2016年02月10日

対立軸の必要性

総務大臣が国会で放送法に基づく電波停止について言及したらしい。
法律に定める不偏不党の原則を守らない場合は電波停止もありうるそうだ。

わたしの個人的意見としては、公共の電波を使用する放送局も含めたメディアの主たる役割は権力監視であり、したがって放送内容はどちらかと言えば政権批判に偏っているべきだと考える。

総務大臣の言う不偏不党の中身、あるいは現実問題として放送局の不偏不党ぶりを誰がどのように評価するのかは今のところまったく不明である。
この問題をさらに突っ込んで議論するためには、そのあたりの評価の仕方についての具体性がないと話が進まない。

それにしてもこの発言から一日以上が経過して、さぞかし発言に対する批判が巻き起こるだろうと思ったのに、少なくともわたしが見たネット界隈はまったく静かだ。
ツイッターでは政権批判側の人たちがそれなりにつぶやいているようだが、当事者である放送局から批判意見が聞こえてこないのはかなり不気味だ。

少し前の時代、サメの脳みそのおじさんが総理だった頃にこんな発言が飛び出せば世論の袋叩きにあっていただろう。
その時代ならおそらく党幹部からも官邸からも発言主に対する教育的指導が行われたのではないか。
しかし今回の発言に関しては、これまでの流れからして政権中枢に対するリップサービスであるとさえ想像される。


現在の政権は、「経団連政権」と言ってよいほど上場大企業の意向が影響している。
政権は経団連から資金と集票で支援を受ける、お返しに政権は経団連よりの政策を実現する。
しかも経団連企業はどれも有力なメディアスポンサーであるので、政権は経団連を通じてメディアコントロールもしやすい状況にある。

このような「経団連政権」システムは言ってみれば大きな贈収賄の構造を構成しており、個人的には到底肯定しがたいものである。
しかしそれもわたし個人の意見だ。
経団連よりの政策こそが適切な日本の未来を導くのだ、という主張があってもそれはまあよい。

もっとも問題なのは、これに対する明確な対立軸を野党が提案していないことだ。
現政権の大企業視点の政策軸に対しては、個人視点の政策軸があるべきだと思う。
現在の円安・株高誘導一辺倒の経済政策は、個人視点で考えれば適切でなくなるだろう。
賃上げ対策にしても、今のように経団連企業に直接要請する方法は異様としか思えない。
日本の企業社会を経団連のくびきから解放し、若い企業が成長する中で結果としての賃金上昇が実現するのが正しいあり方であると考える。

今の政治家の中には、個別にはもっとよい対立軸のアイデアを持っている人がいると思う。
個人献金の仕組みなどを地道に整えて、たとえ最初は小勢力であっても、小さな芽から対立軸を育てていかないと将来が危うい。

現在の自民党は選挙の得票率も低く、消去法的な選ばれ方で現状を維持している。
いつの日かリアルな政権交代の選択肢が出現すれば、今より少しはまともになるのではないか。
posted by ヤス at 13:48| Comment(0) | 徒然なるままに
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