2015年12月27日

なんとか系について語る系

昔、高校時代に理系と文系のクラス分けっていうのがあった。
この「理系」と「文系」というのはあくまで履修コースの分類を表す表現であったはずである。

しかし理系・文系は、いつのまにか「理系の人」「文系の人」と人間の属性を表す言葉になっている。

理系を履修すると国語や社会科などの文系科目の一部が授業から省略され、文系では理科や数学の一部が省かれる。
そしてその履修コースの違いによって学生の知的特性に差違が生じ、その結果理系なので日本史に疎い、文系なので微分積分がよく分からない、という人間が出来あがる。

「理系の人」「文系の人」というのはそういうことだろう。

我々の時代と最近は教育制度が違うから居間は必ずしもそのようではないかもしれない。

しかし、理系とか文系とかのカテゴライズが、人々の間で理系知識、文系知識の不足に対する言い訳として気軽に利用されてきたのは間違いないのである。


この、「なんとか系」というカテゴリーはかなり便利だ。
ビジュアル系とか、かわいい系とか、お笑い系や頭いい系など、何かの修飾言葉のお尻に「系」を付けるとある種の属性を持つ人間集団のカテゴライズが完成するというのを誰かが発見した。

以来「なんとか系」は広く日本中に普及し、便利に使われている。

ところで、この「なんとか系」とよく似た表現に「なんとか族」というのがあった。
古くは「太陽族」「暴走族」「転勤族」「社用族」、さらには「タケノコ族」などなど、なんとか系より古くから便利に使われていた形跡がある。

少し調べてみると、分類学的には系は族の上位分類であり、また社会学的には族も系もある共通属性をもった人間集団を表す言葉だが、族の方が系より結合が強いらしい。

たとえば「暴走族」は、段付きシートとタケヤリで武装したガチガチの暴走する族であるが、これを「暴走系」と言い替えるとこちらは改造控えめもしくはドノーマルのバイクで時々速度超過するか、あるいは気分の中だけで暴走するヘタレを表す表現になる。

同様に「ヒルズ族」が「ヒルズ系」に変わると、必ずしも六本木ヒルズに居住する必要がなくなる。
多額の預貯金を持たずともヒルズ族の周辺を賑わせる存在でありさえすればヒルズ系にはなれそうだ。

というわけで「族」と「系」の正しい使い分けを憶えたので、今後の文章表現に幅が出そうだなあと思っている。

しかしこのようなカテゴライズパターンは、安易な「分かったつもり系」の増殖を促し、少々危ういかもしれない。

以上、系と族の違いについて、「長い文章書くのがわりかし好き系」の人からお送りしました。
posted by ヤス at 11:55| 徒然なるままに