2016年05月25日

請求書か、御請求書か

日本語には敬語がある。
昔、国語の時間に丁寧語、謙譲語、尊敬語について習ったような気がする。

社会人マナーの本なんかには、「次の文章を正しい敬語に変換してみましょう」みたいな問題があったりもする。
しかし実際のところ、正しい敬語はかなりむずかしい。
あるいはとっさの場面で慣れない丁寧な言葉を使おうとすると、妙ちくりんな表現になったりして恥ずかしい思いをすることもある。

敬語がむずかしいことの原因のひとつは、同じ意味の文章でも複数の表現方法があったりすることだ。

例えば「先生が話をする」は、

「先生がお話になる」
「先生が話されます」
「先生がおっしゃる」

などいくつかバリエーションがある。
上記3パターンの、「先生が話をする」の敬語表現を眺めてみると、それぞれに微妙なニュアンスの差が潜んでいるようにも感じられる。
「お話になる」は少しかしこまった感じだし、「何々される」の表現は、ややもっさりした語感がある。
結果的に「おっしゃる」が比較的カジュアルでスマートな感じがするので次回機会があればこれを使おうかなと思うが、実際の場面でとっさに出てくるかどうか。



あと、こちらが作成して提出する見積書や請求書に、「お見積書」「御請求書」など「お」「御」を付けるかどうかについても悩ましい。
これはあくまでこちら側が作成する文書であるから「お」「御」は要らないと思うのだけれど。
だがこちらが受け取る請求書を見ると「お」「御」付きのものが圧倒的に多い。

わたしが作る請求書等には、見積もったり請求したりする主体はあくまでこちら側であるとの理由で、これまでのところかたくなに「お」「御」を付けていないが、社会の趨勢にどこまで抗い続けることができるかどうか不安なところだ。

請求書には「お」「御」が付いている一方で、領収書、納品書の頭には何も付かないことが多い。
納品するのはこちら側の仕事であるからまあよいとして、領収は「そちら様」が「御領収」されるのであるから「お」「御」が付いてよいような気がする。
しかし今のところ頭に何も付かない「領収書」が多いのはなぜなんだろう。

おそらく敬語の機能というのは、社会における上下関係を明確にし、下克上的な思想・行動を防いで社会秩序を維持することが第一義であると思われる。
しかし最近の敬語業界を眺めてみると、とりあえず身の回りの表現を「敬語化」することに忙しくて、妙にバカ丁寧な敬語表現が散見されるように思うのだがどうなのであろう。

わたし個人としては敬語に気を付けてしゃべるとか本当は面倒くさいのだけれど、あんまりいきなりフランクに振る舞うと周囲に怪しがられそうなので、なるべく簡単でスマートな敬語表現を目指したいものだなあ、と思った。
posted by ヤス at 14:20| Comment(0) | 徒然なるままに
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