2016年07月18日

カテゴライズ癖を正す

昨日、アメリカのバトンルージュで警官が射殺される事件があったらしい。
どうやらこの事件は一連の黒人と白人の対立構造とは無関係らしい。
ニュースによるとただのギャング同士の銃撃戦に警官が巻き込まれたらしく、それが分かってちょっとホッとした、というのも何だかなあという感じではあるが。

このところバングラディシュのテロや、フランスでトラックを使った事件が起こったり、またイラクなどでは毎日のように爆弾が爆発している。
一体この世界はどうなってしまったのか、と思う。
そういう心配を比較的平和な日本で考えていてもいまいち切実さに欠けるけれど、ISは世界各地の社会的不満分子に「自発的決起」を促しており、日本でもいつ何時事件が起こらないとも限らない。
というか、フランスのトラックテロは日本で起きた事件に触発されたのでは、という観測もあるようだ。

日本でも、もっとテロに対する心構えとか対処法についての啓蒙を行った方がいいと思う。
特に武装した犯人に人質に取られた場合の対応とか、事前に正しい知識を聞いておくことはそれなりに役に立つと思う。

ところでこのところのアメリカの人種対立が原因の殺人とか、ISのテロとかも、人間の「カテゴライズ癖」がその基本にあると思う。
ある人間集団を共通の特徴で括ってカテゴライズし、そのカテゴリーごとまとめてヘイトする、というのはかなり残念な人類の悪癖のひとつであろう。
「正しい憎しみの抱き方」というのは、憎しみの原因となった個人ただ一人に向けられるべきで、その相手の親類縁者とか帰属する社会集団すべてを憎んだり、憎むべき個人と同じ宗教、人種に属する人々を憎むのはまったく合理的ではない。

だいたい宗教にしても、イスラム教でもキリスト教でも宗派や考え方もいろいろなものがあるし、人種にしても今の人類はネアンデルタール人とか各地の人類がさまざまに混血していて、そもそも人種分類にどれほどの意味があるのか、と思える。

しかし今のところ何かの社会集団ごとにカテゴリーを括って、集団間の対立を創造する、という悪癖は止むことがない。
人類は、そろそろ誤ったカテゴライズ癖を真剣に反省すべきなのだろうけれど、たぶん簡単ではないのだろう。
同じような意味で血液型で性格を占うのとかも、やっている人たちは他愛もないつもりだろうが、わたし的にはまったく好きになれない。
そういう小さなところから考えた方がいいと思うが、これって神経質に過ぎるのだろうか。
posted by ヤス at 08:10| Comment(0) | 徒然なるままに
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