2018年05月11日

「小説」のむずかしさ

小説を書くのはおそろしく難しいと感じる。
百戦錬磨のベテランの書き手なら、鼻歌まじりでさらさらっと書き上げるのかもしれないし、そうではなくいつまでも難しいのかもしれない。
そこはよく分からない。
熟練の大工さんが家を建てる時、その大工さんがよほどの達人であれば、図面も引かず適当に材料を見繕って建てるのだろう。
それでなおかつ出来の悪い大工より工期も出来具合も素晴らしいのが完成したりするに違いない。

そういうのと同じ感じがどうも小説を「製造」するのにもあるように思うのだが、素人は小説を書く前にまず入念に図面を引き、材料をきっちり揃えてから作業にかからないといけない。
そうでないとあるべき材料が不足して工事が遅々として進まなかったり、完成したはいいものの二階建てにしたのに階上に上がれないのが出来たり、散々の結果が待っているに違いない。

いやおそらく、ちゃんとした「図面」なしだと素人小説は永遠に完成に至らない。
それぐらいに書く前の構想段階は必要不可欠で重要だと感じる。
それというのも小説というのは、多くの場合何を書くのも作者の自由である、ということがある。
街をぶらぶら歩いていて、突然呼び止められて、真っ白なキャンバスにさあ何でもいいから何かを描けと突然言われて、そこでスラスラと何かを描ける人はよほどの天才だろうと思う。

やはり小説を書くのにも「書きたい何か」がないと話が前に進まない。
それは一般には「主題」とか「テーマ」とか呼ばれる何かである。
男女の愛憎劇を書きたいとか人類の存在論的な矛盾点を掘り下げたいとか、あるいは誰それをモデルにしてその生き様を描写したいとか、そのテーマのようなものはいろいろな形でありうる。
それはある程度明確に決まっていた方がいいような気もするし、しかしそこそこ曖昧で、書いている途中に変性していった方が広がりや深みが出ていいとかあるような気もする。

とにかくも、書きたいテーマのようなものを発見したらあとは登場人物を決定したり、お話が展開する場所決め、登場人物それぞれの経歴やキャラクター、相互の人間関係などを「地道に」設定していく。
思うに、「テーマのようなもの」は突拍子もなかったり、作者の独善による強引なものであってかまわない。
しかし「設定」に関してはなるべくリアルに緻密に考える必要があるように感じる。

設定が緻密だと読者をケムに巻きやすいというのがあって、テーマが多少的外れでもなんとなく読者をだまし通せそうな気がする。
このようにすれば作品の商品的価値はいったん横に置いておくとして、「小説」の一丁上がりである。

ひょっとしたら小説というのは誰でもかんたんに書けるのではないか、だんだんそういう気がしてきたりする今日この頃である。
posted by ヤス at 10:29| Comment(2) | 徒然なるままに
この記事へのコメント
自分をテーマに書いたらいいじゃない
材料いっぱいありそーよ
Posted by aoko at 2018年05月11日 17:27
つまらん
Posted by ヤス at 2018年05月11日 19:32
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