2016年12月25日

文章の書き方について

以前も書いた憶えがあるが、ここにこうして文章を書いているのは、ひとつには文章修行、ひとまとまりの作文を出来るだけ速く書くことの練習だと思っている。
それで、その内容はともかくとして、そこそこの速度で千文字程度の作文を書くことのコツのようなものがだんだん分かって来た。
それは、あまり考えずに書く、ということである。

文章というのは、あれこれ考えていると筆が止まる。
なんというのか、ほぼほぼ反射的に、指先が動くままに書いていると、とりあえず止まらずに書くことが出来るようなのである。

特に難しいと思うのが文章の終わり方である。
なにせ指の反射が勝手に作文しているので、文章のフィニッシュのイメージがないままにどんどん書き進んでいる。
結局、なかば強引に終了を宣告するスタイルで最後尻すぼみになるパターンに陥りがちなのは、まあ現段階では仕方がないと諦めている。

しかしあらためて思うのは、人間の言語能力の凄さについてである。
例えばごく普通のおばちゃんとかでも、少し調子が出て来ると何十分でも話し続けることが出来る。あれは1分あたりどれくらいの単語を使っているのか分からないが、最近の近所の出来事などの具象的事柄から、時に隣人の幸福度などの抽象概念に至るまで、相応にたくさんの語彙とかなり複雑な論理を駆使して、まくしたてることが出来る。

そういう時のおばちゃんは、あまり「意識」を動員していちいち話を頭の中で組み立てた後に口から発する、というのではなく、脳みそのどのあたりを動かしているのか知らないが、あまり考えなくてもほぼ反射的に口から言葉が出ているのだろう、と想像される。

自動車の運転に慣れると、ほぼ意識しなくても身体が動いてスムーズに出来るようになるのと同じく、人間は、幼い頃から延々と話をすることの訓練を積み重ねて、何十年も生きているとオートマチックに口から言葉が出て来るようになる。

文章の場合、話し言葉と違うのは、身振りや表情などの非言語的な意味の付加が無いぶん、そこのニュアンスを文章だけで伝達しないといけないことだ。
また、話し言葉では相手の顔色を伺いながら念押ししたり繰り返したり出来るが文章ではそれも出来ないので、なるべく主語述語の並びとかをちゃんとして、簡潔に正確に伝わるようになっていないといけない。

そういうことに気をつけながら、なおかつ、あまり意識を動員せずに指が動くままに文章を書くとそれなりに速く書ける、ということがなんとなく分かって来たのである。

ただ、指の動くままに文を書いていると、そこには思わぬ本音がポロリと出たり、自分でも意識していない本性のようなものが出るような気がする。

結局良い文章を書くには、そういう本性の部分を良い文章に相応しくなんとかする必要があるようであるが、それについては、今のところ良い方法を知らない。
やはり良い文章を書くのはなかなか難しいと言わざるを得ない。
posted by ヤス at 11:32| Comment(0) | 徒然なるままに
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