2017年05月26日

日本人の保険好き

日本人は保険好き、というのをよく聞く。
最近ではアメリカで、健康保険強制加入の制度であるオバマケアを巡って一悶着あったが、ああいう騒動も日本では起こりようがない。
健康保険なんていうのは最初から入るのが当たり前の日本人と、できることなら保険はなるべく入りたくないアメリカ人の違いだろう。

保険には健康保険以外にも生命保険とか損害保険とか、宇宙ロケット打ち上げの際の保険とか、色々ある。
わたしもできることなら保険にはあんまり入りたくない人なので、保険のことにはとんと疎いのであるが、しかし少し保険商品について思いを馳せるとその大まかな分類が頭に浮かぶ。

健康保険とか、生命保険とか、あるいは失業保険などもそうだと思うが、これは来るべき不幸に備えるための保険である。
病気にならなかったり失業しなければそれでやれやれだけれど、世の中的には結構な割合で病気になったり失業したりする。
ただそれで保険に入ったからといって保険が病気を防いだり失業を事前に阻止したりするものではなく、そうなった時にいくらかの金銭的な補償があるというだけのことである。

つまりそうなった時にせめて金のことで悩む可能性だけでもあらかじめ封印しておこう、というのが不幸に備える保険商品であると思われる。


それに対して、ロケット打ち上げの保険とかはリスクチャレンジを後押しする性格を帯びた保険である。
銀行からお金を借りる時の保証制度による保証料などもその種の保険であると言えなくもない。

これらのリスク保険は、頑張って何かにチャレンジする時、当然そのチャレンジはかなり無理をしているのでそこそこの確率で失敗する可能性があるわけだが、失敗した時に「全損」にならないようにするためのものである。
このようなリスクチャレンジを後押しするタイプの保険があるおかげで、世の中の進歩が促進されるご利益がある。

どちらかというと、欧米的な保険の発想はこっちの方なのであろう。
しかしどうも日本で保険というと、前半に述べた不幸に備えるタイプのものがスタンダードになっているような感じがする。

日本人は世界各国に比べると、抑うつ傾向が強く心配性であるとか不安に対する耐性が弱いとかいう話もあるのでそういう関係なのかなあとも思う。

もう一つ欧米諸国で不幸に備える保険が人気がないことの理由として、将来の安心よりただいま現在の現金の方が大切だということもあるのだろう。
通常は生命保険でも健康保険でも、毎月けっこうな金額を支払わないといけない。
保険制度に対するそれなりの信頼がないと払えないような金額である。

日本人の場合、自然環境と調和し、周囲のそこかしこに八百万の神様を感じて生きている国民性であるので、「仕組み」に対する「漠とした信頼」のようなものがいつの間にか醸成されているのではなかろうか。

保険の仕組みに限らず、世の中の大きな仕組みに無条件に依拠する傾向というのが日本人には強いのではないか、と少し思ったのである。
posted by ヤス at 09:07| Comment(2) | 徒然なるままに