2017年05月10日

松本城

さて、松本城についてである。
5月1日の松本市は昼過ぎまでシトシトと雨模様の天気だった。
空もどんよりと曇ってどことなく寒々しい感じの中に、黒っぽい五重の天守はそびえていた。

松本城はいわゆる現存12天守の一つで、12天守では唯一の平城である。
姫路城は周囲より一段高い丘の上に建てられているが、松本城は平地の上に石垣を積み上げた天守台を造ったその上に立っている。
そしてその本丸周辺を幅の広い水堀が囲っている。

また松本城天守は現存では姫路城と並ぶ五重天守であるのだが、3階部分に中2階的な構造があって内部は6階になっている。
そういうことで、黒い外観とも相まって下から見上げるとかなり迫力がある。
高さは25mほどだそうで、姫路城の31.5mよりは幾分低いが見た目の迫力は姫路城以上のように思う。

その迫力の理由として、ひょろりと細長くそびえた天守に寄り添うように小天守が隣接し、また下部構造に月見櫓などが付属しているせいで、建物群の下回りが分厚くなっていることがあるように思った。
また全体に屋根の勾配なども直線的な感じで非常に男性的な雰囲気が漂う。
その点も姫路城と好対照である。

しかも見る角度によっては、背景に白い雪を背負った日本アルプスが見晴らせる。
松本城は外から眺めていて全然飽きないのである。

しかしながらこの松本城、天守の造営年がよくわかっていないらしい。
1591年から1615年頃までの諸説があって、松本城の公式ホームページでは1594年説を採用している。

1594年といえば本能寺の変から12年、秀吉の没年の4年前、関ヶ原の6年前。
なかなか微妙な時期だ。
1592年に始まった朝鮮出兵の最中(休戦期間中)でもある。

ちなみに姫路城の大天守は関ヶ原の後、播磨が家康の勢力圏になった後の1601年頃から工事が始まったらしい。
この場合、西国大名に対する抑えという目的であろう。
松本城の場合はどうか。
松本城が黒いのは秀吉派の城として建てられた証だともいう。

秀吉時代の大阪城も、宇喜多秀家の岡山城も黒い。
松本城も岡山城などと同時期の1590年代に建てられた可能性が高いと思う。
また松本城は本丸広場の東の端に建てられ、つまり建物は東を向いている。(のだと思う)
つまり秀吉一派の城として東の家康を向いて建てられたと想像する。
まあこの想像は全然違っているかもしれないが、松本城は予想以上に立派な城で、見てよかったと思った。
posted by ヤス at 14:44| Comment(0) | 徒然なるままに