2018年08月31日

体操協会宮川選手の告発

なんかいつの間に勃発したのか、女子体操の宮川紗江選手がパワハラで体操協会の女子強化本部長を告発する記者会見を開いていた。
宮川選手の会見の一部をちょっとだけ観たのだけれど、宮川さんは18歳というのにものすごくしっかりしていて、しゃべっている内容も明確で、その映像を観た感じでは真実を語っているように見えた。

問題は、パワハラ問題が二重に入り組んでいてやや分かりにくい。
宮川選手のコーチの速見氏が彼女に対して暴力行為とパワハラをやったという告発が体操協会に入って、調査の結果協会は速見コーチに無期限登録抹消の処分を下して、それに対して速見コーチの被害者的な立場にあるはずの宮川選手が協会(というか強化本部長)の対応をパワハラで批判するということになっている。

一方の女子強化本部長の塚原千恵子氏は、こちらは71歳という年齢もあるし、いかにも貫禄のある風体もあるのか、個人的な感想としては「やっぱりなあ」という感じがどうしてもしてしまう。
もちろんこれは何の証拠も根拠もない感覚的なものであって、今後の客観的な調査の結果を待たないで軽率に事実を決めつけることはできない。

でもそんなことを言っているうちに、五輪金メダリストの森末慎二氏とか、銀メダリストの池谷幸雄氏とか、元女子選手の田中理恵氏とか現役女子選手なんかも次々と宮川選手に対する擁護、応援の声を上げるようになり、これらの状況から世論的な流れでは宮川選手支持、強化本部長批判の空気が出来つつある。

その後、体操協会副会長の具志堅幸司氏が第三者委員会を立ち上げて事実の解明に乗り出す方針を示しているので、ほんとうはそれを待たないと事実は分からないが、とりあえず、宮川選手がほぼ真実を言っている前提で考えてみる。
(具志堅さんもほんとうに現役時代からいい人な感じで、人間「いい人な感じ」は大事だなあとどうでもいいけど思ったりもした)

塚原千恵子女子強化本部長と夫の塚原光男体操協会副会長は、協会の要職にありながらクラブチームの経営も行っていて、この構図は日本大学のアメフト問題の時ともよく似ている感じがする。
日大の問題も含めて、体操協会でこういう内部告発があったことは、これを機会に日本中のスポーツ組織とかのあり方を見直すきっかけになるのではないかという期待がある。
これはひょっとしたら高校野球とか、オリンピック組織委員会なんかにも波及する話かもしれない。

とりあえずこういう公益組織において、複数権力の一人への集中とか、クラブチームトップと協会トップが兼務できる利益相反の可能性とか、そういう「外形的な疑惑の可能性」を基本排除するというのをルール化するべきなんだろうと思う。
そういう雰囲気が出来上がると、それがよその領域にも広がって、日本が少し住みやすい国になる気がする。
とりあえず調査結果を待たないといけない。
posted by ヤス at 08:38| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月30日

AmazonのQR決済

昨日のニュースでAmazonが、QRコードを使ったキャッシュレス決済市場に参入する(というか参入した)というのがあった。
Amazonでは「日本をキャッシュレス化する」企業理念を掲げるNIPPON PAYと提携して、主に国内の中小店舗を対象に事業を展開するという。

日本のキャッシュレス化の遅れは、もうずいぶんと話題になっている。
そして最近は銀行のATMの収益性悪化のニュースなども流れているが、現金取り扱いのコスト負担が無視できなくなっている。
それでも日本ではキャッシュレス化は進まない。

進まない理由は、消費者の多くが現金に慣れていること、キャッシュレス化に対する漠とした不安、例えば「使いすぎたらどうしよう」「知らない間に電子的にお金が盗まれるんじゃないか」とかいうようなことがあるからだろう。
また店舗の側でも、専用端末の導入に数万円とか数十万円かかるとか、あと決済手数料が3%以上もかかるような現状がある。

消費者側の不安は、おそらく「慣れ」が解決する。
しかし店舗側の問題、特に決済手数料の壁は現実的に高いハードルになっている。
だいたい小売業や飲食業の売上利益率は1%か2%でもあれば御の字というのに、決済手数料で何%も持っていかれると利益がなくなる。
高価な端末導入が必要なのも大問題だ。

その辺の問題にAmazonはQRコード決済の仕組みを使って切り込むらしい。
まず、決済に必要な端末は汎用のタブレットだけ。
今回Amazonは、決済用のアプリを組み込んだタブレットを店舗に無料で貸し出して普及を図るという。
また決済手数料も当面無料にするらしい。

決済のやり方は、消費者側のスマホの「Amazonアプリ」のメニューから「Amazon Pay」を呼び出すと出て来るQRコードを店側のタブレットで読むだけ。
それで消費者側のAmazonのいつもの決済の中で買い物の代金が支払われる。

メニューの呼び出しが多少面倒くさいが、まあ許容範囲。
QRコードの読み込みは、たぶん0.1秒もかからないほどスムーズ。
十分実用になる感じである。
ちなみに、わたしのiPhoneのAmazonアプリを見ると、当然ながらすでに「Amazon Pay」があってQRコードが出てきた。

今日本政府も躍起になって推進しているキャッシュレス決済であるが、キャッシュレス決済には社会コストの削減とか消費者の利便性とか外国人観光客の呼び込みとかよりも、もっと大事な役割がある。
それはたぶんセキュリティ、犯罪対策。
現金決済の中小店ではパート・アルバイトがレジから金を抜く、レジ打ちをごまかしてちょろまかすとかいうことが横行している。
キャッシュレス化するとそういうことがまずできなくなる。
また現金決済がほぼゼロになったキャッシュレス先進国のスェーデンでは、店に現金がないもんだから、店舗強盗が激減したらしい。

そういうことで、中小店舗のキャッシュレス化には意外に強力な潜在需要があるのではないか、今後中小店のキャッシュレス化は意外に早く進むのではないか、というか早く進んで欲しい、と思った。
posted by ヤス at 07:46| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月29日

24時間テレビのマラソン企画

今年も日本テレビの24時間テレビが終わったらしい。
それで24時間テレビの今年の平均視聴率は15.2%だったらしい。
ネット情報を見ると、この視聴率は過去10年くらいの中では、取り立てていい数字ではない。
けれど毎年恒例のこの番組が、今年で41回目の「伝統の番組」であるらしいが、そういう番組が数々のマンネリ化批判にも関わらず24時間の平均値でこの数字というのはちょっと驚いた。
今年の瞬間最大視聴率は34.7%だったそうで、それは例のマラソン企画での芸人のみやぞんのゴールシーンだったそうだ。

今回のマラソン企画も、やる前から妙にネット上は騒々しかった。
今回はみやぞんが体力自慢の人だというので、いつも24時間かけて100km走るのが基本線のこの企画が、今年はスイム1.55km、バイク60km、ラン100kmの161.55kmの「トライアスロン」企画になった。

