわけであるが、この表現行動によって周りの人には、ああこの人は謝ってるなあ、怒ってるな、とか感情が伝わる。
ある種のコミュニケーションなわけである。

内なる感情を表現しているうちに本人の中でその感情が増幅され強化されるというのは、そういうコミュニケーション的な構造が土台にあるのが大きい気がする。

何をするにも「形から入る」タイプの人がいるけれど、何かの「形」を周りにアピールすることで、周りの人が「あの人はああいう人だね」と認識し、その周りの認識が形から入った本人に返ってきてある種の感情増幅作用をもたらす、というのは、なんだか面白いなあと思ったりした。
posted by ヤス at 07:51| Comment(2) | 徒然なるままに
この記事へのコメント
何事も形から入れば後から行動が付いてくるってことね
なんの形をつくろーかなぁ
(((o(*゚▽゚*)o)))
Posted by aoko at 2018年08月09日 09:09
静かなおばさんの形を作ろう。
Posted by ヤス at 2018年08月09日 10:53
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