2018年05月17日

見た目の地味な人

人の見た目はどれほどの意味があるのか、その人の中身との関係はどうなのかというのはよく分からないものである。

ちょっと前に初対面の人で、垢抜けない感じの好人物そうなおじさんとあいさつをしたのだが、少し話をしているうちにそのおじさんは文学や思想方面に博識な人であるというのが分かって、なんだかすごいなあと思ったことがあった。
わたしはイケメンと物知りでは断然物知りの人の方を尊敬する。
イケメンは、いけすかないだけであるが、物知りの人は話していると勉強になる。
それでは「イケメンかつ物知り」はどう思うかというと、その人の「イケメン部分」はあえて無視して「物知り部分」にのみ着目する。
いや、やはりイケメン部分を完全に意識の外に追いやるのは難しいかもしれない。
話をしている最中に、「ああやっぱこいつイケメンだわ、なんかいけすかねえなあ」とか思ったりするのかもしれない。

人間の容姿というものはある程度自分でコントロール可能である。
伸ばしていた髪をざっくり切るとか着ている服をファッショナブルにするとか化粧をするとかいうのが、容姿コントロールの基本になるかもしれない。
そして後は食事制限をして痩せる、筋トレしてムキムキになるとかいう風に、肉体そのものを食事や運動で変化させることもある程度は可能である。
さらに整形手術をして骨を削ったり肉を盛ったりして、外科的に肉体を変えることもできる。
整形手術では、例えば足の骨を継いで多少長さを伸ばすとかも可能なようだが、しかし背骨の長さを伸ばしたりして基本的な身長を大きくするとかいうのは難しかろう。

そう考えると人の見た目というのは、変容困難な部分もあるにはあるが、しかしかなりの程度自分で変えることができる気がする。

そして世の中には自分の見た目に気を使っている人とそうでない人がいる。
ひとまず「見た目」を見ることでそのあたりは一目瞭然に分かる。

だがこの地球上には某国のスパイみたいな人が暗躍していて、そういう人は目立つと困るのでかなり意識して目立たない見た目を心がけていることだろう。
そうすると、見た目を見ただけでその人が自分の見た目に気を使っていない人だと断言もできない。
実際、黒一色のリクルートスーツの一群のように、悪目だちしないためにわざと周囲に溶け込む服装に身を固めたりすることもあるのだ。

だから目の前に地味な感じの人がいても、いったいそれが意図した地味なのか無意識の「自然な地味」なのか判断をしないことには、その人が容姿に気を使っていない人であると断定することはできないのである。
ということで、見た目が地味な人の中身を見通すのはなかなか難しいなあとか思ったりしている。
posted by ヤス at 09:48| Comment(3) | 徒然なるままに
この記事へのコメント
見た目地味な安原さんは
博学ということなんだ

それを言いたかったんだね

(*^o^*)
Posted by aoko at 2018年05月17日 23:44
わしは博識でもなければ地味でもないわ。
Posted by ヤス at 2018年05月18日 05:19
あら?
地味じゃなかったんだ
Posted by aoko at 2018年05月18日 15:40
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