2017年03月17日

宅配サービスの心理的負担

最近、ちょっとAmazonで続けざまに買い物をした。
この1週間で多分5つか6つくらい。
しかし結果的に、自宅で荷物を受け取ったことは一度もなく、コンビニ受け取りまたはヤマトの営業所留めにして取りに行った。

どうもこのところクロネコヤマトの配達スタッフが再配達で悲鳴を上げているニュースが気になって、荷物を自宅送りにするのが気がひける。

あるニュースでは、ヤマトは恒常化していたサービス残業体質に対し一部の社員から請求を受ける訴訟沙汰になっていて、事態を打開するために巧みな広報戦略で世論を味方につけ、運賃値上げを行なって残業代の原資を作ろうとしている、と流れていた。

上記のニュースはまあ事実なのかもしれない。
ヤマトの値上げは需要と供給の関係からいっても妥当であろう。
さらにヤマトの社員にきちんと残業代を払うこともまた当然であるし、労働需給の観点からも、待遇改善しないと配達スタッフの確保がままならず業務が止まって困ったことになる。

また日本の宅配サービスは、諸外国に比べてサービス過剰なのではないかという意見も最近かなり目にする。
わたしもそう思う。

わたし的には、自宅に荷物を届けてもらうのはちょっと心理的負担が大きい。
だいたい昼間は留守のことが多いので、自宅配達だとかなりの割合で再配達になる。
それでも少し前までは、ヤマトの配達の人から「今から配達に行くけれど居ますか」みたいな電話が入ることが多かった。
その場合は、電話口で時間帯をすり合わせてめでたく配達を完了することもできたのであるが、なぜか最近、多分ここ半年くらいの間に電話が入ることもなくなった。
よほど配達業務が「激化」しているのだろうかと心配になる。

だから少し面倒だけれど、現在ではコンビニ受け取りかもしくはヤマトの営業所留めにする。
まあコンビニ受け取りもコンビニの手間を考えるとやや気がひけるのだが。

おそらく日本の単身世帯の多くは同じ状況だろう。
宅配サービスは、自宅に直接届けてもらうことがサービスの「売り」であるが、しかし多くの人にとってはそれが少し「ありがた迷惑」になっている部分がある。

宅配サービスは、2〜30年くらい前のまだ単身世帯が今ほど多くない時期に発想され出来上がったものである。
少し今の世の中に合わなくなっていると同時に、爆発的に増加した物流量にも合わなくなっている。

一つ思いつきで書いてみるが、宅配ロッカーとかの設置が難しい地方なんかでは、地域の小売店などが宅配業者と提携して荷物の受け渡し場所になったらどうだろう。
少し駐車場に余裕があって客の入りがやや寂しいお店なんかの場合、忙しいコンビニで荷物を受け取るよりよほど気楽に利用できるだろう。
店にとっては新しい来店機会の創造につながるしそんなに難しい話ではない気がする。

ただしその場合も荷物の受けたわたしのシステムを簡便にすることが必要だ。
今のヤマトとファミマのシステムは煩雑すぎて利用する気が少し失せる。

あと郵便局とヤマトが連携すれば(かつての宿敵同士だが)とても便利だ。
早くAmazonで心置きなく買い物できる日が来てほしいものだと思う、今日この頃なのである。
posted by ヤス at 10:57| Comment(0) | 徒然なるままに