2018年05月07日

初めて会う人の顔の記憶

わたしは初めて会った人の名前や顔を憶えるのは比較的苦手なたちである。
特に仕事上で一度名刺交換したくらいの接触度合いだと、はてこの人は前に会ったことがあったかな、それとも初めて会う人だろうか、とほぼ必ず迷う。
それでも中には、ああこの人は前に会ったなあと憶えている人もいる。

「エピソード記憶」というのがあって、人は単純に会った人の顔だけを憶えるのよりは、その記憶に結びつくような「出来事」とセットで憶えると記憶が定着しやすく思い出しやすい、そういうことがあるそうだ。
だから初めて会ったのに二度目に会って憶えている人というのは、前回よほどの「出来事」があったに違いないのである。

しかし実際には、憶えている人に関し何かよほど大きな出来事があったかというと、そういう記憶が頭に残っているわけでもない。
おそらくその出来事は、大事件というほど大げさである必要はなく、何かちょっとした引っ掛かり、例えばこの人は無精ヒゲが濃いなあとか背広の色が青いなあとか、そういうささいなことが記憶のフックとして機能し、その人を憶えることにつながる気がする。

逆にいうと、わたしがたまに名刺交換する多くの初対面の人々は、たぶんわたしのことをほとんど憶えていないのではないか。
中には、「ずいぶんと汚い格好したおっさんだなあ」とか「やたら眠そうな顔をしているなあ」とかわたしの姿を見た瞬間に感じることがあって、それがフックになってわたしのことを記憶に留めてしまう気の毒な人もいるかもしれない。

だから犯罪を犯すとかCIAのスパイをやるとかでなるべく人々の記憶に残らないようにするためには、記憶のフックになりそうな特徴をなるべく消してごくニュートラルな感じを装う、そして挨拶をした時も多くを語らず、しかし語らな過ぎて「なんだか妙に無口な人だな」とか思われない程度にあたりさわりのないことをしゃべる、そうすると無事に相手の記憶細胞に自分の印象が格納されることを免れるのだろう。

記憶といえば、例えば日本国憲法の全条文を暗唱できるとかいう人がたまにいる。
文字情報はデジタルなかたちの情報なので、一字一句間違えずに記憶する「完全記憶」が可能である。
しかし人の顔を憶えるとかいうのは、顔の形が細いとか太いとか、目が大きいとか小さいとか、形状の諸要素には微妙なグラデーションがあるので、これを完全記憶するのは不可能だろう。
特に面会頻度の少ない人の顔面形状は実はほとんど憶えていなくて、ポイントになる要素を少しだけ記憶していて本人に再会して記憶内容が修正され強化されてだんだんとその人の顔をしっかり憶える、そういう感じになっている気がする。

そうやって考えると「言語」とか「文字」とかのデジタル情報の発明は、人類が持つ記憶機能の活用の観点からかなり画期的であったことが想像される。
しかし文字などのデジタル情報というのは現実世界を相当程度抽象化し、余分を省いて記述するやり方なので、それが表現できるのはかなり不完全な世界であることに注意が必要だ。

最近はスマホも普及して現実世界を写真や動画でかなり克明に残せるようになった。
初めて会った人も後でフェイスブックの写真を見れば「ああかんな顔をしていたか」と記憶強化が簡単に出来る。
これは人間の記憶機能の拡大という観点から実はかなり画期的なことではないか、などと思う今日この頃である。
posted by ヤス at 08:01| Comment(2) | 徒然なるままに
この記事へのコメント
だからかなぁ????
コンサルタントの人は顔を覚えてもらうためにfacebookとかやたら自分を載せてる感じするわぁ
(*^o^*)
Posted by aoko at 2018年05月07日 20:45
わるいことができなくなりますなあ。
Posted by ヤス at 2018年05月08日 07:08
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