2016年01月30日

情報の氾濫について思う

去る1月28日は、某週刊B春の発売日であった。
そしてこの日の夜、甘利大臣が記者会見を開いて大臣辞任を発表した。
会見のタイミングについては、B春の記事を見てからにしようと思ってこのタイミングになったのだろうか。

錯綜する報道のなかには、疑惑発覚の当初から辞任は既定路線と伝えるものもあった。
まったく想像の域を出ないがわたしもそういう気がする。

変則日程でアクロバティックなスケジュールの今国会を思惑どおりまとめるために、本人・官邸とも早期の辞任やむなしと考えたのではないか。

そのあたりの手がかりは、28日発売のB春を読めばいくらか得られるはずだ。

というか、わたしとしては単なるゲスな好奇心だけを抱いて本屋に立ち寄り週刊誌コーナーに向かった。
そうしたら肝心の週刊B春は、厳重にビニールでラップされたビニ本状態で平積みされていた。
読みたければちゃんと買って読めということだ。
仕方ないのでわたしは周辺にあったビニ本ではない週刊S潮やサンデーM日などの関連記事を立ち読みして情報収集を終えた。
もちろんビニ本は買ってない。

このところのタレントの解散騒動や不倫疑惑もそうだけれど、大きな事件の際に世間に飛び交う報道、ツイート、流言飛語の数々によって、何が本当で何がウソなのか訳わからない。

まあ、タレントの騒動は関係者にとっては大きな経済的損失が伴う点でたいへんだろうが、田舎に住む一般庶民のおじさんにはさして影響はないから無視してもかまうまい。

ただし、政治家に関する事件については、投票の義務を負う国民の一人としていくらかは関心を持つべきなのであろう。
ところがこれだけたくさんの情報が飛び交っていると、ふつうのおじさんとしては、何をどう判断すべきか迷うこと甚だしいのである。

ただ、今は騒動の当事者がネットを通じて直接発言が出来るようになっている。
情報が氾濫する現代においては、一般庶民はそういう限りなく一次情報に近い直接の発言を拾って判断するのが比較的ましな方法であると思う。
しかし甘利大臣の場合は、検索しても本人の発言が拾えるようなソースが今のところ見つからない。

たぶんそういう活動をしていない人なのかもしれない。

こういうときにメディアのフィルターを通さない発言手段を確立していれば、また違った印象になったのではないか、とも思う。
もっとも、直接発言で信用を維持できるのはやましいことが無ければの話になるが。

いずれにせよ、疑惑の真相は想像するしかなく、その不確かな手がかりに基づいて我々国民は投票行動もしないといけない。

まあ情報が氾濫している現在の方が、脳みそは疲れるかもしれないが何にもない昔よりはたぶん幸せなのではないか。
そう思うことにする。

posted by ヤス at 16:24| Comment(0) | 徒然なるままに
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