この100kmマラソン企画は、24時間テレビが視聴率を稼ぐための背骨のような重要なもので、したがって毎年何がしかのサプライズが用意される。
そもそも41年前のこの企画の最初、間寛平が200km走る予定だったのが、途中コース上に野次馬が殺到して走れなくなり153kmで打ち切った、というのが最初だったらしい。
たぶんこの頃はまだわたしも24時間テレビを観ていた時代だ。
なにぶん昔のことなので記憶が定かでないのだが、そういえば寛平ちゃんが走っているシーンがテレビ画面に流れているのを観たような記憶がある。

その時は、24時間以内に200km走ることができるのか、というかなりシビアな感じのちゃんとしたランニングの企画だったのだと思う。

人が歩く速度は、だいたい時速5kmくらいが標準値である。
わたしがマラソンに出てヘボ走りするときも、歩くとだいたい1km11分から12分くらい、つまり時速5kmくらいかかる。
24時間で200km走るとなると単純計算で時速8.3kmになる。
このペースは、途中休憩時間を数時間取ることを考えると、かなりちゃんと走らないと達成できないペースである。
そしてこのペースを達成できそうな芸能人は、41年前はほぼ寛平ちゃんしかいなかっただろう。

ところで今回のみやぞんのランニングのペースは、平均時速でいうと時速3km台で、全部歩いてもまだ少し休憩ができるくらいのペースで、そんなに無理なものではない。

今は世の中マラソンブームで、マラソン能力の高い芸能人はまあまあいる。
猫ひろしはフルマラソン2時間半で走るし、安田大サーカスの団長とかもトライアスロンに出ている。
そのほか、若手どころの芸人でもフルマラソン2時間台のがいたりする。

そういうプロまがいの人が簡単に150kmとか200kmとか走るより、普通の割合有名な人が、時間ぎりぎりで100km「歩いた」方が、視聴率的には有利ということのようなのである。
ということでこの企画は最初が間寛平の200km挑戦だったために、その後いろいろ微妙な感動インフレになっていて、やっぱりテレビってたいへんだなと思った。
posted by ヤス at 08:13| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月28日

苦境続くEVの活用法

一般社団法人 次世代自動車振興センターというところが発表しているデータに、日本国内のEV(電気自動車)の販売台数がある。
それを見てみると、EV販売は2011年に乗用車8,674台、軽自動車4,585台、その他21台だったのが、2014年には乗用車14,649台、軽自動車1,786台、その他372台になっている。
軽自動車が減っているがそれ以外はまあまあ増えている。
日産の初代リーフが2010年12月発売だったらしいが、これが軌道に乗って増えたのと、三菱の軽EVのアイミーブが古くなって売れなくなったことが数字に現れているのだろうか、とか想像する。
そしてデータにあるうちの最新年の2016年では、乗用車13,056台、軽自動車407台、その他354台。

何かと話題のEVメーカー・テスラのセダンタイプ・モデルSの日本販売が2013年からだったらしいが、その後もクロスオーバーのモデルXと最新のモデル3が市場投入されている。
しかし過去5〜6年間のEVの国内販売はあまり芳しくはないようだ。

いちおう日産リーフはモデルチェンジした新型になって初代と合わせた国内累計販売10万台を達成したらしいが、日本でいちばん売れているEVの割には、その台数は自動車全体から見るとかなり存在感は小さい。
三菱アイミーブに関しては、たぶん今は官公庁需要も一巡してほとんど売れていないんじゃなかろうか。
また海の向こうのテスラも、モデル3の生産が上がらなくて四苦八苦している。
モデル3は発売と同時に予約が30万台以上入ったらしいが、予約が入っても作れないんじゃあしょうがない。

今の所EVがもっとも成功しているのは中国で、2017年時点ではEV世界販売台数122万台の半分の58万台、保有台数323万台の4割近い123万台が中国らしい。
中国は国家をあげてEVの販売に血道を上げている。

EVの最大のネックはバッテリーで、これが大きくて重くて値段が高くて増産困難でたまに燃えたりする厄介なパーツである。

そういうことで意外と苦戦が続いているEVの今後はどうなるのか。
おそらく現在のバッテリー技術水準で考えると、EVは航続距離は100kmくらいに抑えて、近距離限定のシティコミューターとか宅配便みたいな近距離配送に特化した使い方の「特殊車両」にするほかないんじゃないかという気がする。

EVスタンドとか作るのもやめて、自宅や会社の自前のコンセントで充電して10kmくらいの近距離移動をして帰ってきてまたコンセントにつなぐみたいな使い方、ちょうど電動フォークリフトのような感じにするといいと思う。
長距離移動が必要な場合はハイブリッド化してバッテリーの代わりに発電機を積んだ方がよほど効率がいい。
たぶんバッテリー技術的なこの状況は、あと20年以上は続くんじゃないか。

そうなると苦境が続くテスラの今後が危ぶまれるが、まあイーロン・マスクのことだから、危ないとなったら劇的な方針転換をするんだろう。

EVのニュースを見ながらそんなことを思った。
posted by ヤス at 07:54| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月27日

シェアする感じ

この間から、シェアハウスに融資した某銀行の事件がニュースになっている。
某銀行の話は、わたしにはよく分からないのでここでは置いておく。
むしろ気になるのはシェアハウスの方なのである。

最近では何でもシェアすることが流行りらしい。
「ハウス」をシェアするのはもとより、自動車も自転車もフェイスブックに流れるニュースも、現代ではシェアの対象である。

「シェア」とはちょっと違うが、身銭を切って買うことが難しいような高級カメラや高級レンズのレンタルなんていうビジネスも世の中にはある。
まあこういうレンタルビジネスは今に始まったことではなくて、貸衣装とかレンタルスキーとかのレジャー用品とか、使用頻度の低いものであんまり買おうとまでは思わないものについては、昔からいろいろあった。

それでシェアビジネスとレンタルビジネスはなんとなくよく似ているなと思うのだが、それでもやっぱり違うと感じるわけで、何がどう違っているのか。
シェアビジネスというのは「共同所有」というのがレンタルとは違うところじゃないか。
物品レンタルは、物品の所有者はレンタル業者である。
一方シェアハウスの所有者は、しかしこれもよく考えると所有者は大家や不動産屋であって、利用者はあくまでレンタルしているにすぎない。
カーシェアリングでも車の所有者はシェアリング業者。
フェイスブックに流れる情報の所有者は誰だかよく分からん。

ともかく、シェアビジネスで利用者はいったい何を「共同所有」しているかというと、「所有感」を共同所有しているのではないかとちょっと思った。

レンタルビジネスでは、貸衣装やレンタルカメラに対する「所有感」はあまり湧かない。
でもシェアビジネスでは、部屋を所有している感じ、車を所有している感じ、所有していていつでも自分のために使える感じを何人かで共有している。

客観的に見るとシェアビジネスも従来的なレンタルビジネスの一種なんだと思うのだが「所有感」のある感じがなんだか新しい感じなのである。
その「新しい感じ」が、シェアビジネスをあたかも画期的なビジネスのように眩惑して見せる要因になった気がする。

シェアビジネスは何かを「共同所有」することで人と人を結びつける、絆の作用があるように見える。
そしてその絆は実際にもいくらかあったりするのだろう。
でもシェアビジネスの出発点は、みんなでシェアして安くあげよう、ということだろう。
そういうことでは、本来商売としてはあんまり儲からないはずなんだろうと思う。
でもみんなを結びつけるという点で、ちょっと新しい。
というようなことを思ったりした。
posted by ヤス at 07:22| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月26日

