2016年10月24日

キャバクラで思うこと

わたしは過去に3回くらい、いわゆる「キャバクラ」というのに行ったことがある。
いや、4回だったかもしれない。
いちおう念のために言い添えておくと、いずれも一緒に飲んでいた知人に無理やり連行されたもであり、自ら喜び勇んで行ったものではない。

というのも、どうもキャバクラっていうところはわたしにとっては困った空間なのである。
自称、21歳とか22歳とかいう、ヘアースタイルを多少盛った女の子が横に座ってビールとか注いでくれる。
しかしそういう状況でその女の子に話す話題の持ち合わせが無い。
テレビが無いのでそっち方面の話でごまかすこともままならない。
じゃあと思い切ってスケベ話で盛り上げようかとするが、返ってくるのは微妙な感じの苦笑いばかり。
そのうちだんだん心が折れて来て、こっちも終始苦笑いの感じになって静かな時間が訪れる。
しばらくするといつの間にか別の子が隣に居たりするわけであるが、たぶんあの空間は、人見知りのわたしにとっては永遠の鬼門である。

よく考えると高いカネ払ってなんでこうまでこっちが気を遣わないといけないのかと疑問が浮かぶ。
しかしあたりを見回すと、どの客も熱心に年端もいかない女の子相手に嬉しそうに熱弁を振るっている。
この世界ではカネを払っている側が店のスタッフに対して全身全霊を傾けて気を遣うことに一定の経済合理性が成立している。

これは宝くじを買うことに似ている。
「ひょっとしたら当たるかも」という一縷の望みを得ることに、8千円だか1万円だかのコストは費やされる。
たいていの場合、それは己の下心に多少の刺激を与えるだけのことに終わるのであろうが、その利得と投入コストはいちおうバランスしているようである。


それで少し思ったのだが、こういうお客の方が店員に過度に気を遣うというのは、ほかのいろんなお店でももっとあっても良いのではないか。
最近は人手不足でどの店もたいへんなわけであるが、そんな中でたまに一部の横柄な客がいて、乱暴な言葉や態度を吐いたりする。
そんな時、対人経験も少ない若い店員とかだと大きなストレスを感じるだろう。
実際若い店員のストレスがかなり大きいというのを直接間接に聞いたりすることがあって、そういう時、一部の横柄な客に立腹を覚えることがある。

どうも日本の場合、お客と店員の関係性が必要以上に客優位に傾き過ぎなのではないか。
それはお客を大切にする商売の側の基本姿勢に一因があるのかもしれないが、それは非難されるべきではない、むしろ誇るべきものだろう。

やはりお客の側の、カネ払ってるんだからしっかり元を取らなきゃというビンボー根性というのか、自分たちお客は店員より偉いという、一部の層の思想に問題がある。

客と店員は対等で、お金とサービスをやりとりしてお互いそれを最大化しようとするのがよいサービス交換のあり方だろうと思う。

お客の方はいくらか店員に気を遣うことによってよりよいサービスが返って来るかもしれないのだから、そういう風潮がもっと根付くといいのではないか、と思ったりした。

posted by ヤス at 12:47| Comment(0) | 徒然なるままに
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