2015年12月12日

異常と正常とおじさん

もうすぐクリスマスだというのに、雨が降ったり生ぬるい気温が続いたりしている。
冬がこう暖かいと、やれ異常気象だという話になる。

ここで「異常」について考えてみる。
漢字を見ると「常と異なる」と書いて異常。
だが世の中一般で言われる異常は、困った状態、問題のある状況というようなニュアンスの方が、どちらかといえばメインであるように思われる。

異常気象といえばいつもと違うお天気というよりは、ちょっと困ったお天気、の意味になるのだろう。

異常気象の問題は、大雨による洪水や、干ばつによる農作物の不作、いつもと違う病原菌の増加など、いろいろある。
特に人類の食料生産は、いつも通りのお天気を前提に設計されている。
異常気象が続く一番の問題は食料生産に現れるだろう。

だが一方で宇宙的視点に立つと、地球の表面上で雨が降ろうが嵐が吹き荒れようが、そこに問題になることは存在しない。

温暖化で1億年後に地球の気温が摂氏500度になろうが、それは宇宙における日常の現象に過ぎない。


ところで最近、同性婚など性的少数者の権利確立にまつわる騒動がちらほら起きている。
具体的には、どこかのおじさん議員が同性婚などについて「異常」と言ったりツイートしたりしたらしい。

誤解を恐れずに言えば、わたしにはそれらのおじさんたちの気持ちが分からなくもないのである。

もちろん性的少数者の意思や権利は最大限尊重されるべきである。
また同性愛は野生動物の世界でも一般的現象であるらしい。
昔、サル学に凝っていた時期があって、その時に読んだ本にゴリラのオス同士の交尾に関する記述があったのを憶えている。
そして、ゴリラの社会では同性愛者に対する差別や攻撃などはもちろん無い。

思うに、性的少数者などのマイナーな存在に対する排撃的行動は、人類の社会や文化にその原因があるように思われる。

異常発言を行ったおじさん議員の方々を写真で拝見すると、そのお顔の表情の背後に、おじさんたちの社会的価値観が透けて見える気がしなくもないのである。
これらのおじさんたちの価値観は「正常」な異性婚を前提に確立され、潜在意識まで深く染み込んでいるのであろう。

おじさんたちにとって「異常」を認めることは、己の価値観を破壊されることにつながりかねないのかもしれない。

ところで今まで散々書いてきて、わたしは「おじさん」に対して十把一からげ的な批判をしているなと気がついたが、これは明らかに誤った一般化であると反省しなければなるまい。

おじさんにも面白い人とか融通の効く人とかいろいろなタイプの人がいる。
「異常」発言について言えば、時々ごく特殊な発言をする人が、少数出現するだけのことなのだ。

ただしそれはあくまで少数の人々であって「異常」な人たちではない、と、おじさんのひとりとしては思いたい。
posted by ヤス at 16:22| 徒然なるままに