2017年01月29日

手短に喋ること

ある時ふと思ったのだが、どうも自分の発言には少し余計な言葉が多いのではないか、何かにつけて言い訳がましい表現が混じってはいないか、と。
そうやって周りを見渡してみると、言わずもがなのことをわざわざ入れ込む方々が思いの外多いことが無性に気になるようになった
特に、こちらがお客さんの立場の時などは、相手側も最大限に気を遣って話しているのだろう、妙にバカ丁寧な言葉遣いで、もう少し簡潔手短な表現の方がスッキリしていいのになあと思う。

後、その人物のパーソナリティにもよるのだろうが、非常に真面目な方と話していると、懇切丁寧に噛んで含めるように様々な付帯情報をくっつけていただけることが多い。
特に多いのは、仕事の用事で予定をずらしてくださいという依頼の電話があった時で、こちらとしては先方の予定変更の理由については、あまり関心はない。
それでも先方としては申し訳ない気持ちが非常に強いのだろう、予定変更に至った理由を長々と説明していただけることがたまにある。

しかし、あらかじめ決まっている仕事の予定を変更せざるを得ないほどの理由がそこにある、というのは、言ってみれば双方暗黙のうちに了解済みの共有事項であろう。
だからそこの部分をわざわざ説明する必要は、個人的には全くないのじゃあないかなあと思うのである。

ただし、相手が予定変更を依頼するにあたって、その理由を長々と説明したくなる気持ちはまあ分からなくもない。
そういう強気のことを言っているわたし自身も、ともすれば何かお願い事をするときに、言わずもがなのことをあれこれくっつけて喋っていることがままある。

人間心理として、依頼ごとの際に感じる引け目を多少とも緩和するためには、何かもっともらしい理由があった方が、自分の気持ちの負担が少なくて済む。
しかし逆に考えてみると、あれこれ言わずもがなのことを付け加えてお願いをする人々というのは、相手のことを慮って付け加えているのではなく、自分の気持ちの負担を軽くするためにそうしている、ということになる。

相手のためではなく自分のためにしていることならば、こういう行動パターンは改めた方がいいんじゃないか。
というのが最近のわたしの結論である。
情報化時代が進み、現代社会に生きる人々は10年前と比べても必要な情報処理量が恐ろしく増加している。

だから情報伝達のために使用する情報量は、少し大胆過ぎるくらいに圧縮した方がいいと思うのだが、まあこれも自分の気持ちの強さ次第という面があるのでいつもそうできるとは限らないかもしれない。
posted by ヤス at 09:44| Comment(1) | 徒然なるままに
この記事へのコメント
LINEのコメントは超短いのにね?
Posted by aoko at 2017年01月30日 09:31
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