2017年03月12日

国家の起源を考える

国家について、ちょっと考えている。

「国」というものは、いつ頃出来上がったものだろう。

かつて中学校か高校くらいに習ったのかもしれない。

日本における国家の成立は、歴史学的には、7世紀とか3世紀とか考え方によって諸説があるらしい。

人類史の最初の頃、おそらく3万年とか5万年とかの昔には、人間の社会はせいぜい百人2百人規模のものだったのではないかと想像する。
チンパンジーの群れは通常最大100頭ほどだという。
数万年前の人類は、道具の製作や言葉の使用などにより、文化的にはチンパンジーよりかなり高度化していたと思うのであるが、物理的な生活スタイルは、多分ある段階まではチンパンジーと大差なかったのではないか。

それがいつの時点か、群れの規模、というか社会の規模を大規模化させるような革命的な出来事があって、そこを境に百、2百人単位の社会があっという間に数万人以上に肥大化したのではないか、という仮説を勝手に考えている。

今から3千年以上昔の古代ギリシャのポリスであるアテネは、人口が30万人くらいもいたらしい。
おそらく今から1万年くらい昔に、地球上のあちこちで大規模な「社会」が出来たようである。


わたしの勝手な仮説によると、その革命的な出来事は人間同士の個体識別の成立、平たく言うとお互いに名前をつけて呼び合う、ということではないかと思っている。
人類の間では、太古の昔から身近な親や兄弟についてはそれなりに識別していたのかもしれないという気はする。
しかし伯父さんや伯母さん、いとこや孫くらいに血縁が離れていくと、もはや誰だかよく分からなくなっていたのではないか。

それがある時点で各人に名前をつけて呼ぶようになり、どこそこの家の太郎とか花子とかという識別が始まったのではないか。
それによって、当該人物の家系上の位置付けがより明確になり、社会構造の複雑化が容易になったではないか、という気がする。

そして同時に、以前は少し頭のいい猿が相変わらず群れていただけだったのが、各個人に多少の自我が芽生え始めたのではないか。
そういう気がする。
あくまでも個人的な妄想であるが。

そのあたりの社会と個人の関係性が、国家の何たるかを考えるのにやや重要な気がするのであるが、まあただの気のせいかもしれない。
posted by ヤス at 15:59| Comment(0) | 徒然なるままに
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