2019年05月01日

天皇と基本的人権

今日は5月1日だ。
いちおう令和元年の5月1日ということになる。
元号が代わってそのカウントにしばらくとまどうことになるかと思うと、やや憂鬱である。
したがって今後は、個人的には年号表記は西暦で統一しようと思う。

そんなことはともかく、元号が代わったということは天皇陛下も代わったということだ。
世の中は祝賀ムードだろうし、それは当然のことでもある。
しかしこのことにも、個人的にはモヤモヤを少し感じる。

天皇陛下およびその周辺の皇族の方々は基本的人権が大幅に制限された状態にある。
天皇陛下には職業選択の自由も移動の自由もない。
現上皇の前天皇陛下は高齢で執務が難しいというもっともな理由を抱えながらも自分の意思で自分の「職業」を退職することができなかった。
前天皇が退職するためには特例法を作る手続きが必要だった。
また最近週刊紙ネタとして騒がれているが、現天皇陛下の弟君は今日から皇位継承権1位になったわけであるが、弟君は(あくまでも週刊紙報道によると)将来の皇位継承を拒否する意向であるらしい。

これも現在の制度では、皇位継承者は自分の意思で継承拒否することができない。
数十年のち、皇位継承の時期が来たとしてその時にそれを拒否するには、やはり特例法を作る手続きが必要になるのだろう。

特例法さえ作れば個人の意思が実現される、という意味では人権はある程度保証されているという考え方もできるかもしれないが、そうは言っても、いちいち法律を作らないといけない状況は大きなプレッシャーになる。

地球上には75億人も人がいて、その中にはあからさまに人権を蹂躙されている人々も無数にいるのだろう。
その中で比較的穏当に人権が守られている(はずの)日本で、しかし明らかに基本的人権が棚上げされている数名の方々の存在についてどういう風に消化すればいいのかよく分からない。

少なくとも退位や皇位継承について自由意思が反映される制度は必要じゃないかと思う。
あるいは皇后の立場についても、今の状況だとおちおち離婚もできない、また子供が女の子か男の子かとかについても、壮絶な精神的プレッシャーのかかる中に置かれる。

例えばかなりラディカルではあるが、皇后位に就かなくていい自由とか、そういう部分も議論のテーマにのぼってしかるべきではないだろうかと思う。

いずれにしても今後のことを考えると、天皇の制度まわりを相当に自由化しないと遠くない未来に「男系男子の皇位継承者」が途絶することは間違いない。
少なくとも人としての権利が認められた天皇であればこそ、基本的人権を守る国、日本の象徴としてふさわしいと思われる。
現在の状況では人質司法に代表される「人権の無い国、日本」のシンボルのように見えてしまう。(と個人的に勝手に思っている)



今日は有名な縄文遺跡の丸山三内古墳に行ったら、舳先を帰路に取って返そうかなという
感じである。

posted by ヤス at 07:36| Comment(2) | 徒然なるままに