2017年01月12日

斬新さと普遍性の両立

一流のマーケッターというのは人並外れた感性を持っているだけではなく、どちらかというと「平凡な感性」を失っていないところにポイントがある、みたいな話を聞いたことがある。
たくさん売れるヒット商品を開発するには、既成概念を打ち破る斬新なアイデアを創造できることが必要であるが、同時にそれが普通の人々の心にヒットするかどうか、その判断がつかないといけない。
そのためには、ただ発想がぶっ飛んでいるだけでなく、開発者が市井に生きる普通の人々の気持ちを持ち合わせている必要がある。

この手の話で必ず例に出てくるスティーブ・ジョブズは、たぶん上記のタイプが当てはまるその典型例のような人物だったような気がする。
考えてみると、ジョブズは技術畑の人ではなく、そのために必要以上に技術オタクの深みにはまることなく「普通の人々に響く新しい概念」をひねり出すことができたのだと思う。

またジョブズの(というかアップルの)生み出したプロダクトには、既成概念の立場からは少々不安になるような少し飛んだ新しさが必ず入っていたように思う。
少々遡るならマッキントッシュのパソコンが出た時にマウスがワンボタンになっていたり、ボンダイブルーのiMacからはフロッピードライブやレガシーポートの類が、当時はまだ普通に使われていたにも関わらず一切省略されていたりした。

また初めてiPhoneが出た時には、物理ボタンはホームボタンひとつで後は全てタッチパネルで操作する、とかいうのは操作系がシンプル過ぎて使う前にはかなり不安になる感じがしたのを覚えている。
ジョブズのプロダクトはだいたいその調子で、最初に見た時は新し過ぎて気持ちが付いて行けず少し不安になるのだけれど、使ってみたらまったく不安が払拭されて少なからず感動する、という具合にできていた。

こういう「斬新さと大衆受けの両立」という側面が、これまでのアップルのマーケティングパワーの源泉であったと思う。
しかしこのような商品開発は、合議制の、開発者個人の顔が見えない体制からはたぶん出て来ようがない。

例えば自動車の世界でも、日産GTーRやマツダロードスターは開発者の名前がかなり知られていて、開発者のエゴがクルマの性格にも見え隠れしているようで面白いと思う。
個人のエゴを反映したクルマというのは、普通ならあるはずの機能を平気で削ぎ落としたり、予定調和を少なからず無視したところに魅力が宿るのだろう。
予定調和を無視した新しさに最初は少し不安を覚えるけれど、実際乗ってみるとしっくり来て納得できる、という普遍性も合わせ持っているとまずまず売れるのだと思う。

消費市場が成熟したと言われて久しいが、モノが溢れるマーケットで人々の琴線に訴えるには、そういう個人のエゴと普遍性が両立した商品開発が必要なのだろう、と思った。
posted by ヤス at 13:36| Comment(0) | 徒然なるままに
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。