2019年05月10日

「運」について

「運」というのは何なのだろうとふと思った。

日本における漢字博士の白川静氏(故人)の辞書「常用字解」で「運」の字を調べてみた。
「運」の字の元は「軍」で、大昔の中国で将軍が乗る兵車の上でたなびく旗のイメージから来ているらしい。
将軍の兵車の旗が動くと全軍がそれにしたがう。
そういうイメージが「運」の字の中にあるようだ。

そこから「運」の字は「めぐらす、めぐる、うごかす、はこぶ」などの意味で用いられるようになったらしい。
いや、ここでわたしが知りたかったのは「運がいい」とか「運命」がどうの、とかいう場合の「運」のことであった。

しかし「運」の字は「運動」や「運行」というような言葉もある通り、じっと止まっている人というよりもせわしなく行動している人にとっての文字なのかもしれない、とも思った。

わたしは運命論者ではなく、運勢とか占いとかは、ここだけの話嫌いである。
ある意味、それらのものを憎んでいるといってもよい。

しかし「運の良さ」みたいなものはなんとなくあるような気はする。
それは運命論的にあるというよりは、自分で作り出すもののような気がする。

「運」の字には戦場を走り回る兵車の動きのイメージが元にあって、そのようなやや激しめな人々の「運動」こそが運の良さみたいなものを生み出すことにつながっているのかもしれない。

そういう至極平凡で当たり前の結論に行き着いた。

「運の良さ」はやや激しめの行動の先にある、というのはちょっとだけ頭の片隅に置いておこうと思ったりした。
posted by ヤス at 12:43| Comment(0) | 徒然なるままに