アマゾンの未接触先住民

ブラジルのアマゾンの熱帯雨林の密林の奥の方に、文明社会と未接触の先住民が発見されたという。
ドローンを飛ばして密林を切り開いてできた広場に人が立っている写真がニュースに載っていた。
写っていた人はドローンには気がついていない様子で「未接触状態」が依然として維持されているとのこと。
ドローン映像で少なくとも16人が確認されたそうで、「国立インディオ財団」は今後も「未接触状態」を保つために監視を強化するらしい。

写っていた人がドローンに気がついていないとニュースには書いていたが、もしこの人たちがドローンを見たらなんと思うのか。
変な鳥と思うか、神様の使いと思うか、それとも外の世界にいる「別の部族」が寄越してきた厄介者と思うのか、その辺の反応を知りたい。

世の中には文明化せず、先祖伝来の独自の生活様式を維持し続けている部族が100以上もいるらしい。
そういう部族は数十人から数百人規模で集落を作って、何万年か前に人類みんながそうだったスタイルを維持している。

これらの「未接触部族」の本質的特徴は、「孤立している」ところにあるのだと思う。
逆にいうと、それ以外の人類が巨大な文明社会を創造し得たというのは「孤立していなかった」ゆえということが言えると思う。
あっちの部族が木と木を擦り合わせて火を起こしたのが隣の部族に伝わって、こっちの部族が特殊な土を木炭で溶かして金属を精錬したのがあっちの部族に伝わって、などという風に、いろんな発明や発見が各部族で共有されていった先が現在の文明社会なのだろう。

インド東部、インドネシアの西のベンガル湾にある孤島の北センチネル島には、今でもセンチネル族という代表的な未接触部族のひとつが暮らしているそうだ。
センチネル族は19世紀には、この地に探検に入ったイギリス人によって6人が連行されたが、2名が病死したため残りの4名はあわてて戻されたらしい。
そのせいかどうか知らないが、センチネル族は外からやってくる部外者には非常に攻撃的で、島の上空を飛ぶ飛行機やヘリコプターも、たびたび弓矢で攻撃を受けたらしい。
2006年には漂着したインド人2名が殺害されたりもしたらしい。
現在は、島を領有するインド政府も「一切干渉しない」方針で、そっとしておくということのようである。

彼らは空を飛ぶヘリコプターを見ても、神様や悪魔の使いとか思わないで外の部族が乗り回す変な乗り物というのを理解しているのだろう。
そういう意味では文明未接触と言いながら、文明の何であるかをある程度理解しているのかもしれない。

非文明社会では、過労死もなくてノーストレスで良さそうだけれど、iPhoneもYouTubeも無いんじゃ、やっぱり文明社会の方がいいかなあ、と思ったりした。
posted by ヤス at 08:03| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月25日

次世代通信規格の5G

なんか最近、モバイル通信規格の新しいやつで「5G」というのをよく聞く。
現在のモバイルの通信規格は「4G」と呼ばれるやつで、その前は「3G」だった。
なんかいろいろネット情報を見ていると、4Gは3Gの延長線上の技術みたいで4Gにある「LTE」は「Long Term Evolution」、つまり3Gを「長期的に進化」させたやつ、というような意味らしい。
(結局よく意味がわからんが)

それで5G通信だが、予定より前倒しで始まりそうだとかいうことで業界が慌ただしくなっているらしい。
少し前のアナウンスでは東京オリンピックのある2020年頃の実用化を目指してものごとが進んでいたらしいが、ヨーロッパやアメリカで2018年中の試験運用とか一部商用化とかが始まりそうな勢いでたいへんらしい。

この5G通信はとりあえず十分速いと思っていた4G規格よりさらに速い、というのはなんとなく分かる。
ネット情報によると5Gの特長は3つあって「高速大容量」と「低遅延」と「多数端末接続」だそうだ。
そしてそれらの技術を必要とするのは、これまでの携帯ユーザーである人間より「モノのインターネット」と呼ばれるIoTの分野らしい。

次世代通信技術はこれから本格化する4Kとか8Kとかの高精細TV放送のためかと思っていたが、どうもそれだけではないらしいのである。
どちらかというと、お医者さんのいない離島とかで手術をするのに東京のゴッドハンドの外科医が離島に設置された遠隔操作手術ロボットを操って、離れて手術をするとかいうのに5Gが重要になるらしい。

あるいは自動操縦でそこらを走り回り飛び回る自動車やドローンを正確無比に制御するのにも必要になるんだろう。
さらには身の回りにあるありとあらゆるものに通信チップが内蔵されて、そこら中から電波が飛び交って、そういう状況で安定した高精度な通信を実現するために必要ということのようである。

つまり5Gの技術はたんなる通信規格というより、世の中のいろんなものを変える中心技術ということらしい。
これによって工場のようすも変わるし、スーパーマーケットも、道路の上を自動車で運転する時の方式なんかもだんだん変わっていくのかもしれない。
そしてついでのことに、スマホで鑑賞する動画の画質が4Kや8Kになって綺麗になる。

日本では来年の2019年頃に携帯各社(ドコモ、au、ソフトバンクなど)によって商用化が始まるというのがもっぱらの噂らしい。
ということで、ひょっとしたら来年はスマホをまた買い換えねばならないかもしれない、と思った。
posted by ヤス at 10:21| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月24日

ニコン新型フルサイズミラーレス

昨日、カメラメーカーのニコンから新しい製品の発売が発表された。
「Z7」と「Z6」と名付けられたフルサイズのミラーレスカメラ2機種である。
フルサイズというのは昔の35mmフィルムと同じサイズ、マニア的には「ライカ判」サイズともいう。
ミラーレスというのは、今オリンパスやパナソニックやソニーが主力機に使っている方式で、一眼レフカメラにはある「クイックリターン・ミラー」が無いからミラーレス。

その一眼レフメーカーとしてはキャノンと並ぶ2大巨頭のひとつがニコンであった。
その巨頭が、いよいよミラーレスに本腰を入れるというのが、世のカメラ好き(ほぼおじさんたち)の間ではかなりニュースな出来事であるのは間違いない。

昨今のニコンの業績は、ちょっとだけ心配な感じだった。
4年前まで年商9千億円だったのが、今年3月期は7170億円まで毎年ちょっとずつ減っていた。
最終利益はなんとか確保していたが、カメラ市場の縮小が続き、またかつて世界トップだった半導体製造装置で海外勢に市場を奪われて以降、将来が危ぶまれる状況が続いている。
またちょっと前には期待の高級コンパクトカメラ3機種が、発売発表の後の電撃的発売延期からの発売中止という衝撃的事件もあったりした。

そんな中で端役ではない、主役感満載のフルサイズ・ミラーレス機を出してきた。
やはり人間というものは、ほんとの危機を感じてやっと本気になるのかもしれない。

それでZ7とZ6であるが、ニコンファン(ほぼおじさんたち)の期待のひとつは、肥大化していたデジタル一眼レフのサイズから、新型フルサイズ機では往年のFE2やNEW FM2くらいの重量500gくらいのサイズにぎゅっと凝縮して出るのではないかということ。
新型機2機種は同サイズで本体のみの重量585g。
ちょっとだけ期待値より大きい。
ライバルのソニーαとは、ほぼほぼ同じ。
まあ許してやろう。

