2015年11月16日

ネット疲れについて

SNS疲れ、みたいなことが言われるようになって久しい。

今、久しい、と書いたがSNSが本格的に誕生してたぶんまだ10年経っていない。
広く普及したのはこの5年くらいじゃなかったか。

でも、この世界では5年はじゅうぶんに「久しい」と思う。

SNS疲れは、これはSNSそのものに原因があるというよりは、その普及浸透のスピードに原因があるのではないかという気がする。
要は、身体が慣れないままに使うようになって、適度な距離の取り方が分かっていない面があるように思うのである。

それは利用者もそうだし、社会全体としても、SNSの便利さや落とし穴を経験しきれていない感じがする。
社会全体としてのSNS体験として、アラブの春があったり、震災時の安否確認への活用など、があったりしたのではないか。

で、そういう体験の中で人の命が助かったり、あるいはデマが飛んで多くの人が右往左往したりして人々は学習していっている。
おそらくこれからも数年かけて、さらにいろいろなケースを重ねていって、だんだんSNSとの付き合い方が皆の身体に馴染んでくるのだと思う。


ところで、SNS疲れのひとつに、やれ海外旅行をエンジョイしたとか、高級レストランで美味しいものを食べたとか、他の人のキラキラ体験の投稿を目撃する、いわゆる「SNSうつ」というのがある。
その手の見栄っ張りな投稿は、わたしもたびたびやる。
またここだけの話、他人の投稿に少々イラッとすることも時々ある。

だが同じような経験は、リアル世界においてすでにたくさんある。
おそらくほとんどすべての人間には見栄があり、また他人の見栄っ張りアピールを目撃してイラッとする。
インターネットの世界では、その手の発言が大量に飛び交っており、PCやスマホの画面に明確に表示される。
そういうことで、リアル世界とは違う疲れ方がある。

そしてこの問題への抜本的対策はたぶん存在しない。
人間が自由に発言するということは、見栄っ張りな発言と、それに対するイラッとする受け止めがあちこちでバチバチするということであろう。

ということで、SNSで美女の写真を見かけたら、それは実物より2〜3割増し、場合によっては7〜8割増しであると見抜けるようにならないといけない。
多くの場合、SNSにおける「ウソ」はシンプルで分かりやすいように思われる。
また多くの場合その「ウソ」に悪気は無いのである。
それはたぶん自分の胸に手を当てて、その上で見れば分かることが多いのではないか。

そんなことを思った。
posted by ヤス at 13:43| 徒然なるままに