2019年05月12日

キレ方の心得について考える

人は歳を取るとキレやすくなるとかいう。
その一方で年輪を経てカドが取れて丸くなるとかいうこともある。
どっちがほんとうだろうか。

わたし自身について振り返ってみると、若い頃はまあまあしょっちゅうキレていたような気がする。
だんだん若くなくなってからは、キレるのもけっこう疲れるというか、いちいち面倒臭いというのもあってキレ具合が減ってきたような気がするのだが、実際はどうか。

それで周辺を見回してみると、世の中にはキレやすい人もいるがあんまりキレない穏やかな人も多い。
自分のキレやすさの度合いは世の中の平均値と比べてどうなのかなあ、とかいうことがちょっとだけ心配になった。

人がキレるのは、原因として大きいのは脳の「前頭前野」の不活性があるのだという。
前頭前野は人間の脳の中でもいちばん最後に進化した部分で、本能的欲望を司る大脳辺縁系とか比較的脳の奥の方にある部位の働きに対して、「理性」による抑制を効かせる機能があるらしい。
この前頭前野の働きは、幼い頃からの訓練によって鍛えられるという側面がある。
小さい頃から欲しいものを我慢したり、他人の感情を類推して自分の行動をコントロールするような訓練ができていると、大人になった時に前頭前野の働きが良くなる。
そしてキレにくい立派な人物になるそうである。

そんなこと大人になってから言われても、今さら遅い。
それで思ったのであるが、世の中の人がいろいろキレているのを見ていると、許せるキレ方、みたいなのがあるような気がしてきた。

つまりしかるべき理由があって、そりゃあキレてもしゃあないよなあというところでキレている分にはまあいいのではないか。
なおかつ、その人が自分がキレているのをきちんと自覚していて、それなりにキレている自分をコントロールする余地を残しつつキレている、そういうのは大人のキレ方としてはありなのではないか。

一方で、突然よく分からないのに怒り出す、気分の変化に合理的理由がない、なおかつキレる自分を制御しきれておらず、声を荒げるほどにだんだん自家発電的に怒りの感情が増幅するタイプの人。
こういう人を上司に持ったりするとほんとうに疲れる。
できれば関わり合いになりたくない。

世の中はいろいろ複雑なので、いつもニコニコ仏様のような温顔でいて収まるほど簡単ではない。
少なくともわたしの場合、そこまでの人望もマネジメント能力もないので、やっぱりたまにキレ気味になる場面が避けがたい。

人間というものは所詮不完全なものなので、それもまあしょうがないのか。
しかしやはりたまにキレるにしても、それが制御不能な野放図な怒りにならないよう注意はしないといけない。

さっきコンビニで立ち読みしていて、キレやすい感情のコントロールみたいなのが書いてある本があったのだが、たまたま開いたページに「意識して笑顔をつくると怒りが鎮まる」、みたいなことが書いてあった。
こういうことは基本的で当たり前のようにも思えるが、意外に効果的かもしれないと思った。
だから今後は、日頃から意識してニヤニヤしていようかとなあとか考えたりしているのである。
posted by ヤス at 12:15| Comment(2) | 徒然なるままに