2019年05月27日

捨てるトレーニング

わたしは「トレーニング」ということを比較的信じている。
昨日まで100メートル連続で走れなかった凡人が、週に数日ぼちぼち走っていると、いつの間にか42km走れるようになったりする。
わたしのイメージする「トレーニング」とはそういうもので、トップアスリートの地獄のトレーニングとは対極にある、ごくゆるめの「日々の習慣」くらいのレベルの話である。

それは別に絶対的に毎日続けねばならぬトレーニングということもなく、場合によってはちょいちょい三日坊主になったり半年くらい間が空いたりするけれど、いつの間にかまた復活して人生トータルで見ればまずまず継続しているかな、くらいの習慣でよいと思う。
それくらいのゆるめのトレーニングでも42km完走できるようになり、日本記録とかは絶対無理にしても一般人よりは良く走れるようになる。
おおよその場合ゆるめのトレーニングを続けるだけで、少なくともその「種目」に関しては全日本人の上位10%くらいの能力に達するのではないかと勝手にイメージしている。

そういう「トレーニング項目」が、走ること以外にもいくつかあるといいのだと思う。

そんなことを思っていたらひとつ新しい項目に想いが至った。
それは「捨てること」である。

最近は、というか随分前から「断捨離」が世の中的なブームである。

ずっと所有してきたものをぽいっと捨てるのは、実は精神的なダメージがかなり大きい。
たぶん一般の人はみんなそれなりにそうだと思う。
わたしもかなりそうである。

周辺を見回すと中には掃除が得意な人もいて、そういう人はとにかく思い切りよく捨てる。
まだ使えるんじゃないの、とか思っても捨てる。
そんな大事なものも捨てるの、というのも捨てる。
必要以上に捨てることによって、掃除がはかどる。
逆にいうと捨てないと掃除は始まらないのである。

そういう掃除得意の人は、たぶん「捨てるトレーニング」をずっと重ねてきたのである。
何かを失うことの精神的ダメージとか、物理的不都合とかに対処する方法に慣れている。

それでわたしもある時から「これは捨てられないな」というものを意図的に捨てる「トレーニング」をするようにしている。
でもやっぱりまだまだ甘いのだと思う。

会社の経営者の人とかは、毎日がヘビーな決断の連続だと思うが、何かを決断することは別の何かを諦めることである。
経営的に意味のある重要な決断というのは「リスクを取る」タイプのものである。
将棋で飛車を切って王将を詰ましにかかるような決断こそが本当の決断だろう。
そのためにも「捨てるトレーニング」は有効なのではないかと思う。

ということで今日は月曜日、燃えるゴミの日である。
そんなたいそうなことを思いながらゴミ袋の口を結んだりしたのだった。
posted by ヤス at 10:26| Comment(2) | 徒然なるままに