2018年06月04日

怒りは健康に悪い

世の中にはよく怒る人がいて、わたしが若かった頃の職場の上司もよく怒っていたなあとか思い出す。
しかしその一方で滅多に怒らない人もいて、「怒る」ことは相当に個人差のある現象のようである。
若い頃に自分が怒られている最中には、もう怒られるのに精一杯であれこれ考えるいとまもなかったわけだが、自分がおじさんになってみると、怒られていてもなんやかや頭の中で余計なことを考える余裕ができている。
最終的にこの人の怒りの引き金を引いたのはどの言葉だったのかなあとか、怒っている人の話していることがちょっと理屈が通ってないなあとか、いちおう顔だけは神妙な感じにして火に油を注がないように気をつけながらも、頭の中ではいろいろと要らないことを考えている。

これはわたしも歳をとって、性格的な歪みが増したのかなあとかも思うし、あるいはいい歳して怒られている自分を守るための自尊心のようなことなのかもしれない。
あるいはただ単に、今までさんざん怒られてきて、怒られ慣れして相当に気持ちの余裕ができちゃったのかもしれない。

一方でわたしは怒られるだけでなく、怒ることもたまにある。
というかわたしは元々、素質としてはかなり短気な方だと自覚している。
だが最近は、なるべく怒らないように気をつけているつもりだ。
というのも、「怒り」の感情がもたらすストレスはかなり大きくて、あまり怒ってばかりいると精神衛生とか身体的な健康にも悪影響があるらしいということを何かで見聞きしたからである。

「怒り」というのは、自分が怒ったり怒られたりと直接関わる以外にも、関係のない第三者が怒ったり怒られたりしているのを見るだけでも、見ている人に大きなストレスを与えるそうだ。
これを「受動ストレス」とかいうらしいが、だから怒ったり怒られたりするのは当時者だけでなく、タバコの副流煙のごとく周辺でそれを見ている人にもそれなりの健康被害をもたらすのである。

「怒り」の感情というのは、その起源は野生動物が危険にさらされた時の、それに対応するための緊急アラームのようなものだと想像される。
目の前に天敵が現れたりしたら、目を怒らせ全身の毛を逆立てて瞬間的に強い緊張状態に入る。
そうやって自動的に危険に対処するためのものだろう。

そこから類推すると、よく怒る人は危険に敏感な人ということが言えるのかもしれない。
悪く言えば臆病な人とも言えるかもしれないし、よく言えばデリケートなのかもしれない。

人間の場合は、大脳辺縁系がきわめて発達しており優れた類推能力を持っている。
だから目の前にある「危険のようなもの」が本当に危険なのかどうなのかは、少し大脳辺縁系を作動させれば分かりそうなものである。
そうすれば、それが真に怒る必要のあるものなのか分かって、おそらくかなりの割合で怒る必要がないことに気がつくことができるのは、人間ならではの能力だ。

それでもやっぱり人は怒る。
まあどうしても必要な怒りというのもあるのかもしれないが、しかし世の中の99%くらいの怒りは害ばかりで必要ないんじゃないかと思う。

そう思いながらもたまに腹を立てることがあったりするわけだが、それはわたしの中の「野生の名残り」が思わず飛び出てきたのだと、頭の悪いケモノのようなものが出てきたのだと、そのように理解してもらいたい。
posted by ヤス at 12:03| Comment(2) | 徒然なるままに
この記事へのコメント
怒って
たまには血圧を上げるのもいいかもしれないね〜
低血圧ならなおさら

まぁ怒っても何も変わらんと思うけどね〜
Posted by aoko at 2018年06月04日 21:25
長生きしたいのでやめときます。
Posted by ヤス at 2018年06月05日 07:53
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