2017年05月30日

職業の寿命

どうもこの数年の間に、「10年後に無くなる仕事」「AIに奪われる仕事」みたいなニュース記事をよく見るようになった。
これは確かにAI=人工知能がものすごく進化して将棋や囲碁で人間が敵わなくなったり、簡単なニュース記事なら朝飯前で書けるようになったことがある。

そういう人工知能の進化とは別に、現代という時代の、ものすごい職業の種類の多さがあるのではないかと思う。
数百年前の日本であれば、職業の大分類としては農民、サムライ、商人、職人、それ以外に少数の貴族階級があっただけだ。
貴族階級が職業であったかどうかはよく分からないが、商人や職人はまたそれぞれ両替商やちりめん問屋、大工に鍛冶屋などの中分類に分かれていたのだろうが、その頃には職業の大分類・中分類・小分類がそれぞれ現在より大幅に少なかったものと思われる。

さらに言えば、新しく生まれる職業と必要なくなって消える職業の入れ替わりも今よりずっと少なかっただろう。
だからいったん何か役に立つ「手に職」を身に付ければ、それで死ぬまで食い扶持に困らないという状況があった。

たぶんその時代のいろんな職業の「平均寿命」は、百年とか二百年とか、少なくとも人間個人の寿命よりも随分長かったことは間違いない、と思うのである。
ところで現在におけるいろんな職業の平均寿命は何年くらいなのだろうか。

少し考えてみると、例えば市役所や県庁の職員の仕事は大昔、おそらく明治時代くらいからある。
だがその執務スタイルは時代とともに激変しているのもまた間違いない。
30年くらい前まではよほどの大企業でないとコンピューターを使って仕事をするのはかなりのレアケースだった。
ところが役所の仕事も何時の頃からかパソコンでやるようになった。

おそらく役所の職員がコンピューターで執務するというのは、昭和の時代もかなり後半になってからである。
いっとき、どこかの役所の中高年職員が、パソコン操作を憶えることを拒絶してクビになったとかどうとかいうニュースが流れたこともあったと記憶している。

一部の中高年職員が苦痛に思うほどに、その執務スタイルは激変したのである。(と思われる)
こういう現象は役所職員に限らず、大工さんでも銀行員でも生じている。
つまり「職業名」は同じだが仕事のやり方が激変している。

そんなことを考えると、職業というよりその職務の「こなし方」は、江戸時代だったら百年二百年ほとんど変わらなかったのが、21世紀の現在だと5年かせいぜい10年くらいでほとんど別ものに変わるのではないか。

そんなことを考えていると、人工知能が進化してもなくならない仕事というのは、その仕事のやり方の本質部分がずっと変わっていない職業なのではないか、とちょっと思ったりするのである。
それが具体的にどんな職業なのかは、また別の機会に考えてみるかもしれない。(考えないかもしれない)
posted by ヤス at 14:43| Comment(0) | 徒然なるままに
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