2017年06月04日

地方創生

今から30年ほど昔、1989年頃に、ふるさと創生一億円事業というのがあった。
時の総理大臣竹下登の発案の元実施された事業である。
交付金不交付団体を除く全国の各市町村に使途の条件をつけない1億円を交付するというもので、当時の市町村数は3千強あったそうなので、予算規模も3千億円くらいだったのだろうと想像する。
まあまあ大きな規模だと思う。

わたしは昔、地域開発系コンサルと広告会社のあいの子のような会社でサラリーマンをやっていた。
そして中国地方のとある町で、いわゆる「地域おこし」的な仕事に携わっていた。
夏祭りがあると言えば盆踊りを踊りに行き、屋台で作務衣を着て蕎麦屋をやったこともあった。

かなり献身的にその仕事に没入していたのではないかと思う。
没入していたのにはそれなりに理由があって、それは要するに金になったからである。
ふるさと創生一億円事業を契機にしてリゾート開発などの箱物事業も動き出しており、地域おこしがらみの予算がその頃継続して付くようになっていた。
だから営業担当でもあった身としては町に深く食い込む必要があった。

しかしそのような地域おこしブームも間も無く終わった。
多分2000年くらいには終わっていたような気がする。
それはふるさと創生事業がバブル期の最後を飾る打ち上げ花火であって、その後日本経済が次第に右肩下がりになる中で地方に予算をばらまくほどの余裕がなくなって来たからであると思われる。
で、なぜか今、再び地方創生が叫ばれて担当大臣まで任命されるほどの重要事とされている。

30年前のふるさとブームは、その当時過疎化と高齢化が進んで将来が危ぶまれていた中央政府が救済するという構図であったように思う。
中央政府による地方の救済とは、その実態は都会による田舎の救済であった。
そのような構図に対し、当時はそれなりに批判もあったがまあそれほど大きな反対運動にはならなかった。

現在の地方創生は当時とは趣が異なる。
今は日本全体としてどんどん右肩下がりになっており、もはや都会が田舎を支えるとかいう余裕はない。

だから地方は国にぶら下がるのではなく経済的に自立しよう。
地方は知恵を絞って自分たちの地域内に仕事を作ろう、雇用を作り税収を増やして国の財政負担を減らすのに協力すべし、というのが今の地方創生の構図だろう。

30年前のふるさと創生は、配布する1億円に使途の制限を設けないというのがある種の慧眼だった。
ついでのことに、この時に思い切って国の税源のいくらかを地方に渡してしまっていればその後の地方の様子はだいぶ変わったかもしれない。

本気で地方を創生する気があるならば、税源を地方に渡していって本来の地方の自治を実現することが先だろう。

あるいはもっと本気になるなら、いっそ地方の経済を物々交換化して政府の税体系から脱出し、それによって経済的自立を獲得する、とかいう方法しかないんじゃなかろうか、などと思ったりする今日この頃である。
posted by ヤス at 08:33| Comment(0) | 徒然なるままに