それで次にレンズである。
まずレンズマウントが新規格のZマウントでマウント径が業界最大55mm。
従来の業界最大のキャノン一眼レフ用EFマウントの54mmより1mm大きい。
ライバルのソニーEマウントは46mmなので比べるまでもない。
大きいことはいいことなのだ。

しかし発表された新型レンズはサイズが大きくて値段がお高い感じ。
また、こちらも業界最大F値の「NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct」が開発中。
ひょっとしたらお値段100万円超になるんじゃないか、というくらいとりあえずデカい。
こういうところは、せっかくコンパクトなミラーレス化へ舵を切ったのにレンズが不釣り合いにデカくて、ニコン伝統の過剰・過大癖が垣間見える。(まあソニー機もレンズはでかい)

肝心のカメラ本体の値段はZ7が43万円、Z6が27万円程度らしい。
たぶん時間が経てば36~8万、18~20万くらいになって買いやすくなる。
現在30万円超の一眼レフD850がヒットしているニコン的には勝算のある価格付けなのだろう。

あとデザインだけれど、これはたぶんジウジアーロじゃない。
ジウジアーロデザインだったらもっと格好良くなるんじゃないか。(ひょっとしてジウジアーロだったりして)
その点は少しだけ引っかかるが、コストダウンとかいろいろあるんだろう。

ということで全国のニコンファン(ほぼおじさんたち)をうならせた新型フルサイズミラーレスカメラだが、これで少しはニコンが元気になるといいと思う。
(わたしは今写真はiPhoneでしか撮らないからもちろん買わない)
posted by ヤス at 09:07| Comment(1) | 徒然なるままに

2018年08月23日

人間はなぜがんばるのか

人間、生きていると時々難しいことに出くわす。
あきらかに自分の能力を超えたチャレンジ、どうにも越えられそうにない壁が目の前に立ちはだかっている時、人はどうすべきか。

例えば、ウサイン・ボルトの100m走の世界記録は9.58秒だそうだが、今すぐこれより速く走れと言われてもこれは難しいチャレンジだ。
桐生祥秀の9.98秒だって十分以上に難しい。
じゃあ3年の準備期間をやるからなんとかしろと言われてもやっぱり無理だ。
脚にモーターかバネでも組み込んで人体改造でもしない限り、どうがんばっても一流アスリートに並ぶスピードでは走れそうにない。

しかし少しハードルを下げれば達成可能なチャレンジはある。
普通の健康な人であれば、日常ある程度ジョギングとかのトレーニングを積むとフルマラソンの完走くらいなら十分可能だ。
マラソンも速く走るのは難しいがしかし毎日そこそこがんばって練習すれば、そこそこ速く走ることはできるようになる。

じゃあ一般の人が、一般的ながんばりでどの程度まで速くなるかというと、これは一概には言えない。
持って生まれた身体的資質とか、練習に割くことのできる時間とか、その辺の条件による。

今、日本国内でマラソンはちょっとしたブームだ。
東京マラソンとか、人気の大会は抽選で競争倍率がすごかったりする。
それでマラソンがなぜブームなのかと考えてみると、やっぱり人間というのは、がんばることが好きな一面があるのだと思う。

まあ大迫傑や設楽悠太みたいに速くなるのは、普通の人間には無理だ。
市民ランナーの川内優輝(今はプロになったけど)のレベルもちょっと難しい。

しかしマラソンの場合、人それぞれのがんばり具合でがんばると、人それぞれのがんばった気分が味わえてそれなりに気分が良くなるということがある。
毎日せっせとけっこうなハードトレーニングを積んで、ものすごいがんばり具合で走る人もいる。
一方で、日頃はろくすっぽ走らないけれど、とりあえず大会にエントリーはして、練習不足の体にムチ打って走る人もいる。
それで最後の方はふらふらになって歩いて、なんとか制限時間内にゴールしたりする人も多いだろう。
日頃の練習をサボって本番に臨むと、マラソンの最後の方はほんとうに筋肉やら関節やら痛くなってそれなりにがんばらないとゴールにたどり着けない。
そういうのも、マラソンのがんばり方のひとつとして十分ありだと思う。

それで思うのだが、結局たいていの人間は、なにがしかがんばっていたい、たまには難しいことにチャレンジしたいと思っているものなのではないか。
そういう人間のニーズに、人それぞれのがんばり具合でチャレンジができるマラソンは、マッチしているのではないか。

人間の人生の目的は、突き詰めて考えると「時々気分が良くなること」にあるんじゃないかという気がする。
そのために時々、人それぞれのがんばり具合でがんばる、するとそれなりに気分が良くなる。
人間が、たまにがんばることがあるというのは、そういうことなんじゃないかと思った。
posted by ヤス at 07:44| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月22日

携帯料金高過ぎるのニュース

昨日のニュースで菅義偉官房長官が、携帯電話料金は4割程度引き下げられるべき、と述べたのが流れた。
日本国内の携帯電話市場は適切な競争が働いておらず利益が出過ぎ、というのが菅長官の考えらしい。

確かに携帯電話代はけっこう高い。
わたしも携帯代の削減には四苦八苦している。
これが4割も安くなると、ものすごくうれしいのは確かだ。

しかし、最近はアメリカのトランプ政権もそうだが、個別企業が儲け過ぎとかいうことを政府が言うのは自由主義経済の中では方向がかなりズレていると見える。
政府の役割は、儲け過ぎを指摘して企業の「自主的な」値引きをうながすことではない。
市場競争が機能していないのなら、機能するような競争環境を整備するのが政府の役割で、今携帯各社が儲け過ぎているのは電波割り当てとか新規参入に著しい制限があって、大手三社による寡占状態が完成しているからだろう。

ということで、通信大手三社の財務情報を少し見てみることにした。
「Ullet」という上場企業のIRデータをまとめて提供しているサイトを見る。

NTTドコモ: 売上4.7兆円/純利益7445億円
     /営業CF1.5兆円/総資産7.7兆円

KDDI: 売上5兆円/純利益5725億円
     /営業CF1兆円/総資産6.5兆円

ソフトバンク: 売上9.1兆円/純利益1億円
     /営業CF1兆円/総資産31.1兆円

ドコモの売上が意外に少ないのは(それでも多いと思うが)、ドコモというのは移動通信のみで固定通信が入ってないからじゃないかと思う。
対してソフトバンクは、アメリカの「問題児」スプリントの売上3.6兆円などが加算されて売上規模が膨張しており、純利益額も1兆円越えしている。

三社の財務情報をざっと俯瞰していちばん違うのは、実は損益じゃなくて貸借対照表の方である。
自己資本比率を見てみる。

NTTドコモ:37.01%
KDDI:31.42%
ソフトバンク:10.06%

ソフトバンクはアメリカの携帯電話4位(買収時点では3位だった)のスプリントを2013年に2兆円で買収した。
その後も通信網やら開発費やらで莫大な投資をしていて、スプリント関連の有利子負債が4兆円以上あるらしい。
他にも英国のCPU大手アームを3.3兆円で買収したりして全体の有利子負債15兆円超らしい。

