2017年02月18日

経済成長を考える

いっとき、断捨離という言葉をよく聞いた。
家に溜まった要らないものをパッと捨てるのは、いざやってみると結構難しかったりする。
世の中の論評をみると断捨離が流行った背景には、今の若い人が郊外に一戸建てを保有することを最終目的とするライフスタイルから、都心にワンルーム的なスタイルに移行している、そういう流れがあるのだという。
あえて狭い部屋でも都心に住みたいというのは、仲間と飲みに行ったりするのが便利だとか職場との往復時間が節約できるとかいうことがあるのだろう。
これは20世紀的なパラダイムにおける「しあわせ」が、今日かなり変化していることを表しているように思える。

かつての日本国民は貧乏で、特に田舎から上京したような人々は田舎にある実家のような一戸建てを都心周辺に所有すること、両親が田舎で実現していた財産状態を都心において再現することが一つの目標となったのだろう。
実際には、所得上の制約から電車で一時間とかの場所に、一戸建てまたはマンションを購入するというのが現実的な目標になったものと思われる。

高度成長期には、そういう人々がマイホームを手に入れ、自動車を買い家電製品を買い、子供を塾にやったりして活発な消費活動を行うようになり、それが経済成長の原動力となっていた。
高度成長期の人々が何を思っていたかというと、テレビで見る「奥様は魔女」のようなライフスタイルをいつか手に入れたい、それを手に入れて幸せになりたい、ということだったはずである。

実際に貧乏だった日本人が豊かなになりたいと思う時のモチベーションというのはかなり大きかったに違いない。
そして現在のようにそれなりに豊かになった日本人が、この先さらに豊かになりたいと思う気持ちは、40年前の何分の一か(もしくはほとんどゼロ)に縮小しているのは確かである。

これは日本ばかりでなく先進国が陥っている潜在成長率低下の構造である。

だからこの先、日本政府が目標としているGDP600兆円を達成するには、国民に対して「こうすればさらに豊かに幸せになれますよ」という絵を見せる必要がある。
そしてその絵がよほど日本人のモチベーションを掻き立てるものであれば、おそらく日本経済は再び経済成長に向けて動き出す。
(もうひとつ人口減少の問題があるが)

問題はそういう絵が今のところなかなか出てこないということだ。
かつてのように借家住まいの人が一戸建てを持ち、車のない人が車を買い、カローラを買っていた人がマークIIに行ってクラウンに買い換えるみたいな現象がGDP増加の実質だったわけだ。
それが今は持ち家はいらない、それより都心に住んで仲間と遊ぶのに便利な方がいいというようなライフスタイルに人々は幸せを見出している。

一般民衆が想定し実践ている「持たない」けれど便利で幸せなライフスタイルの絵を、日本政府が別の絵で多消費型の経済成長につながる方向に書き換えるのは至難の技のように思える。

まあ産業界の立場に立つならば、日本経済縮小のリスクには少々目をつぶっても、現在の人々が幸せを感じる仲間との関係性やシェア型ライフスタイルに向けたサービスを提供していくところにビジネスチャンスはあるということになる。

本当いうと、わたしはおじさんなので多消費型で分かりやすく経済成長する方が感覚的にはしっくりくるのだが、今の世の中その方向を模索するのはなかなか至難のようである。
posted by ヤス at 10:00| Comment(0) | 徒然なるままに
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