2016年04月12日

サボるAI

2045年問題というのがあるらしい。
人工知能のシンギュラリティ仮説というのがあって、アメリカのコンピューター学者のレイ・カーツワイル氏によると、2045年頃にコンピューターの能力が人間の知能を超えるという。

最近は囲碁でコンピューターが人間を負かしたり、コンピューターが書いた小説が文学賞の一次審査を通る、なんてニュースが流れていた。
マイクロソフトの人工知能はツイッターでいけない思想に染まってしまうし、IT業界のみならず、自動運転の実用化に邁進する各自動車メーカーの動向なんかも伝わって来る。

この数年の人工知能関連のニュースを見ていると、2045年を待たずしてコンピューターが人知を超える日が来るのではないかと思える。

人間の脳みそには、百億だか1千億だか知らないが膨大な数の神経細胞がある。
人工知能研究は、時に人間の脳の回路を模倣し、また時にはコンピューター的なアプローチで人間の思考パターンを再現したり、いろんな角度から行われて来た。
将棋や囲碁のソフトにしても、とりあえず力技で何十手も先まで対戦をシミュレーションして最良手を探り当てるというのが昔のアプローチであったようだが、この前人間に勝った「アルファ碁」は単純に未来の手を計算しているだけではないらしい。

あまり難しいことはよく知らないのだが、アルファ碁は、盤面をある程度抽象化して認識し、そこへ「先輩の人間棋士」のこれまでの膨大な手筋のデータを当てはめる、みたいなことをやっているらしい。
要するに昔の人工知能のように生真面目に論理計算するのではなくて、学習によって身につけた囲碁の強豪たちの戦い方を適切に引っ張り出して手を打っている。
コンピューター的な地道な計算をすっ飛ばして、このパターンではこの手を打とう、というある種の勘を働かせているらしい。

コンピューターの場合記憶力は完璧なので、こういう風に来られると人間としては辛い。
対抗策としては人工知能の学習したデータベースにないまったく新しい手を創造して、彼の知的混乱を待つほかないのではないか。
そしてそんな創造的な人類はたぶんほとんどいない。

考えてみると、人間の脳みそは目で見たり耳で聴いたり感覚で捉えた外界情報を適当に端折り、必要そうなものを数パーセントだけピックアップして状況判断している。
外からの情報を全部処理するのを適当にサボっているから、脳みそはオーバーヒートしないで今日も元気に働ける。

最近の人工知能は人間の脳みそに習って適当に計算を端折ることを覚えたようで、そのおかげで難しいと言われていた囲碁での勝利も実現したようである。

2045年になって人工知能が人知を超えた暁には、やる気を出すと凄いんだけど、普段はサボり癖が抜けないダメなやつが出来上がっていたりすると、オチとしてはまあまあ面白い。
がたぶんそんなことにはならないのだろうけれど。
ということで、後29年経ってどんな人工知能が出来ているのかわたし的には楽しみなのだ。
それまで頑張って長生きしよう。
posted by ヤス at 16:16| Comment(0) | 徒然なるままに
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