今は世界中低金利(特に日本)なのでこの機に乗じているのだろう。
ソフトバンクの孫正義的には、低金利だからがんがん借りて将来に向けた積極投資に邁進して、ある意味ものすごく「らしい」と思う。

しかし今後金融緩和が路線変更して金利が上がったり、日本政府の「市場介入」などによってもっとも影響を受けそうなのもソフトバンクだと思う。

ということであるのだが、菅長官の口先介入はおそらく来年の参院選(つまり来月の総裁選)を見据えた選挙対策だろう。
選挙対策だとすると、今後も「続編」がありそうなのでちょっと注目していようと思う。
posted by ヤス at 08:38| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月21日

飲食創業1年目で3割つぶれる

飲食業は料理の腕に自信があるとか、接客業務の経験があるとか、そういう比較的取得しやすいスキルがあればまあ誰でも始められる。
実際はそのスキルもピンキリであろうが、誰でも始められる分失敗するケースも多いらしい。
あるデータによると飲食業の創業者は、創業1年目で35%くらいの人が廃業するらしい。
さらに3年目になると廃業割合が7割になり、10年経つと9割になる。
つまり10年経って残っている飲食のお店は1割程度ということである。

廃業率の数字というのはどの産業でも、最初の数年でボロなところがどんどん貯金を食いつぶして脱落して行って、優秀なところが長く続くのはまあ当たり前であるが、飲食業界の場合その脱落する割合が他の産業よりかなり高い。

そしておそらく飲食業を始める人もそんなことは、なんとなく風の噂で聞いているのではないかと思う。
しかし廃業する人が多いからといって世の中の創業候補者が躊躇するかというと必ずしもそうではないらしい。
統計データ上失敗者が多いからといって、自分が必ず失敗すると決まったわけではない。

飲食業で失敗者が多いというのは、創業資金を借りた上ですぐに廃業して、借金を抱えて路頭に迷う人が多いことを意味する。
そんな不幸な人が増え過ぎないように例えば政策的に創業のハードルを上げる(例えば料理や接客スキルのテストをするとか)ことなども想定されるわけであるが、実際にはそうなっていない。
これはハードルを上げることの政策コストよりも、現実の廃業発生による社会的コストの方が低いということなのだろう。

結局のところ飲食業界の「多産多死」問題は見ているとかなりヒヤヒヤするのも確かだが、しかしやりたい人は勝手に始めて「市場原理」の中でボロな店が淘汰されるプロセスでいい店が残るので、まあ結局「そういうもの」なのである。

しかし商売をやる方が忘れてはいけないのは、100軒の同業者がいたらその上位5〜6軒のうちに入っていないと儲からないぞ、という視点だろう。
安易に流れるのではなく困難なやり方にチャレンジすることが必要だということだ。

お客さんを呼ぶのに単純に値引きをするとかではなく、値上げしつつお客さんを増やすとか、ちょっと考えたらそんな無茶なと思うようなことを実現させていかないとなかなか上位5%とかには入らないだろう。

誰でも始められる飲食店の創業では、誰もが簡単にはできない難しいことにチャレンジしないと1年目で居なくなる3割の中に入ってしまうということで、まあ世の中厳しいのである。
posted by ヤス at 09:25| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月20日

最近よく「あおり動画」を観る

最近、YouTubeで自動車の「あおり運転」の動画をちょいちょい観たりする。
この2〜3年でドライブレコーダーが普及して搭載する人が多くなり、身近になった動画投稿と相まって交通系のコンテンツが増えているようだ。
それでちょっと前からYouTubeが勝手に、「ドラレコが撮った衝撃事故映像」なんかをレコメンドするようになり、しょうがないのでたまにクリックする。

これらの事故動画は、ドラレコ撮影者がアップした短い素材をネット上でかき集めてきて一本にまとめたものであるようだ。
(YouTubeはコンテンツを10分以上にするとCM挿入本数の制限がはずれて広告料が増える。だから方々に散らばっている数十秒とかせいぜい1〜2分の素材を何本も集めて10分超の動画にして稼ぐパターンが増殖しているということなのだろう)

それで事故動画を観せられることが増えているわけであるが、事故動画と並んである意味人気コンテンツなのが「おあり動画」である。
妙な雰囲気の車が後ろから煽ったり横に並んで来て幅寄せしたり前をノロノロ走行させて急に停止したりする。
それで、止まった車からおもむろにいかついお兄ちゃんが降りて来て、ドラレコの主に「ナメトンノカウリャアアア」とか怒声を浴びせる。
というのがある種の定型パターンである。
しかしいかついお兄ちゃんは、自分が相手の車内から撮影されていることに気が付いて、「$%#<A@!!!」と意味不明の捨て台詞を吐きながら去っていくことが多い。

ドラレコ撮影などで証拠動画を残すことは、危険運転をするやばい人たちに対する一定の抑止効果はあるようだが、動画を証拠にして警察が捜査に動き、逮捕に至るというケースは今のところ非常にレアケースであるようである。

車を運転中の人間というのは普段より興奮状態になっておりキレやすくなっているというのはよく知られている。
だから普段からキレやすい人はますますキレることになるし、いつもおとなしい人でも感情が解放されて予想外にキレたりする。
わたしも昔、普段はおとなしい職場の先輩が運転中追い抜きざまに突然窓を開けて顔を外に突き出して、「うりゃあ、てめえころす気か!!」と横の車にどなって助手席でびっくりしたことがある。

こういう人は意外に多い。
日頃の鬱憤を晴らしているのかもしれない。
ということは運転中に自分がキレて危なくなるのを防ぐためには、外を撮るよりむしろ運転者自身を撮るといいのかもしれない。

それと最後に言っておくが、YouTubeの事故動画、あおり動画ではトヨタプリウスはだいたいやばいという意見が圧倒的に多い。
しかしプリウスがやばく思えるのは単純に絶対的台数が多いだけのことだろう。
つまりプリウスがやばいとかいうのは「誤った一般化」の典型事例であるように思える。

ということで車を運転する際にキレないように自分でいろいろ気をつけるのは、ある種の人生修行としても非常に有効ではないかと思ったりする今日この頃である。
posted by ヤス at 09:52| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月19日

マクドとモスのネット注文

マクドナルドがあいかわらず好調だ。
というのはこれまでにも何度か言及した。
最近のマクドのトピックとしては、いよいよスマホでの事前注文・決済が始まりそうなことである。
ニュースで流れていたのは、今後3年間で600億円のデジタル投資を行ってさらなる成長を目指すというもので、そのデジタル投資の一環として、スマホを使った注文システムを実用化するつもりらしい。
ただいつから始まるというのはまだ決まっていなくて、どこかの店で実験をしてからの話になるようだ。

上場企業である日本マクドナルドホールディングスは財務情報が公開されているが、これを見ると2013年12月期までずっと黒字を続けていたのが「鶏肉問題」で2014年に200億円超の赤字に転落、2015年はさらに300億円超の赤字になった。
しかしそこから反転攻勢が始まって、2017年12月期は240億円の純利益だったらしい。
たいへんな回復ぶりだと思う。

