2016年06月14日

都知事を応援してみる

もうボチボチ沈静化するのだろうと思っていた舛添東京都知事の問題が、あいかわらず批判の矛先が収まる気配がなく、どうも辞職の方向に向けてまっすぐ進行しているようである。

最近はもうニュースの細かいところまでは見る気がしないので細かい経過を追いきれてないのだが、それにしても問題発覚からひと月以上経ったのに連日にわたってのバッシング報道にはさすがに飽きてきた。

舛添氏のキャラクターがどうも人々の憐憫の情に訴えないらしく、ワイドショー的な報道においては出演者一同で一方的に批判して番組コーナーが終わる、というパターンが多いようである。
確かに舛添氏には同情の余地がほとんど無いようではあるけれど、叩きやすい個人を集中的に叩いて溜飲を下げる方式の番組のパターンは、見ていてあまり気持ちのいいものではない。

こういう場合、批判する側の反対側に立った反論意見を番組の中に何パーセントか入れ込むことが必要であるような気がする。
舛添氏を批判する意見は、たぶんほとんどがもっともらしく聞こえ、また実際に意見として正しいものが多いだろう。
そういう分かりきった意見を連呼するばかりでは、問題の本質は解決に向かって行かない。

そのような意味において、舛添氏個人への追求と責任の明確化はもちろん必要だが、税金を原資とする政治資金や行政経費の支出の適正化というシステム改善のところまで話が進むかどうかはあまり期待が持てそうにないと思える。

またこの問題の陰にすっかり隠れてしまったけれど、不起訴になった元経産大臣の斡旋利得疑惑についても、これは税金を原資としない政治資金の問題だが、このような疑惑が発生するシステムの改善について今回何か対策が打たれたかというとそういう話も聞かない。


今回は参院選直前ということで、いつも以上に世論動向に敏感になっている政府と都議会与党の自民党が、ついに舛添氏の辞職容認に傾いているようにも見え、そうなるとリオ・オリンピック前に都知事が辞任して問題が一応決着、人々はやがて問題の土台にあったシステム上の問題点について忘却して、また忘れた頃に似たような問題が繰り返される、という未来が展望できそうだ。

だから逆説として舛添都知事は任期満了を目指して辞職を拒絶し続けたほうがいい。
その方が問題に対する国民の深い理解につながり、政治状況の進化につながる。
ということで舛添氏にはあらゆる手練手管を駆使して都知事の席に居座ってほしい。
posted by ヤス at 10:18| Comment(0) | 徒然なるままに
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