2017年03月21日

オートバイ市場縮小

今の日本ではオートバイが売れていない。
かつて、わたしが青春を謳歌していた1980年代後半には、日本のオートバイ販売はざっくり今の10倍くらいの規模があった。

わたしが初めて「運転免許証」を取得したのは確か1986年。
中型二輪免許を島根県益田市の合宿教習所で取ったのを記憶している。
1986年といえば原付のヘルメット規制が始まった年だ。
ちなみにわたしの最初のバイクは、ホンダの「ラクーン」という50ccの、ミッション付きアメリカンもどきの原付だった。

そのバイクは部活の先輩から代々受け継がれてきた骨董品で、雨が降るとキャブレターに水が入ってエンジンが停まった。
そういえば名義変更などをした記憶がない。
ひょっとしたら自賠責とか入っていなかったかもしれない。

そんなことはともかく、譲り受けたラクーンに乗って風呂上がりに広島の街を駆け抜けたことを妙に具体的に憶えている。
想像するに原付ヘルメット規制が4月1日からで、免許取ってラクーンを入手したのがそれより少し前だったのだろう。


ところでオートバイの販売台数がピークだった1982年は、原付から大型まで合わせて320万台以上販売されていたらしいが、その8割以上は原付一種、いわゆる50ccバイクだった。
1982年は他の年に比べて販売台数が突出しているのだが、それはHY戦争といってホンダとヤマハの乱売合戦の影響らしい。
HY戦争といっても若い人には分かるまいが。

1983年以降戦争が落ち着いたのか270万台以上あった原付一種の台数がどんどん減っている。
無論1986年のヘルメット規制もかなり影響している。
2010年代では原付一種販売台数は25万台前後、これは原付二種(〜125cc)、軽二輪(〜250cc)、小型二輪(250cc〜)の3種合計と同規模の台数だ。

逆に言うと原付一種以外は、原付一種ほどには販売台数の減少幅が大きくない。
とは言うものの1985年からの比較で、126cc以上のオートバイ販売台数は31万台が10.9万台に減っている。
約3分の1に減少。

50ccクラスが10分の1になったのよりは多少マイルドだが、それにしても大した減りようである。

ヨーロッパあたりでも、オートバイの販売台数はじりじり減っているらしい。
日本にはオードバイの世界4大メーカーが頑張っているわけだが、今までよく潰れなかったものだと思う。
それはひとつには東南アジアの成長があったからだろう。

でも日本で二輪販売が減ったのは、国民が豊かになって二輪から軽四に移行したというのがある。
また電動アシスト自転車の登場、高性能化によってだいぶん市場を食われたことも大きいらしい。
日本と同じ変化は東南アジアでも起きるだろう。

そうなると今後10年20年後には、世界のオートバイ市場はかなり縮小しているかもしれない。
市場が縮小すればメーカーのラインナップも絞り込まれて、今のようにたくさんの車種の中から選ぶというのが出来なくなるのかもしれない。

また20年もすれば四輪業界は自動運転化が進んでいるだろう。
そうなった時にオートバイの存在がどうなっているのか。
かなり心配だなあ、とどうでもいいけれど思ったのだった。
posted by ヤス at 15:25| Comment(0) | 徒然なるままに