あの愛想の悪そうなカナダ人の女性の社長は、実はすごい人だったのかもしれない。
で、好調が続く日本のマクドの次の一手がデジタル投資なわけである。

注文のデジタル化でいうと、実のところは業界2位のモスバーガーの方が先行している。
モスは2014年から「ネット注文」を始めている。
というのをこの間ニュースで知ったので、早速モスのネット注文アプリをiPhoneに入れてみた。
それをざっと見た感じだが、まず「ネット注文」には「お持ち帰り」と「お届け」があるらしいのだが、今現在岡山県内で「お届け」対応の店舗はない。
また「お持ち帰り」の方は対応時間が14時から21時の間らしく、また支払いはどうも店頭での決済になるらしい。(アプリには決済の項目が見当たらない)

わたしは一般庶民なのでたまにしかモスは行かない。
というかモスは電子決済につい最近まで不対応で不便だった。(今年の3月に全面的に導入されたらしいが)
モスも最近のトレンドに乗ってネット注文や決済の電子化に注力しているということのようだ。

マクドナルドだって、支払いが電子化されたのはつい最近である。
ちょっと考えると注文デジタル化の導入も遅過ぎるくらいだと思うのだが、この業界はそのあたりの顧客対応はかなり保守的なのかもしれない。(つまり多くの顧客も保守的ということだ)

モスのネット注文システムは、店舗やメニューの選択がやや面倒くさくて使いにくい感じがした。
(選択項目の階層がどれもいちいち深くてボタンを押すとどんどん深みにハマる感じ)

マクドの場合はクーポンアプリの使用感がそこそここなれて使いやすいので、ネット注文の方もこれに準拠した使いやすいアプリになるのではないかと今からやや楽しみである。
ということで、注文のデジタル化においては先行しているモスを開発資金力のあるマクドがすぐに追い越すのではないかとちょっと思ったりした。
posted by ヤス at 09:45| Comment(1) | 徒然なるままに

2018年08月18日

今の若者はすぐ辞めて困る、について

最近はどこも人手不足でたいへんである。
特に地域の中小企業は、給与など待遇面でも会社のブランドでも、大きいところと比べると求職者へのアピールが弱い。
だから若い人がなかなか採用できないで困っているところが多い。
そういう傾向はもうこの10年くらいずっと続いているように思う。

しかもやっと採用したかと思って一年経ったら、採用した新人が全員辞めていたというようなことも珍しくない。

それで、入社3年後での離職率のデータが厚労省のサイトに出ている。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000137940.html

そこで確認すると大卒者の3年後離職率はだいたい30%程度になっている。
ちなみにこれが中卒者だと7割、高卒だと5割、短大で4割と、最終学歴で離職率がかなり違う。

企業規模別のデータも出ていて、5人未満の零細規模だと3年後離職率6割超になっている。
企業規模100〜499人だと3割程度、1000人以上の規模だと2割程度にまで下がる。
さらに言うと、業種別でもこの数字はものすごく差があるのだが、その辺は長くなりそうなのでここでは触れないでおく。

新入社員が入る会社の企業規模と新入社員の最終学歴で会社を辞める傾向がずいぶん違うことは分かった。
だが厚労省のデータを見ていちばん驚いたのは、数値の時系列の推移である。
厚労省のデータは昭和62年スタートの約30年分の数字がグラフになって並んでいる。
しかし30年前と現在とで、離職率の数字がほとんど変わっていない。
途中ゆるやかなグラフの上下はあるのだが、これはたぶん世の中の景気の良い悪いによる影響なのだろう。

さらに離職率グラフの時間軸による上下幅は、企業規模が大きいほど振幅が大きいように見える。
それに対して企業規模5人以下のグラフは、時間軸推移にかかわらずどの年も「安定してたくさん辞めている」ように見える。

何はともあれ、この30年間新入社員の離職率の数字がほぼ変わらず高い、というのはちょっとした発見だった。

日本の労働力人口は、今から約20年前、1990年代後半から2000年頃がピークでいちばんたくさんいた。
この頃には就職氷河期とか呼ばれる時代も含まれているわけだが、しかしその就職氷河期においても、上記の離職率データはそんなに下がっているわけではない。

これはようするに、学校を出て就職に苦労しようがしまいが、世の中の景気がどうだろうが、新人が会社に入ってその後会社を辞めるかどうかの判断にはほぼ影響しないということである。

そしてその数字は少なくともこの30年間一定で、今40歳50歳くらいのオヤジたちの時代から変わらない。
だから今の若い奴はこらえ性がないとかどうとかいっているオヤジたちはかなりいい加減なことを言っている、というのが今日の発見でした。
posted by ヤス at 07:35| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月17日

ガッツポーズの理不尽

高校野球の15日の試合で、岡山の創志学園150km右腕の西投手が主審にガッツポーズを注意されたせいでリズムを崩し、9四死球で179球を要する大乱調に陥って負けたのがちょっとニュースになっている。
ニュースによると、「試合の序盤にベンチに帰るとき、球審から『必要以上にガッツポーズはしないように』と結構強い口調で言われた」らしい。
その主審の注意がなかったとして、乱調に陥らず調子よく投げられたのかどうかというのは、これはもう分からない。
ただこの試合、ヒットは3本しか打たれていないらしいので、四死球がなければたぶん勝っていたような感じである。

ところで今回の主審の注意、投げた後のガッツポーズは果たして本当に「不適切」だったのか。
結論から言えば、たぶん全然問題はなかったのだろうという気がする。
というか、わたしは西投手が投げているところの動いている映像を観たことがないので、その雰囲気はよく分からないのだが、たぶんこの主審にすればずいぶんと派手にガッツポーズする奴だなあと映ったのだろう。

元ヤクルトの古田敦也氏も、マー君も松坂大輔もガッツポーズはやっていて、それで怒られたことはないと言っているのが別のニュースで流れていた。

高校スポーツの精神、ということで考えても、例えば卓球の試合なんかではだいたいの選手がスマッシュを決めて「うっしゃああああ」みたいな奇声を上げるのが普通である。
わたしが昔やっていた水泳の試合でも、ゴールタッチしてベストタイム出して水面を激しく叩いてバカ喜びする選手が何人もいたけれど、それを注意されているのを一度も見た記憶はない。

しかし一方で、ガッツポーズが激しく規制されている業界もあって、それはつまり大相撲の世界である。
大相撲では昔、朝青龍がガッツポーズをして怒られたというのがあったような気がするけれど、大相撲は神事であり、土俵の上では「礼に始まって礼に終わる」ので激しい感情表現はタブーらしい。
柔道や剣道などの武道系スポーツもだいたいそんな感じだ。(外人選手や最近の選手はその限りでないようだが)

つまり高校野球には武道や大相撲的「神事の精神」が多分に含まれているのだ、ということなのだろう。
あと、西選手は顔の作りとか動きが派手だったので、主審の個人的な感情を必要以上に刺激したんじゃないかという気もする。

ということで今回のガッツポーズは本来ならたいしたことでもないのに、いろいろと巡り合わせが悪くて問題になったんじゃないか。
つまり甲子園のグランド上に限らず世の中にはこういう理不尽はいくらでも転がっていて、これらの理不尽を乗り越えるのもまた実力のうちである。
今回の件で西投手は世間の理不尽を学んだと思うので、また次回以降ひと回り大きくなって、また投げ過ぎて肩を壊さないようにして、活躍してもらいたいと思う。
posted by ヤス at 08:35| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月16日

