2017年07月31日

ネット炎上について

ネットの世界では随所で大小の「炎上」事象が発生している。
ネットの世界で炎上が発生しやすいのは、テキストだけのぶつかり合いでは相手の顔が見えないのでその内容に遠慮がなくなる、そういう分析は以前からある。
それに加えてSNSでは小さなボヤ騒ぎにあっという間に多数が群がって炎が激しくなる、ということもある。

一方でリアルの世界での意見のぶつかり合いでは、面と向かってきついことは言いにくいしその場に多数が群がることもほとんどない。
だから「炎上」はネット時代ならではの新しい事象である。

さらにこの炎上の背景には日本人の国民性もあるような気がする。
試しに海外の炎上事件をネットで調べてみると、ちょっと見た限りでは企業CMなどでの差別的表現に対するものが多いようである。
特にアメリカではウォルマートやターゲットなどの大企業が提供する商品に女性蔑視や人種差別、反社会的表現などがあった場合に炎上するというパターンが多い。

日本の炎上事件のように、個人(といっても芸能人や国会議員など著名人が多いが)の発言に対しそれにケンカを売るネット民が群がるという構図はあまりないのかもしれない。

このような構造の差をどのように説明すればいいのだろうか。

少し意地悪く、「日本的視点」に立ってアメリカのネット炎上を眺めると、ある意味すごく建前的な炎上であると言えなくもない。
大企業の反社会的行動に対し群衆が声を上げるというのでは、あまりに真っ当すぎて面白みがない。
対する日本の炎上では、「死ね」とか「殺すぞ」とかいう物騒な表現と共に心の奥底に沈殿している人間の醜い部分をありのままにさらけ出していて、ある意味こっちの方が人間的だと思う人もいるかもしれない。
(ちなみにわたしはそうは思ってません)

表現を換えるならアメリカ型の炎上は依然として抑制的でありその分建前的である。
しかし日本式はあくまで本音ベース、もっというと本音に塩コショウして「しっかり味」にしてから出しているようなしつこさも感じる。

これはあるいはキリスト教的倫理観の影響かもしれない、とも思う。
または日本人は、会議の場でも発言や質問とかしない人がとても多いと思うのだが、そういう日頃の抑制的姿勢から、我が身を縛るタガのないネットの世界ではついつい言いたい放題になる、ということなのかもしれない。

まあネットにおける下品な書き込みの大半はネット民の中の数%かそれ以下の限られた人々による、という研究もあるからあまり一概に断言はできない。

最後に一つ言っておくと、ニュースで流れてくるネット炎上事件はほとんど気分の悪いものばかりなので、いい加減こういうのをニュース化するのはやめませんか、ということである。
こういうのがニュースになるということは、それをけっこうな人数が見ているということで、その現状はかなり情けないのである。
posted by ヤス at 11:11| Comment(0) | 徒然なるままに
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