2018年07月11日

人を見る

どこかの病院で看護師の人間が、点滴に消毒液を混入させて患者を殺害していたというのが流れているが、患者を助けるはずの病院で人殺しをする人間が働いていたのはかなりの衝撃だ。
容疑者はすでに自供を始めていて、それによると20人くらいにやったらしい。
しかし別の報道によるとこの病院では過去に不審なかたちで死亡した患者が48人いたとかいないとかいう話もあるらしい。

この事件の真相はよく分からないので以下わたしの想像により、あくまで一般論として考えてみると、全国には多数の病院・医院があって大量の医療従事者が働いているわけで、確率論的に考えればその医療従事者の中に人殺しをするほどに精神を病んだ人間というのも、数人か数十人か知らないがいるのだろうと思う。
それで時々、それらの病んだ人間が事件を起こしてニュースになる。
おそらくは病院で働く医師や看護師やその他の関係者というのは、基本的には全員が使命感を帯びて日夜仕事に励んでいるに違いない。
ただその中に、例外的に病んだのがいて事件を起こし病院全体の信用を貶めることが発生する。

こうなると患者サイドにいる我々としては、この病院にはひょっとしておかしな人が働いていないかとか、かすかな不安が湧き上がらないとも限らない。
そういう時には目の前にいる医者なり看護師なりを見て、この人なら信頼できそうだという自分の感覚に頼る他ない。
まああまりそんな心配をして病院に通っている人はいないような気もするのだが、それはやはり普通の人には「人を見る目」があって、日常生活においては病院で猟奇事件があったという抽象的な情報より、自分の「人を見る目」による直接具体的な情報が優先するという状況があるからに違いないのである。

さらに考えてみると、病院に限らず人を殺したりするようなやばい人間というのはこの世の中には一定数存在していて我々はそのこともよく承知している。
ちなみに日本国内の最近の殺人被害者数は年間400人弱で1990年代の約800人から半分以下に激減している。(人口100万人あたり3人くらいの割合である)

減っているとはいえやばいやつが多いこの世の中で、普通の市民が曲がりなりにも平穏な生活を送れているのは、めいめいが「人を見る目」を働かせて目の前の人間を信頼できる、そのような能力を日々働かせているからこそと思う。(たまに信頼できないやつも出現するが)
そういうことで考えると、目の前の人間を見て信頼できると思えるかは、我々の生活の平穏を保つ上できわめて重要な要素だという気がする。

それは同様に自分自身が他人から見て信頼できる人間に見えるか、という問題でもある。
そんなこんなで、これから鏡を見ながら「信頼されそうな表情」の練習でも始めようかと思っている。
posted by ヤス at 11:26| Comment(2) | 徒然なるままに
この記事へのコメント
そーでなくても
コンサルタントってあやしいじゃない
表情気をつけてね〜
(((o(*゚▽゚*)o)))
Posted by aoko at 2018年07月11日 12:36
きをつけます。
Posted by ヤス at 2018年07月11日 12:53
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