マスゴミ問題やら東京医科大学問題やら

世の中には「マスゴミ」という言い方があって、そうやってマスコミを揶揄する人々や言説を時々見かける。
確かに日本のマスコミが数々の問題点を抱えているのは事実だろう。
災害報道なんかで、取材に気を取られるあまり物資搬入の交通の邪魔をしたり、被災者に対する配慮が足りない(または無い)報道が行われたりする場合に「マスゴミ」批判が噴出することが多い気がする。

実際、メディア報道の内容や取材の方法には改善が必要な点が多いのだろうけれど、一方で「マスゴミ」的なメディア批判には危うさを感じる。

当然のことながら、世の中には悪いマスコミもあれば良いマスコミもいる。
けっこうひどい報道会社の中にだって、良心を持った良いメディア人がいることもあるだろう。
そういう当たり前の事実に対して「マスゴミ」的な批判の仕方をすると、すべてのマスコミがおしなべてひどい、という風にミスリードする感じになる。

こういうのは「誤った一般化」の典型事例だと思う。
これは例えば人種差別問題で、「黒人はみんな頭が悪い」とか「ユダヤ人はみんな金の亡者」とか言っているのと本質的な構造は同じである。

世の中に「誤った一般化」がしばしばはびこるのは、人間の脳みその「ものぐさ癖」によるものである。
「AはBだ」という風に、ものごとをスパッと切り下げると、分かった気分がして脳みそ的に気持ちがいい。
脳みその習性は基本めんどくさがりだから、放っておくと何でも簡単にスパッと割り切って理解しようという傾向が人間にはある。
その脳みその傾向が人々を「誤った一般化」に誤誘導する。

しかし文明世界に生きる人間は、少し脳みそを振り絞ってでも「個別に判断」することをがんばるべきなのである。

どのメディアが、どの方向に、どの程度誤ったのか、いちいち個別に判断するのがメディア批判の正しいやり方であって、十把一絡げにして悪口を吐いているのはいかにも子供っぽい。

そういえば、先日の東京医科大学の女子受験生差別問題でも、医師の適正として女性より男性が優位な点が多いのだと、同大学のやり方を擁護する議論が一部から出ている。
で、この問題を「マスゴミ」が誤誘導しようとしている、という意見がネット上にちらほら見える。

まあそういう意見の人が世の中にどのくらいの割合でいるのかはよく知らない。
しかしこれらの意見は明らかに間違っている。

百歩譲って医師の適性として男性が女性より適しているということがあったと仮定してみよう。
(体力面や妊娠出産による途中離脱の問題がよく挙げられている)
もし万が一、学力以外での適性が重要というのなら、入試テストの内容もそれらの適性を問うものにすればいいだけである。
男性か女性かの一律ではなく、男性だろうが女性だろうがひとりひとり個別に適性があるかどうかで判別すべきだ。

そうなっていないというのは、あの問題は最初から男性優遇が根本にあったのは明らかで「医師としての適性」論はただの後付けの言い訳である。

これらの問題のあちこちに「誤った一般化」論法が散見される。

文明人なら少々脳みそを振り絞って「個別に判断」した方がいい、そう思うのである。
posted by ヤス at 08:07| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月15日

昔と現代におけるタイムマシンのあり方

天気予報では今朝は雨である。
予報が雨の上に最高気温が33度までしか上がらないことになっている。

それで、本来なら現在まあまあの勢いで雨粒がふりそそいでいるはずなのだが、窓の外の景色を見るとぜんぜんその気配がない。
そのかわり、かたわらの温湿度計を見ると湿度が70%を超えていて、なおかつ温度は早朝なのにすでに30度を超えて、じめっとした感じが強くてやや不快である。

ただ空は比較的分厚い灰色の雲で覆われていて、ひょっとするとそのうち雨が降りそうな雰囲気は確かにある。
またこれだけ雲が出ていれば、とりあえず日光が地面を直射して猛烈な暑さになる、という事態は回避されそうだ。

ところで、近年の暑さの原因は、二酸化炭素など温暖化ガスによるものであるという説がある。
産業革命以降、石油や石炭をがんがん燃やして温暖化ガス濃度が上昇したことが今の暑さの原因であるという。
それなら、タイムマシンに乗って200年くらい昔のイギリスとかに行って、あんまり景気良く石炭を燃やすと将来たいへんなことになると警告したところで、はたして聞き入れてもらえるだろうか。

ところでそのタイムマシンのアイデアは、1895年のH.G.ウェルズの小説「タイムマシン」が最初なんだろう。
そしてウェルズのタイムマシンのアイデアの元は、アインシュタインの相対性理論とかで提唱されている「時間は3次元空間とならぶ第4の次元」であるという当時最新の科学知識であったらしい。
さらにウェルズは当時流行し始めていた社会主義思想に傾倒していて、資本家と労働者の階級闘争の行く末を表現する一手段としてタイムマシンのアイデアを思いついたものらしい、ということがウィキペディアに書いてあった。
さらにダーウィンの進化論的な思考方法もこの物語に色濃く影響を与えているようである。

だからウェルズの「タイムマシン」は、どちらかというとはるか遠い未来に行って資本主義が到達するだろう危険な行く末を明らかにする、という話のようである。

しかし現代の映画なんかに出てくるタイムマシンでは、例えば「ターミネーター」とかでも、未来から過去にやってきてご先祖様を殺すことである人物の抹消をはかる、みたいな構造になっていることが多い。(と思う)

つまり、ウェルズの時代の感覚では、タイムマシンは未来に行って人類がこのまま突っ走ったらどうなるかを知るためのものになっていて、一方現代的なタイムマシンの描写は過去に行って未来(つまり現代)の運命を変えるものになっている。(なんかややこしい)
そういう意味で現代人は、そろそろいろいろと後悔し始めているような感じになっているのだろうかと思った。

でも一説によると、タイムマシンはどう想像しても過去には遡れない、という考え方もあるようで、つまり人類は将来のことを想像しながら今をがんばって生きるしかないのである。

ということで、今のところ天気予報に反して雨が降る気配は依然としてないのであった。
posted by ヤス at 06:58| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月14日

天気予報に期待する

毎日暑い。
毎日暑いので、iPhoneのYahoo!天気予報のアプリをひっきりなしに開いて、今日の気温の推移予報をしつこく見るようになっている。

昨日はそのYahoo!天気予報で夕方以降に「雨マーク」があって、降雨にともなって気温も下がるという風になっていたので楽しみに待っていた。
しかし待てど暮らせど雨は降らない。
Yahoo!天気予報では予想の降水量が時間あたり0.1mmとかの弱雨になっていたので、ほんとうは雨は降ったのかもしれないが、地上100mあたりの上空でジュワッと蒸発して地面まで届かなかったのかもしれない、と思うことにした。

