2017年04月14日

長時間労働について

さっきYahoo!ニュースを見たら、OECD(経済協力開発機構)の報告で、日本に対して経済成長のために、

「長時間労働の文化を変革し、ワークライフバランスを改善することが必須」と強調した。
 また、借金を重ねる日本の財政に懸念を示し、健全化に向け消費税率を段階的に引き上げるよう求めた。

このように述べられているらしい。

本当のことを言うと、わたしは諸外国の労働時間の実態をよく知らない。
少なくとも実際に見たことがない。
だからニュースとかで色々とこの問題について聞いて、どうも日本の長時間労働は問題だなと思ってはいる。
しかし自分としては長時間労働是正の話に心の底から納得していたわけではない。
自分の脳みその中を振り返って、そう思う。

それにアメリカなんかでは、IT企業でも金融産業なんかでも朝早くからハードワークをしている様子がハリウッド映画で描かれたりすることもある。
わたしは、低時給の単純作業において労働者が長時間拘束されることは確かに問題だと思うが、一方で労働者自身にある程度自由裁量のある仕事においては、「時間の縛り」を外すことはいいんじゃないかとも思う。

しかしこの場合、「ある程度の自由裁量」が曲者である。
自由裁量には「本当の自由裁量」と「見せかけの自由裁量」があるのかもしれない。
それに労働者は、根本的には、もらう給料に見合った労働を雇用主に提供する義務を負っている。
そこのところはあまり「自由」ではない。

単純労働と裁量労働では、同じ労働でもかなりちがうと思う。
工場のライン仕事のように、決まった単純動作を繰り返すタイプの仕事は、時間による生産量のばらつきがあまりなく、その意味で時間管理の考え方は単純である。
それに対し、裁量労働というか、創造的側面の強い仕事、それなりに複雑な仕事というのは、人により場合によって、時間あたりの生産量が大きくばらつく。

ある人が30分で終わらせる仕事でも、不慣れな人もしくはサボりがちな人はまる1日かけてやることもあるだろう。

最近しきりにニュースで流れる長時間労働に伴う問題というのは、このような単純労働と裁量労働の問題がややごっちゃになっているような気がした。
例えばクロネコヤマトのオーバーワークは、ここでいう「単純労働的な問題」だと思うし、以前に起きた電通の過労自殺は「裁量労働的な問題」であったように思う。

明らかに後者の方が問題が複雑で、解決が難しそうである。
これは労働時間管理以外にも、給与や評価制度なども合わせて考えていく必要があると思う。

さらにいうと、「本当の裁量労働」のキーになるのは「自己決定感の充足」という部分ではないかと最近考えている。
そのように思っているのであるが、今日は長くなったのでひとまず終わり。
posted by ヤス at 10:18| Comment(0) | 徒然なるままに
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