2016年10月12日

フィリピンとドゥテルテ大統領について

フィリピンのドゥテルテ大統領が、麻薬犯罪者の超法規的処刑に続き、今度はフィリピン全土での禁煙を実施するという。
これは大統領選出馬時の公約でもあったそうだ。

ドゥテルテ大統領の国民の支持率は高い。
だから犯罪者を裁判にかけずに逮捕現場で射殺したり、自警団による私刑を容認したりなどの数々の暴挙についても、国民は今のところ圧倒的に支持しているらしい。
それだけ麻薬犯罪に対する国民の被害感情が激烈であったということもあるのだろう。

このようなドゥテルテに対し、法治国家のリーダーとしては失格だが民主主義の観点からは「有り」ではないか、のような評価も聞こえている。
この大統領は、他のいろいろな暴言の記録などからは、おそらく欧米的な近代国家の政治感覚、人権感覚というものは持ち合わせていないようにしか見えない。

しかしWikipedia情報によるとドゥテルテは、法律家の父親と学校教師の母親の間に生まれ、最初の職業として検察官を10年間勤めたそうである。
なおかつ祖父が中国系で政治的にも共産党と近く、したがって中国との政治的距離も比較的近いのではないかと想像される。



フィリピンは大航海時代にスペインの植民地になり、スペイン没落を機に一度は独立するがすぐにアメリカの施政下で植民地化されて第2次大戦を迎える。
日本がマッカーサーを追い落として1943年に形ばかりの独立をするが、再度アメリカ軍が上陸してその施政下に入り、戦後1946年に3度目の独立を果たした。
この間、共産系ゲリラが抗日活動をしたりしていたのがアメリカ施政下でかなり弾圧もされただろう。

また3度目の独立後も事実上のアメリカ傀儡のマルコス独裁政権が誕生したりして政治の腐敗が進み、その点に関する国民の不満も大きかったと思われる。

1986年のフィリピン民主化は、わたしくらいの年代の人間にはまだ記憶も新しい事件だが、そのころからアメリカとの関係が微妙になり、対ソ連・対中国の防波堤としての役割が徐々に薄れていったようだ。
そのようなある種の政治的な空白状態は、イスラム原理主義の過激派が入り込むスキを与えることになって混乱に拍車をかけたということもあった。

そういう複雑な経緯の中で、元法律家であるにも関わらず超法規的なドゥテルテ大統領が誕生したということである。

フィリピンという国は、第2次大戦来70年間は「アメリカ側」だったわけだが、華僑系のドゥテルテ大統領の誕生で「中国側」に重心が移りそうな気配も見える。
その一方で国民の多くが英語を喋り、アメリカ国内にはフィリピン系移民が340万人もいてアメリカとの血脈もかなり強くなっている。
そういう複雑さがある。

フィリピンの政治的立ち位置は日本の防衛戦略にも大きく影響するので、今後はもう少し注目していきたいと思った。
posted by ヤス at 12:11| Comment(0) | 徒然なるままに
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