さらに夜になると、19時頃に強雨の予報が出ていて時間あたり10mm超のまとまった雨が降る、という風になっていた。
それでYahoo!予報の「雨雲レーダー」のムービーを見ると、いかにも雨を降らせそうな「雨雲の塊」が移動しているようすが出ていた。(あくまで予想のムービー)
久しぶりに雨が降って、多少ジメジメはするもののかなり涼しくなるのではないかと期待していたが、19時を過ぎても一向に雨が降る気配はない。
今度の雨は地上100mでジュワッと蒸発するほどのヤワな雨ではないはずなのである。

しかしYahoo!予報の雨雲レーダーのムービーにも、いつの間にか強雨を降らせそうな雨雲の塊も消えていて、結局雨は降らなかった。

大昔の天気予報はかなりいい加減で、しかもスマホアプリのような便利なものもなくて、朝の時間に「ズームイン!!朝!」とかで天気予報を確認したら、その情報だけを頼りに一日過ごしていた。
その頃の天気予報は「アテにならないもの」の代名詞的存在だった。
でも今の時代には予報情報のキメの細かさ、的中度はかなり向上してそれなりにアテにするようになっている。

しかし少なくとも昨日は当たらなかった。
というかその前の日も弱雨の予報が出ていたような気がするのだが、雨は降らなかった。
その数日前にも数回、弱雨予報が外れることがあったような気がする。
このところの天気予報は「雨が降って涼しくなる」期待をことごとく裏切っている。
最近やっと天気予報をアテにするようなっているのに、こうまで裏切られるとどうにも信じられなくなる。

ちなみに、気象庁の過去の平年値データ(直近30年間の平均)では、夏の暑さは8月前半がピークで、お盆過ぎから暑さはピークアウトすることになっている。
今はもう、この平年値データだけが希望の星なのである。
posted by ヤス at 06:30| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月13日

宇宙の中心から視点をずらす

漫才コンビ、キングコングの西野亮廣がYouTubeで言っていた。
一度成功を体験した芸人ほど、世間の面白いことに否定から入る。
それなりに成功した人ほど自分の理解できないものに対して、自分が理解できないということはたぶん大して面白くないに違いないと思ってしまうということらしい。

でも西野が言うのには、世間で流行っているものはたとえ自分が理解できなくても、これは絶対面白いことに違いない、さてどこが面白いか見つけてみようという姿勢で見ないとダメなのである。
これを聞いてわたしは少しなるほどと思った。
考えてみれば当たり前のことである。
世間で流行っているというのは、世間の中の相当たくさんの人が面白いと思っているということで、それは動かしがたい事実なのである。

一方で成功したベテラン芸人がそんなもの大したことない、と思う気持ちもなんとなく分かる気がする。
それなりに功成り名を遂げるほど活躍をした人というのは、自分に絶大な自信を持っているに違いない。
芸人の世界で活躍するには、自信満々に前に出るという気分がないとなかなか難しいだろう。
そうやって自分の中に自信を蓄えた人が世間で面白がられているものに出会って、それが自分には理解できない場合に取りうる反応というのは、一度出来上がった自信を奥にしまって初心に戻るか、蓄えた自信に任せて我が道を行くか、どちらかしかない。
で、多くの場合初心に戻る方の道はものすごく迂遠に見えて、どうにも選択しずらいのは間違いない。

西野の主張は、世間で流行っているものに謙虚に向き合う、世間が面白がっているものを虚心に受け入れることで世間と自分のズレを修正出来る、その結果自分の次の成功も続けて開ける。
そういうことを言いたかったのだと思う。

一人一人の人間というのは、各人が宇宙の真ん中にいる。
これは自分の中に自分の意識が存在する以上、変更しがたい事実である。
ときおり噂に聞く「幽体離脱」で、数メートル離れたところから自分を見るとかいう体験は、それがもし可能なら、宇宙の中心から少しずれた視点で自分を見つめ直すことが出来るので非常に有益かもしれない。

しかしわたし自身も含めてほとんど大半の人は、宇宙の中心から視点を移すことが出来ないでいる。
自分にとっての当たり前のこと、自分が絶対の自信を持っていることが、常に絶対的な真実であるとは限らない。
自分は関心ないけれど世間で流行っているものとか、他の誰かがものすごくハマっているものとか、そういうものには、それなりの面白いことが必ず含まれている。
そして自分がすぐに理解できないからこそ、「それ」を発見することには大きな価値がある、自分の成長や脱皮にとって大きな意味があるのかもしれない、などと思った。
posted by ヤス at 10:31| Comment(2) | 徒然なるままに

2018年08月12日

YouTuber市場

子供のなりたい職業ナンバーワンは「YouTuber」とか言われていたりするけれど、そのYouTuberの広告市場は現在も急拡大しているらしい。
あるマーケティング会社の調査によると、昨年2017年の日本国内のYouTuber市場は219億円。
さらに今年2018年は313億円と予想されている。
2015年は33億円、2016年100億円であり、最近の急成長ぶりはめざましい。

わたしもYouTubeはよく観る。
YouTubeは数十秒とか5分とか短いのが多くて、少し暇つぶしに観るのにはちょうどいいのである。
ただ、5分の動画も何本も観ているとあっという間に1時間くらい経過するので少々注意が必要だ。

YouTubeにはテレビなどのコンテンツを違法にコピーしているものもたくさんある。
今ちょうど東京で水泳のパンパシフィック選手権をやっているが、水泳ファンであるわたしの家にはテレビがないので、わたしは同大会のチェックをするのに違法アップロードされたテレビ朝日の番組を観ている。
どこの誰が違法アップロードしたのかは知らないが、テレ朝が莫大なコストをかけて製作したコンテンツを利用して、労せずして広告収入を得るこのような方法はあまり感心できたやりかたではない。
ただ感心はできないけれど、テレビのない環境では今のところこれしか大会を動画でチェックする方法がない。
本来はテレ朝自体がYouTubeなりAbemaTVなりで番組を流せばいいのだろうが、たぶんいろいろと大人の事情があるのだろう。

YouTubeには他人の作ったコンテンツをそのまんまアップしているチャンネルもあるが、一方でYouTuberと呼ばれるクリエイターがオリジナル企画の番組を製作している。
本来はこっちの方が正統派のやり方である。

で、これらのYouTuberの中でも売れっ子になると年収で10億円以上とか数億円とかのレベルになるというからびっくりなのである。
YouTubeにはちゃんと規約もあって、違法性のある内容とかエロがきついコンテンツとかは禁止されている。
また最近では政治的に「右寄り」のYouTuberのチャンネルが次々閉鎖されるという「事件」があったりしたけれど、おそらく思想的に偏りの認められるものもダメなのだろう。(基準はよく知らないが)

このような制限がある中で、しかし地上波テレビよりはるかに自由な空間で、全国に無数いるYouTuberたちは今日も鉄球を熱したりパンツをチラ見せしながら早着替えしたり、毎日コンテンツ製作に励んでいる。

YouTubeを観ていると、テレビ時代からYouTube時代への移り変わりみたいなのを感じる。
ただあと数年してテレビ業界が一気に再編されるような事態になったら、テレビで活躍していたクリエイターたちが大挙してYouTubeに流れ込んできてようすが大きく変わるとかもあるのかもしれない。

いずれにしても、YouTubeってつくづくすごい業界だなと思う今日この頃なのである。
posted by ヤス at 11:31| Comment(2) | 徒然なるままに