2017年04月03日

幸福度調査

世の中には幸福度調査というのが各種ある。
例えば「全47都道府県幸福度ランキング2016年版」が東洋経済新報社より刊行されていて、それによると1位の県は福井県である。
そして2位が東京都。

単純に都会は便利とか田舎の方がのんびりしていい、というものでもないらしい。

この種の幸福度調査は国際的なものもあるが、おそらく調査方式には客観方式と主観方式がある。
一人当たり所得や社会インフラの整備、就業環境の評価などを外部からの目線で点数をつけるのが客観評価。
それに対し、「あなたは幸せですか?」と直接その住民に聞いて回るのが主観評価。
多分その2種類の方式に分かれる。

冒頭に書いた都道府県幸福度ランキングは客観評価であろう。
客観方式のランキングでは、国際的なものとしては国連の「世界幸福度報告」がある。
一方でちょっと前のハフポストに紹介記事が出ていたけれど、アメリカの世論調査会社ギャラップ・インターナショナルが行なっている「世界幸福度調査」は主観評価のようである。

客観評価である国連の報告では、2016年版の1位はデンマーク、2位スイス、3位アイスランドと続く。
ちなみに日本は調査対象国157カ国中の53位だ。
そして主観評価のギャラップ社の報告では、1位がフィジー、2位がフィリピン、3位が中国。
日本は調査対象国66カ国中の25位らしい。

幸福度調査の中身については、いろいろな分析記事が出ている。
主観評価では、経済成長の続いている発展途上国が上位に来やすいとか、主観評価では社会インフラが整備されていて高福祉、かつ高所得の北欧諸国が軒並み上位に来るとかある。
ここではそういう調査内容の分析には立ち入らない。
それをするには時間がかかるし、そのエネルギーを投入するほどランキング結果に興味が湧かないからである。

それよりもなぜ幸福度調査なるものがこの世に存在するのか、その理由を知りたいと思う。

まず調査方式における客観評価と主観評価では、個人的には主観評価こそが正しい幸福度調査のやり方だと思う。
世の中には、年収300万円でも幸せな人もいれば1億円稼いで不幸せでイライラしている人もいるだろう。
確かに住居や食事や余暇時間などの生活環境は人生にとって重要な要素であるが幸福を決めるのはそういう物理的状況だけではない。

また昨日幸せでも今日は不幸になるかもしれず、「幸福」というのはあらゆる意味で相対的であやふやで、物理条件よりは心の持ちように左右されるものだろう。

だから所得的にも住環境的にも豊かな先進国の住民が、しかし社会的に孤立して不幸のどん底を味わっているような状況をあぶり出すには、幸福度調査は主観評価で調査対象に直接ヒアリングするのが正しいように思われる。
まあ、ただその結果出てくるのは、聞かれた本人にとっても甚だ謎な「幸福」についてのなんとなくの答えであるが、それが統計的なひとまとまりの量になればそれなりに意味はあるのではないか。

ただこのように幸福度を調査するという姿勢自体が、戦乱や圧政でそれどころではない状況では絶対に生まれてこないと考えられ、こういう調査を熱心にやる人たちこそ、そこそこ気持ちの余裕があってそこそこ幸せな人たちのような気がした、というと、やや身もふたもないのだけれど。
posted by ヤス at 11:14| Comment(0) | 徒然なるままに