2018年08月08日

運が悪い時の再配分

人生には運がいいこと、運が悪いことがそれぞれある。
運のいい悪いは各人の人生において確率的に発生するので、たぶんいいことと悪いことはそれなりに代わる代わる発生する。
ただたまに「運が悪い」と悪いことがずっと続く場合もあるし、「運がいい」とラッキーが続く場合もあるだろう。

ある時ある人が金持ちになった場合、これはその人がものすごく努力したということもあったのだろうし、またたまたま運が良かったということもあったかもしれない。
これはその金持ちになった人の行動実績をつぶさに観察しないとなかなか評価が難しいことだが、しかし世の中には全然努力しなかったのにものすごいラッキーで金持ちになる場合もなくはない。
典型的には「宝くじに当たる」的なレアケースである。
数百円で購入した宝くじが数億円に化けることは確率的に非常なレアケースだが、もう少し軽い感じのラッキーならそれなりの頻度で起こりうる。
たまたま就職した先がバブル的な成長の波に乗って、たいしてがんばって働きもしなかったのにいい給料がもらえた、とかいうことは宝くじの大当たりよりはたくさん起こると思う。

その逆も然りで、勤め先がある日突然倒産したとか、この間の豪雨みたいな自然災害で財産を流されるとかの大きな不運もたまには起こる。

人生にはそういう大小様々な運不運がランダムにひっきりなしに押し寄せてきており、そこに個人的な頑張りとかが組み合わさって人生がうまく行ったり行かなかったりする。
だから確率的な間が悪いと、本人がいくらがんばっても悪い結果が次々押し寄せることもある。

政府が行う政治というのは、国民各人にランダムに確率的に押し寄せる運や不運をそれなりに均すというのが大きな仕事のひとつである。
いわゆる再配分というやつである。
政府の行う再配分には、運不運による不均等を均す以外に「傾向的不均等」を均すというのが最近の大きなテーマでもある。

いわゆる貧富の差の拡大とか、性別、出身、性的指向などに起因する不当な扱いで生じる「確率的でないずっと続く」不均等もなるべくそのデコボコを無くさないといけない。

そういう不均等を均すことの原資としては、大きく運の良かった人もしくはものすごくがんばって大きな成果を上げた人のたくわえの一部を政府が徴収して、大きく不運だった人とか傾向的にずっと不遇が続いている人に配分する、というのは政府の正しい機能のひとつだろうと思う。

貧富格差や差別問題などの「傾向的不均等」を政府が補正するのは言うに及ばずだが、人々の人生における「運のいい悪い」を補正するという視点も、万が一に発生する大きな不運に対する不安を一掃して人心を安定させるという意味で、かなり重要な気がする。
posted by ヤス at 09:16| Comment(2) | 徒然なるままに
この記事へのコメント
運が良くて一生を終える方が良さそーだよね
Posted by aoko at 2018年08月08日 12:58
そうは問屋がおろすかよ。
Posted by ヤス at 2018年08月08日 13:07
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