2016年01月14日

戦略は必要か

経営について書いて3日目。
いい加減飽いてきた。

まあとりあえず書く。

もう10年以上前になるかもしれないが、「複雑系」というのが流行った。
複雑系はもともと自然科学の用語だと思うけれど、世の中にはいろんなカッコいいワードをビジネス用語に変換して使いたい、という人がいるようだ。
複雑系の意味がまず判然としないのだが、たぶんビジネスの世界は間違いなく「複雑系」なのであって、だから複雑系を冠にいただいたビジネス書がワッと書店に並んだ。
わたしはそういうのにはわりかし素直に飛びつくタイプだ。

で、そういうやつの一冊に、ソニーの偉い人が書いたのもあった。
内容はもう憶えていない。
収穫逓増とかバタフライ効果とか複雑系関連のキーワードがぽつぽつ出てきた。

本の趣旨は、時代は変わって単純な右肩上がりから複雑系経済の考え方に頭のなかを入れ替えないといけない、ソニーはその新しい考え方で経営戦略を作っている、みたいな感じだった。(と思う)
まあいくつか別の本の内容が混ぜこぜになっているかもしれない。

要するに、ソニーの戦略は新しい市場経済のパラダイムに基いて築き上げているから素晴らしいのである、というような趣旨であったと記憶している。

複雑系ブームと時を前後して、ソニーショックが来てソニーは長い低迷時代に入る。


さて、わたしは時々思うのであるが、世の企業にとって経営戦略なるものは必要なのだろうか。
「正直な商売をする」とか「大きくならずに地元でがんばる」みたいな社是・理念のような抽象度が高くて普遍的なものは、あってよいかもしれない。
だが、一寸先は闇で来年の環境がどうなるか分からない状況のなか具体的な事業戦略を作って、それは有効でありうるのか。


性懲りもなくまた生き物の例えで考えてみる。

生き物ならみんな長生きしたいと思っているだろう。
わたしも長生きしたい。
で、生き物が長生きするための基本は、とりあえず今死なないことである。
いま死なないことの連続が結果としての長生きである。

ただし人類は計画することが出来る。
未来の空腹に備えて食べ物を蓄える、獲物の通り道にワナを仕掛けたりする。

未来を予測できる人類の素晴らしい能力の成果のひとつが「経営戦略」なのであろうけれど、なんだかそれってスマート過ぎて怪しくないか。
だって経営は複雑系だと言い、要するに複雑過ぎて先が分からんと言っているのに、具体的な経営戦略が策定可能なもんなのかい、と思う。

考えるに、生命力というのは「その場しのぎの能力」なのではないか。
そして生命力の強い会社とは、社長も従業員もその場しのぎの能力にすこぶる長けている会社なのではないか、という気がしてならないのである。

そういう意味では経営戦略なるものは、株主や金融機関に対する目眩まし、煙幕のようなものに思えてしょうがない。
それもこれも本来は自分のために考えていた経営の計画が、株主や金融機関に対する御説明や御約束の道具として流用されるようになったからではないのか。
という気が、なんとはなしにするのである。

ちなみにわたしは昔からのソニーファンであり、これまでにPCやデジカメ、プロジェクター等多くのソニー製品を購入してきたことを付け加えておく。
posted by ヤス at 13:05| 徒然なるままに