2018年06月11日

頑張り過ぎないこと

さて、世の中では働き方改革がいろいろと物議をかもしている。
国会を通った働き方改革法案の是非はともかくとして、うつになったり自殺したりするまで働くような労働者が出現することはなんとか改善しないといけない。
本来は、働いて給料を稼いでそれで美味いものを食ったり海外旅行したりして楽しく豊かに楽しむのが幸せな人間のあり方のはずなのに、そうではなくて労働者にとってかなりストレスフルな会社というのがやっぱりまだ存在する。

というか、会社で働くというのには多かれ少なかれストレスがあるものだ。
それはある程度は資本主義社会の、自由競争社会の宿命である。
隣にモーレツにがんばっている会社がいた場合、のんびりしている会社は倒産しかねない。
倒産しないためには隣の会社以上にモーレツに働かないといけない。
そういう無限ループ的、ドツボ的な企業社会の構造が、ある意味日本社会の問題点なのであろう。

オリンピックでは、たまに同タイム同着順で、同一種目金メダル二人とかいう珍事が起きることもあるが、ほとんどの場合勝者は一人である。
企業社会も同じことで、ある「経済空間」の中では勝者は一人、というか一社しか存在しない。
それ以外は基本的に敗者なのであり、ただ敗者であっても安月給に甘んじるとかいう屈辱的条件を飲みさえすればなんとか生きていける。
そしていつか取って代わって金メダルが取れる日を目指してがんばる。

しかしあんまりそんなにモーレツに頑張りたくない会社はどうすればいいのか。
その場合は「経済空間」の新しいのを自分なりにこしらえて、そっちに引越しをするしかない。
八百屋がダメなら魚屋に、魚屋で負けたら肉屋になればいい。
肉屋でもダメならコロッケ屋にでもなったらどうだろうか。

ただことはそんなに簡単ではなくて、新しい空間に移ろうといってもそこには見えざる心理的ハードルがあったりする。
人間には、百円を得る喜びよりも十円失くす喪失感の方がよほど大きいという特質がある。
一度手に入れたものを失うことの心理的ストレスはよほど大きいのである。
経済競争で負けたからといって、一度手に入れた自分の生存空間を自ら手放すのはなかなか思い切りがいる。

ましてや引っ越す先の新天地にはどんな猛獣が待ち受けているか分かったものではない。
しかしたいていの新天地は、荒れ野だったり砂漠だったりして猛獣すらいない不毛の地であることが多いのだ。
というか、我々の祖先のホモ・サピエンスが生まれたての頃は、そうやってジャングルから追い立てられて、荒れ野での生き方を覚えてどうにかこうにか今の人類になったのである。

そう考えると、今の日本の多くの会社は、ひとつところで頑張り過ぎのような気がする。
いや、あんまり頑張り過ぎないで、たまにはホイホイ逃げ出すのがいいと思う。
posted by ヤス at 14:19| Comment(4) | 徒然なるままに
この記事へのコメント
ホイホイ逃げ出した人?

安原さん
はーいって
手をあげてみて
(*^_^*)
Posted by aoko at 2018年06月11日 15:21
しらん
Posted by ヤス at 2018年06月11日 15:40
もっと頑張りたい!

死ぬほど頑張りたい!!

ホイホイは一度入ったら、逃げられない。

母が元気なことの喜びよりも、愛人を失うことの方が喪失感が大きい!!
Posted by フリーマインド at 2018年06月11日 16:01
なんかヤバそうな人が来たけど、元気そうでなによりです。
Posted by ヤス at 2018年06月11日 18:22
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