2016年01月25日

体重大台突破記念投稿

さて、わたくしごとではあるが今朝の体重が59.90kgを記録した。

わたしは2月28日(日)の吉備路マラソンにエントリーしており、現在この日に向けた準備を進めているところである。
マラソンに出るので走る練習もしないといけない。
だがわたしは職業ランナーではない。
また肉体的にはもうすっかりおじさんと言うに十分な年齢領域に入っている。
おじさんが無理をしてマラソンの練習をすると必ず故障する。
少なくともわたしの場合、練習走行量がある一定値を超えると、左足のアーチやアキレス腱のあたりが痛み始める傾向がある。
過去10年間この傾向は続いており、なかなか抜本的な対策は浮かばないのである。

ただしわたしは職業ランナーではないので、痛くなったら走るのを止めるまでだ。
ひと月も走らないと痛みはすっかり無くなる。
しかしひと月走らないと次のひと月、そのまた次のひと月も走らなくなる。

いったん走る習慣を停止すると、ふたたび走るのが面倒くさくなるのである。

走らなくなるとどうなるか。

おじさんの場合、走らなくなるとお腹のまわりにお肉が蓄積してくる。
そしてお肉の蓄積は毎日少しずつのことなので、なかなか実感としてとらえることが出来ない。
気が付いた時にはお腹がお肉でゆるゆるになっている。

わたしは諸事ものぐさな人間であるが、若かりし頃の決意で唯一守り続けていることがある。
それはおじさんになってもお腹のお肉をゆるゆるにしないぞ、ということだ。
この決意は、不惑の節目を過ぎたあたりからたびたび存亡の危機に瀕したのであるが、危機のたびに一念発起してお腹のお肉除去プロジェクトを発動し、かろうじて今日に至っている。

したがって、わたしにとってのマラソンはお肉除去のためのひとつの手段であり、目的ではなかった。
だがお肉がとれて身体が軽くなり、少しトレーニングが進んでだんだん心地よく走れるようになってくると、走ることそのものが面白くなってくる。

だがあまり走り過ぎると左足が痛くなる。
痛みの発生を抑えるためには身体が軽い方がいいだろう。

ということでここに至って手段と目的は逆転し、現在は走るために体重を減らすことになっている。

一般に、体重を自分の意思で継続的に減らすことは難しいとされている。
これはわたしの実感としてもそうであるが、今ここで思いつく減量のためのポイントを以下に挙げる。
何かの参考になるかもしれない。

・毎日一回は体重を記録し、過去の記録からの推移を見守る
今はスマホ連携のタニタの体組成計などという便利なものがある。
他メーカーも含めて同様の機械の存在が多くの人びとの体重に影響を与えていると思われる。
もっとも重要なのは、あきらかに食い過ぎた後でも臆せず体重計に乗ることが出来る、そんな小さな勇気であろう。

・体重の数値を公開すること
別に誰が見ているわけでないが、たとえ虚空に向かってでも自分の体重を毎日報告しているとそれなりの緊張感が生じてまったく身の引き締まる思いがするのである。

・空腹こそ減量の伴侶である
体重は質量保存則という宇宙の原理にもとづいて増減する。
したがって「出」の運動量、「入」の食事量をコントロールしないといけない。
だが多くの人が指摘するように、運動で体重は減らない。
減量の実現は、9割以上は食事のコントロールによるものになる。
この時に炭水化物がどうとか難しいことは要らない。
ただひたすら24時間の大半を空腹とともに過ごしていれば自ずと体重は減る。
最近のわたしは不足するタンパク質をココア味の美味しいプロテインで補いつつただ空腹に耐えている。


ゴールは近い。
2月のマラソンが終わったら吉野家の牛丼特盛りを食べようかな、と思っている、今日この頃である。
posted by ヤス at 14:47| Comment(0) | 徒然なるままに
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